第四章ー3 アンノウン24・アストラル・マキナ
死刑囚は基本的に労働をしない。何より外にも出してもらえない。ただ死を待つのみ。
そんな死刑囚が外に出るとは一体何事か?
しかも、仕事の報酬として死刑は免除、懲役15年に引き下げになると言う刑法や被害に遭われた人の心情を顧みない恐ろしい待遇が施されることになっている。
その話を聞いた緑川死刑囚は何かの罠かと疑問視していた。
金に困り赤の他人であった一家丸々五人を殺害した上に、逃走の際に車を盗むときにも一人殺害した自身の罪が重いことは、彼自身重々承知していた。
本当にこれでいいのか? と問い返したくなったが、後々これは理にかなった事であることを知ることになる。
今回の仕事は、とある少女の捕獲だった。
年齢は一六歳と成人すらしていない少女だが、警察の話によると中国からの薬物密輸ついでに日本観光がしたいと名乗り出た麻薬カルテルの娘らしく、道中で彼女は密輸グループたちとはぐれてしまったらしい。
警察としては彼女を重要参考人として捕らえたい。だが、彼女と一緒に来た密輸グループも血眼になって探しているに違いない。仮にそのまま帰ったとすれば、彼らの体は骨の一本一本まで生きたまま細かく分解される罰を受けるに違いない。
だからこそ、奴らも四の五の言っていられる状況ではない。鉢合ったとすればその一帯は一瞬にして治外法権と化す。死刑囚であり殺人犯であるにも関わらず、警察から渡された服に拳銃が備わっていたのも分かる。
つまり、生きて帰れるか何て全く分からない仕事なのだ。死刑囚に打ってつけの仕事って訳か。どうせ死ぬんなら少しは手を貸せってことか。緑川は愚痴交じりの溜息をした。
「いいか。変な真似はするなよ? 昨今の防犯カメラの台数と顔認証システムは段違いだからな。日本から逃げられても、サバンナや砂漠地帯以外は逃げられんと思え」
「分かってるよ。首吊りにされるか、銃弾でハチの巣にされるか、どっちが苦しいか考えていただけだ」
隣でパトカーを運転している沢田警部が緑川死刑囚(この場では緑川警部)を一喝する。と同時に、沢田もこの件に関して色々と考えを巡らせていた。
実は沢田も死刑囚の一人だった。ある教団の一人で、熱心な信者だった彼は、周囲から「怪しい宗教から身を引け」と常日頃説得されていた。そのことを教祖に伝えると、彼らは悪魔の化身だと沢田に説き、心を洗脳される前に何とかするべきだと逆に洗脳され、身内を何人も殺してしまい、死刑判決を言い渡された。
自身を牢獄に閉じ込めた連中を邪教徒たちと呼び、自身の信じる神に信仰心の欠片も持たない囚人たちを蔑んでいた沢田は、なるようにして孤立した。
声をかけられたのは心神喪失が末期に達しようとしていた時だった。とある少女を確保する仕事をもう一人別の囚人と一緒にやってほしいと言う依頼が舞い込んできた。
それも演劇でもするかのような事細かな設定に台本付きでの仕事だった為に、沢田は何らかの心理テストを受けさせられているのかと疑問視していた。その態度が一変したのは最後の一言だった。
『仕事がうまく行ったら釈放する』
もう二度とここから出ることはできない。今生ではもう自身の信じる教祖から教えを授かることも、神から赦しを請うこともできない。
全てを諦めかけていた沢田にとってこれは試練だった。
天から委ねられた真の試練。もしかしたらこれが最初で最後かもしれないと、沢田は背徳の吐気に耐えながら、邪教徒の衣(警察の衣装)に袖を通した。
沢田は違和感の無い言葉遣いを取り戻す為に駄文だらけの本を数冊読み、ある程度のコミュニケーション能力を自身の顔に塗りたくった。
おかげで緑川に変人扱いされることなく、自身をそこら辺にいる警察官だと認識させることに成功できた。
それでも、奥底に眠る信仰心は一切薄れていない。今はその時ではない。いずれ時は満ちる。それまでの辛抱だ。
自身に言い聞かせるように頭の中で反芻すると同時に、今回の注意点を思い返していた。
まず一つに緑川には沢田が警察官であると認識させる。これはたぶん問題無い。
次に無線から流れる指示には絶対に従う。逃走防止の為だろうけど、これも問題は無い。
そして最後。一番問題無い指示。だけどどうしてそうする意味があるのか理解に困る指示。今から確保しに行く少女を赤の他人だと思い込め。
これについては念を押された上に、指示書にも太文字で強調されるほどの重要性があると警察連中は言っていた。何故それを気にするのか? と疑問には思ったが、ここで下手に口答えをして白紙にされる訳にもいかない沢田は、深く考えることを止めた。彼にとって、信者たちは皆家族のようなものである。と同時にそれ以外は赤の他人、異端者なのだから言われるまでも無い指示ではあった。エンブレムが彼を選んだ理由もそこにあった。
緑川がいる刑務所から国道に乗り、パトカーを走らせていると無線機から連絡が入る。
「はい。こちら沢田です。どうぞ」
無線機の先から聞こえた声は沢田に仕事の話を持ち掛けた人物だ。
他の邪教徒とは違い、沢田の信じる神について興味を持ってくれた数少ない人物であり、沢田が信頼を寄せられる家族に近い存在だった。もっとも、これも沢田を信頼させ、手駒にする為に仕込んだ罠でしかないのだが。
「この先にある公園で今回の捕獲対象が目撃された。今からナビに目的地を示すからそちらに向かってほしい」
指示を出されてから程なくしてナビから「目的地をしていしました」と言うメッセージが流れた。駅からかなり近い位置にある小さな公園のようだ。それを見て緑川は、どうしてこんな近くにいるのに麻薬カルテルの連中は少女を発見できないのだと疑問を持つ。今からでも身を引くべきかと後悔するも、隣に警察がいる(本当は同類だが)今、逃げることも出来ないし、何よりハンドルはそいつが握っていた。
一方でハンドルを握る沢田は騙されやすい性質が悪さをし、警察の言うことを疑うことさえなかった。
「ここだな。行くぞ」
「あぁぁ……」
沢田の一言で、緑川もしぶしぶパトカーから降りることとなる。
パトカーを見て公園に居座っていた薄汚い服装の男たちがホームレスの検挙だと誤認し、そそくさと公園を後にする。
そんな中、ただ一人その場を離れる所か、その場から一歩も動くまいと木陰でうずくまる少女がいた。
(あれか…………?)
緑川と沢田は意図せず互いに同じ疑問を抱いた。
少女がどんな人物かを知っているのは緑川だけだったが、一方の沢田も、彼女が何故警察に追われているのか、そのみすぼらしい姿を見て疑問に思わざるを得なかった。
「君、ちょっといいかな?」
不信感が募る中で最初にコンタクトを取ったのは沢田だった。元から疑惑の塊を押し付けられていた緑川に対し、沢田の仕事は少女の身柄を拘束することと、緑川の監視と言う簡単な二つだった為、疑うよりも早いとこ元いる場所へ戻ることへの羨望の方が強かった。
だが、沢田にも守らなければいけない最重要課題があった。
少女の扱いに注意すると言うこと。
「君には逮捕状が出ている。抵抗は無駄だ、同行して貰おう」
警察とは思えないぶっきらぼうで相手を下に見た言い回しに、緑川は内心冷やりとした。五人も殺しておきながら、たった一人の少女に怯える緑川は滑稽に見える。それでも、事実を知っている緑川には、彼女の後ろに何千何万者黒服の幻影が見えてしまう。仮にそれが事実で無かったとしても、それほどの嘘を警察がつく理由を考察すればするほど、奥には更なる脅威と恐怖が潜んでいる結果に辿り着いてしまう。
「さぁこっちだ」
沢田が少女の手を引っ張った瞬間、彼の腕が斬馬刀で真っ二つにされるのではないかと、緑川は不安に駆られるも実際にはそんなことが起きることは無く、あっさりと少女はパトカーの中に押し込まれた。
「こちら沢田。少女の身柄を拘束。指定の場所へ直ちに送る」
捨てるような言い回しにお偉いさん(裏の世界では)の娘が噛みつかない訳が無いと思われていたが、緑川の予想に反し、少女は連行された時と同じく何の関心も示さなかった。富豪のじゃじゃ馬娘で無かったおかげでこうもすんなり行けたのに安堵するも、同時に何とも言い難い不気味さも感じた。
「こちら警察本部。今から移送先をナビに示します。そこまでお願いします」
当たり前だが移送先も既に用意されていたので、すぐさまナビに目的地が表示された。
今度はそれを見た沢田の方が疑問を抱く。
一方で緑川の方は納得する。警察の手でも負えないものはあるんだと、警察も同じ人間だと理解した。
「了解しました。直ちに向かいます」
沢田も理由は分からないが、素直に従う。目的地がどこであれ自身の仕事は変わらないのだから。
パトカーは、ゆっくりと南下する。
アンノウン74 非ず 危険LV5
研究内容
フィリップス商会の売却データ
シェリダン・ケネス (シェリダン石油社長)
購入時のアンノウン74の形態・高級車
購入理由(独自調査)
ケネスには三人の子供がいた。そのうちの長男は初めの妻、次男、三男は次の妻の子供だった。ケネスは次男か三男の子供に後をつかせたかった。一人目の妻とはあまり仲が良くなくすぐに離婚となった。
一方で二人目の妻とはかなりの良縁であり、その妻との間に産まれた次男と三男には何としても幸せになって欲しかった。
しかし、シェリダン石油会社において信頼が厚かったのは次男や三男よりも長男の方だった。役員たちは言葉にせずとも、次期社長は長男が適任だと社長に訴えかけていた。もしここで次男や三男を推してしまえば優秀な部下たちを失ってしまう。
ケネスはどうにかして『仕方ない状況』を作り上げられないか考えた結果、アンノウン74を使用した暗殺を企てた。
ケネスが高級車(アンノウン74)を長男に譲ったその夜、ケネスの長男は入浴中に落雷による照明のショートにより感電死することとなった。
車が関わっていたら警察に買い取り先などを調べられ、厄介ごとが起きる可能性があった故に、フィリップス商会としてもこの終わり方はかなり良好な結果となった。




