第四章-1 アンノウン24・アストラルマキナ
イタリアに本拠地を置くフィリップス商会は表向きには『フィアンセ』と呼ばれる高級ジュエリーを取り扱うお店で、国内は勿論、各国の政府関係者、大手企業の重役等々の富豪層ご用達のお店となっている。
しかし、それはお店の表の顔であり、店に来る人の中には裏で取引されている物を目当てにしている人も多い。アンノウンだ。
危険性の高いアンノウン。
それでも富裕層にはかなりの利用価値があり、表で媚を売ってまで買って貰っている宝石が石ころに思えるほどの莫大の金が動くことも多い。
利用法は、軍事力と政治戦略の二極だ。
軍事面においてはアンノウンほど強烈な武器は無い。
危険レベル5であれば一個部隊どころか国すら壊滅させるほどの力を秘めている。扱い方次第では自爆しかねないと言うネックがありながらも、それを帳消しにするほどの効果と即効性を備えている。
主な取引先はリベリオンとUWS(Unknown Weapons Simulation)それぞれ現在進行形で第二次冷戦状態となっているロシアとアメリカのアンノウンを取り扱う軍事部隊だ。
政治戦略においては人知れず相手を闇に葬る暗器として重宝され、また恐怖の対象としても扱われている。
アンノウンは人型の存在もあれば物の形をした存在も多い。寧ろ物の方が多いと言われている。その中にはフィアンセで売っていてもおかしくは無い宝石付きネックレスや陶器。単なる万年筆や本に至るまで多種多様であり、どれがアンノウンなのか見極めるのはその道のプロでも難しいとされている。
それ故に何の変哲もない部下からの贈り物。友好関係として譲渡された品がアンノウンの可能性もあり、それを受け取ったが故に謎の死を迎えた政治家や大企業の重役は今までに数多く存在した。が、どれも何らかの因果関係や陰謀説を唱えるマスコミによって、アンノウンの仕業だと理解できる人間はほぼ皆無だった。
金の上限を知らない連中と国は羽振りがいい。その収入源は勿論アンノウンを送り込む人であり国であり、そこで莫大な収益を得た物が次のターゲットとなる。
生死の循環。それは正しく弱肉強食の理と言っても過言ではない。
そんな超高級品を扱うフィリップス商会につい先日事件が起きた。アンノウンを紛失した。
ナンバーは74『非ず』。所有者を殺害すると言うシンプルかつ強力で尚且つ取り扱いには細心の注意を払わなければならない品でもある。なんせ買った、貰った本人が「自身の所有物」と思っただけで死亡対象とされてしまうからだ。
そのアンノウン74は他にも問題点がある。
所有者がアンノウン74を完全に失くしてしまった場合、アンノウン74は消滅して別の物へと変化してしまう性質がある。おまけに世界中のどこに飛んだかも一切把握できない。
バウルクド・アーチャンはそのことに頭を抱え、ブロンズヘアーをアルデンテのスパゲッティーにイカ墨を混ぜるかのように搔き乱した。
あの品は需要、品質、値段の三点において高い水準を誇っていた。故に扱いには注意すべきと従業員はかなり多めに配置していた。
それでもアンノウンの取り扱いは困難であり、このようなケースは過去に何度も起きていた。ただ、今回の品はどうしても取り返しておかなければ、このアンノウン市場の波に乗る事は出来ない。ただでさえ国家絡みの組織であるリベリオン、UWS,そして秘密機関のエンブレムに技術で劣っているのだから。
「バウルクド」
そんな彼の苦悶をもちろん知っているはずの男が彼の名を呼ぶ。
「74が消失したようだな?」
白髪のショートヘアだが、後ろ髪は金糸で編みこまれたヘアゴムで結われている。青い瞳は長年の宝石業の影響か、サファイア気味た輝きを帯びている。
「細心の注意は払っておりました! ですが、これは不測の事態で」
「慌てるな。別にお前を責めている訳ではない。それに、お前は過去何度も74の再確保に成功している。今回もまたお前には再確保の指揮をとって貰おうと思っている」
74の脱走は一切の痕跡を残さない。
それどころか消失後まもなくしてほぼ正反対の位置に面するインドで発見されたと言うレポートもある。どんな脱獄王や怪盗よりも追いかけるのが困難な74に対し、一番効果的なのは情報の収集だ。
グローバルな時代となった今、他国の殺人事件は僅かなラグ程度の障害で知ることができる。そこから不審死や謎の事故を追っていけば、自ずと目的のものに近づける。
「今回は日本に飛んだようだ。あそこはエンブレムの庭だから準備を怠るなよ?」
「リベリオンとUWSに挟まれた小国にそこまで心配はいりませんよ」
リベリオンやUWSを相手に生業をしている彼らにとって、小国日本の戦力は微々たる物に過ぎないと捉えていた。
新たな冷戦と言われる水面下の両国に挟まれていながら、第二次世界大戦で締結したポツダム宣言の呪縛により勢力を剥奪された、いわばただの人間だ。
「日本のアンノウンの研究、技術をなめない方が身のためと思うがな。リベリオンやUWSが積極的に我々と取引をするように、エンブレムとは技術提供を申し出たり共同戦線を張って貰えるように頼み込んでいる」
「つまり、非ずが無効に渡ったら当面戻ってくる気配は」
「無いだろうな。日本の顧客が今までいなかった訳では無い。しかしロシアやアメリカと比べれば客層は圧倒的に少ない。裏から手を回して返してもらうことは困難になるだろう」
ただの島国にそこまで慎重になる必要性があるのかとバウルクドは高を括っていた。移動手段が多少不便であるのと湿気が髪に悪い程度のイメージしかない国に恐れる必要性など毛頭ないと、断固たる決意でいた。
「ちなみに今回は何になったんだ? それ次第では価値が上がるんだが」
非ずは変化する特殊なアンノウンでもある。
宝石であれば嫁が憎たらしい姑に。
スカーフであれば社長を寝取りたい愛人が社長の嫁に。
プライベートジェットならばライバル社の頭に送って、初フライトで遥か天に旅立ってもらうことが出来る。
「人だ」
だが、今回はそのどれにも当てはまることは無かった。
アンノウン24・アストラル・マキナ LV5
調査報告
アンノウン24はごく一般的なサイズの写真を納めることが出来る一つの写真立てで構成されている。そこには中学生くらいの少女と40近い母の二人がどこかの公園で記念撮影をしている写真が飾られている。
アンノウン24は時間束縛と周辺地帯に強力な精神干渉を引き起こす。
過ぎ去った時間を元に戻す力、時間の流れを遅くする力。そして、一定区画が時間遡行を何度も行っていることを周囲に悟られないよう、周りの人間に精神干渉をきたす。
アンノウン24の時間束縛と時間遡行能力は写真に写っている少女と同年代、もっと正確に言えば14歳に近ければ近いほどより強力な物になる。最も強い力を持っている時であれば、時間軸を捻じ曲げ、一定区画に急速な時間の経過を与えたり、時間停止や改ざんも行うことが出来るようになる非常に厄介なアンノウンである。
これらの特性から、アンノウン24の使用者は月に一度精神的な検査が行われ、問題がある場合は記憶処理を行った後アンノウン24には近づかせないことを義務付けている。




