ヒザン村にて
フランシスと睡眠を交代しつつ、翌朝を迎えた。
飯は昨日、どこぞのバカに食いつくされたためにない。
水だけは辛うじて残っていたのでそれだけだ。
荷物をまとめ直し、シェシェを俺とフランシスの間で歩かせて先に進む。
横にはバンディも付いてるし、逃げる隙間はないはずだ。
「お腹空いたヨー」
「どっかのただ飯食らいがいなきゃ、俺達は朝飯にありつけたんだがな」
この後ろ頭を叩いてやりたいところだが、ぐっと堪えておく。
しばらく歩くと、ようやくヒザン村が見えてきた。
見た感じ、まだ山賊は来ていないようだな。
職務登録所ではここを狙うのでは、という予想だった。
だがシェシェの話を信じるなら、予想通り山賊共は次にここを狙っている。
肝心の襲う日付なんだが……。
「おい、頭からっぽ女」
「なにかナ?」
「結局、俺が訊いたことで思い出したことは?」
「それね……なんにも! 思い出せないヨ!
話半分で聞いてたしネ。微塵も会話内容を思い出せないヨ。
あっ、でも肉獣のステーキは美味しかったんダヨ!
肉厚でありながらとろけるような味わいがまた――」
「そうかぁ、牢屋で食う飯はまずいだろうから、今のうちによぉく思い出しとけ。
二度と食えない味だろうからな」
「待って待って待って! 私、他のことでならお役に立てるヨ!
まずいご飯は嫌なノネ! 助けて欲しいヨ!」
「他のことってなんだ? 宴会芸でも始めてみろ?
いよいよ持って俺の拳が飛んでくるからな?」
「そんなことしないヨ!
私、踊り子、死霊使い、呪術師、魔術師、錬金術師と職を持ってるヨ!
なにかしらお役に立てるはずなノネ!」
「終いの果てに嘘まで吐くとは……余程俺の拳を軽く見てるらしいな?」
「ちちち、違う違う! 本当ダヨ! ほら見てみなヨ!」
そう言うと、シェシェ近くの小石で手早く魔法陣を描くと、聞いたことのない言葉を紡ぎだした。
周囲の空気が冷たくなっていく。バンディが警戒したように唸り始めた。
魔法陣の周囲に薄緑の風が漂い始める。
「いざ我が喚び声に応えヨ!」
シェシェが叫ぶと、魔法陣から骨の腕が生えてきた。
それは力なく地面に手のひらを着くと、地中が盛り上がり腕の主が姿を現した。
見たままに人骨だ。それが一体、二体、三体まで出てくる。
「この通り、死霊使いダヨ! 他にもほら!」
今度は指先に火を作り出し、さらに土くれから人形を作ると、それが動き始める。
それぞれ魔術師の『炎術』、錬金術師の『土人形』作成だ。
本当にあれだけの数の職業を持っているというのか?
『アイアンブラッド』では多くても三つの職業までしか持てない。
だがこいつはそれ以上の数を持っているという。
魔導会により認められる職業の数に制限はないのか。
ゲームとまるっきり違う。当然だな。ここは別の世界でも現実なのだから。
『アイアンブラッド』の常識は通じない。
職業や能力、これらは全て魔術言語に置き換わっている。
俺の知っている通りではないんだ。
能力自体、俺が使うものが『アイアンブラッド』そのままというわけではない。
似ているが若干違う節はある。
強化されていることも関係はしているだろうが、格段に使いやすくなっているからな。
恐らく、俺達の力はこちらの世界にある近しいものと成り代わっているんじゃないか。
まさかこいつに気付かされるとは思わなかったな。
まったく持ってよくわからん奴だ。
驚いたことは顔に出すな。
平常心、誰も彼もがいくつも職業を持てることを知っていると思わせろ。
そんなものかと鼻で笑ってやれ。
「す、凄い! こんなに魔導会で合格したの!?」
フランシスが心底驚いている。そりゃあそうだろうな。
俺よりこの世界の常識に詳しいんだから、衝撃は俺以上だろう。
「色々見せてもらってなんだが、それをどうやって俺らのために活かすつもりだ?」
「私、思いついたヨ! お世話にはなったけど、あの人達は悪い人達!
だから一緒に懲らしめようヨ! 悪いことしたら駄目だからネ!」
聞き流しかけたが、こいつ今確かに一緒にって言ったな?
自分も味方になるから牢屋に入れるのはやめてくれって?
図太いというかなんというか……。
というか、こいつこれだけ職業を持ってるなら相当能力も持ってるだろ?
俺らを倒そうとしない理由は? 隙を窺うような様子もないし。
味方になると言っておいて、山賊共と挟み撃ちにするつもりか?
分からん。だが聞いてる限りこいつは遠距離、あるいは補佐を得意とする職業ばかり。
接近戦は強そうじゃない。
勝てる要素はある。裏切るなら相応の報いを受けてもらうぞ。
「仲間になるってんだったら入れてやってもいい。
ただし報酬金はナシだ。警備隊に引き渡さないだけありがたく思え」
「それでいいヨ! ありがとう! 頑張るヨ!
さぁ、ホネコ、ホネミ、ホネリーヌもお礼を言うんだヨ!」
シェシェが呼び出した骸骨共がカタカタと動いて頭を下げる。
なんだその名前。
「なんだその名前」
思考と言動が一緒になってしまった。
「いやぁ、名前がないと不便だからネ」
「名前なんていらないだろ。とりあえずそいつらさっさと帰せよ」
「出来ないヨ?」
「……はぁ?」
「一回呼び出したら、この子らに与えた魔力が消滅するまで消えないヨ」
……なに? つまり、俺はこいつを連れていく以上、この骸骨共も引きつれないといけないって?
「骸骨共は村に入れるんだろうな?」
「大丈夫ダヨ! 多分」
フランシスの方へ視線を向ける。すると、フランシスは困ったように頬を掻いた。
「いや、普通にみんな怖がると思うけど?
だって動かない死体が動いてるわけだし……」
だよな!
「だよな!」
いかんいかん、すっかりこのバ……いやシェシェに引っ掻き回されている。
俺のペースが狂わされているじゃねぇか。
落ち着け落ち着け。
こいつ、本当に頭良いのかアホなのか分からん……。
「そいつらは村の外に置いとけ。
多分バンディも怖がられるからな。一緒に森の中に待機させとこう」
「分かったヨ!」
骨共と一緒に親指を立ててくる。
息ぴったりじゃねぇか腹立つなあ。
ひとまず色々思うことを秘めたまま進み、どうにかヒザン村に着いた。
バンディと骨共は村の少し手前で木々の中に隠れさせて置いてきた。
村は木造の家が多い。
村人が外で作業をしており、みんな生き生きしている。
やや老人が目立つが、若い人もちらほらいるようだ。
ディザニアとは違うな。向こうの人はみんな暗い顔をしていた。
フランシスを見れば、どこか嬉しそうだが、寂しげにも見えた。
きっと自分の村のことを思い出しているんだろう。
凄く慰めたい。この邪魔者さえいなければ……。
シェシェは腹を鳴らして、村人が運ぶ野菜から視線を外さない。
なんだろうなあ。格好は露出が多いし体つきも良い。
なのに、こいつから色気というものを微塵も感じない。
「まずはなにか食べようヨ!」
「……お前、金は?」
「ないヨ!」
「だよな!」
見たままに、持ち物自体なにもない。
期待はしてなかったよ。ああ、してなかったさ!
この金食い虫め。山賊退治が終わったらその辺の山に捨ててやる。
「あの、もし……」
一人の老人が話しかけてきた。
白いヒゲを蓄えており、禿かかった頭。
緑色で袖口の広い大雑把でゆったりとした服を着ている。
「職務登録所から連絡があってな。ダリオさんとはあんたのことかね?」
「そうですが、あなたは?」
「ワシはこの村をまとめておるものです」
「村長さんってことですか? これはどうも」
「いや、山賊が来るかも分からんが、村の護衛をお頼み申しますぞ」
「お任せください。ところで警備隊の方はいらっしゃらないのですか?」
「いるにはいるが、この村には年寄りが一人と数名の若人がいるだけでしてな。
何分、戦時中ゆえ大半が戦争へ駆り出されております。
人手不足は仕方ないと思ってくだされ」
なるほど、警備隊が少数の山賊をどうにも出来ないのは数が足りないせいか。
魔獣だ山賊の撃退だ、なぜそんな仕事があるのかと思ってたが……。
戦争中のせいで人手が足りなくなっているんだな。
俺の仕事を見届けて、報酬をもらうためには警備隊長の身分証が必要なはず。
ここにいるっていう爺さんがその警備隊長なのか?
「おお、噂をすれば。あれがこの村におるという警備隊のものです」
振り返れば、柄の悪そうな爺さんがこちらに向かってきていた。
編み込んだ白髪の髪、プロレスラーかと思わんばかりの筋肉が付いた体。
なぜ半裸でパンツ一丁なのかはさておこう。
無精ひげが似合う、眼光の鋭いジジイだ。
滅茶苦茶強そうなんだけど。
俺達いるか? いらなくない?
「よぉ、おめぇらが今回の請負人だな?
俺の名はゴーラン。まぁ、警備隊をやってるジジイだ。よろしくな」
声も渋い! なんだこのイケジジイ。
「ええと、警備隊長の身分証を重ねて依頼達成になるって聞いてるんですが」
「なにぃ? 俺は元隊長だ。まったくあの受付の……適当なこと抜かしやがって。
まぁ、今回の依頼主は俺だ。山猿共をぶち殺したら金は弾んでやるよ」
山賊を撃退したらこの爺さんに報告すればいいと。
にしても、強そうだ。元とはいえ警備隊長だったなら相当強いだろ。
「ゴーラン、銅竜の者に依頼したと聞いたが本当か?」
村長が警備の爺さんに声をかける。その面持ちはやや厳しい顔つきだ。
「ああ、今はどこも人手不足だ。手が空いてる奴はなんでも使うさ」
「……聞けば山賊共はかなりのやり手と聞くぞ。
手が空いてるからと言って、銀竜クラスに頼むべき仕事を押し付けるのは酷ではないか?」
「仕事の難易度はあの受付の女が一番分かってる。
それでも銅竜クラスに振ったんだ。つまり、どうにかできると踏んだんだろうよ」
爺さん達がなにやら不穏な話をしている。
銅竜に見合わない仕事だって? どういうことだそりゃあ。
村長がこちらを見遣る。白く太い眉を上げ、まじまじと俺達を見回した。
「お若いの。腕に自信があるのか?」
「いやぁ、生憎と自信はありませんね」
「ふむ。なればこの仕事、諦めた方が良い。
噂だと、山賊共には合格者がおるはず。
そのおかげで相当被害が出ておるそうじゃ。
倒す自信がなければ、早々にウロヴラに戻れ」
職業持ちがいるのか。そこのシェシェがそうでした、なんてオチじゃねぇだろうな。
「エイサーがいるんですかぁ。それは厳しいですねぇ」
金は欲しいが、あまり危険な賭けはしたくないな。
シェシェのおかげで職業に数制限がないことを知れた。
つまり能力の数も膨大に増えるってことだ。
強化されようと俺は無敵のボディを持ったわけじゃない。
不意打ちを受ければ容易に死ぬ。
職業持ちを相手にするのは危険が伴う。
僅かな油断が命取りだ。
同じ危険でも、肉獣とかあの犬を倒すほうがまだマシだ。
モンスターも能力は持っているだろうが、銅竜に任せる仕事なら大したことはない。
この山賊狩りが銅竜クラスに任せる仕事じゃないなら素直に退こう。
身の丈にあった仕事が一番。まずは程度を知るところから始めるべきだ。
「大丈夫ダヨ! 私も合格者だからネ!」
「なに! 娘さん、あんたが?」
「ふっふっふ、大船に乗った気でいてほしいヨ!
ダリオも合格者だからネ! 私達に死角はないヨ!」
爺さんズが感心している。
ただものじゃなかったと多大な評価をいただいたらしい。
このバ……大馬鹿!
相手の職業がなにか分かんねぇんだぞ! リスクを考えろ!
こいつ連れてくるんじゃなかった……。
ここで逃げたら今後仕事する上で評価や信頼に傷がつく。
最悪仕事を回してもらえなくなるかも……。
まぁ、その場合は盗めばいいんだが、これも完璧な手段じゃない。
同じ町に留まれなくなるからな。
だから出来れば職務案内所では仕事を受けれるようにしたい。
いざという時の金策が出来る場所として。
さっきまでなら爺さんの好意で逃げれたかもしれないものを、このド馬鹿……。
戦うしかなくなったじゃねぇか!
フランシスも固まってるぞ。
ていうかそうだ。フランシスが一番危ない。
職業のないフランシスは能力自体使えない。
もし狙われたら逃げる術がないぞ。
守りながら、といっても俺に人を庇う技能はないんだよ。
「わ、私大丈夫かなぁ……。ノークスなんですけど……」
「なら、お嬢ちゃんは俺といな。
合格者の戦いは人外の戦いだ。巻き込まれちゃいけねぇ」
ゴーランがフランシスを守ってくれるらしい。
ああ、これで完全に逃げ場を失った。
戦うしかねぇのか。
いや、まだだ! 山賊がここを狙っている、来るかもしれないのはあくまで予想!
シェシェの話だってどこまで信じられるか分かったもんじゃない。
つまり、まだ山賊がヒザン村に来るとは決まったわけじゃ――。
「た、大変だぁ! 山の方から変な奴らが!」
村人らしい男が、町の入り口から大声でそう叫んだ。
その背後の道に、武器を構えた連中が村に迫ってきているのが見えた。
男もいれば女もいる。
共通しているのは、みんな飢えた獣のような目をしていることだ。
「ハッハァー! 全員聞けぇ! 死にたくなけりゃあ食いものと金を全部持ってこぉい!」
先頭に立っている、スキンヘッドの大男がそう叫んだ。
斧を振り回し、入り口近くの家に一撃叩き込む。
どう見ても、そうだよね。
ははは、大道芸人……無理があるなぁ。
やっぱりそれ以外に見えないや。
山賊、来ちゃった。




