道中にて 2
人は呆れると、本当に言葉が出なくなるらしい。
目の前の女は脇目も振らず、俺達の食料を貪っている。
「山羊乳塊も貰えると嬉しいヨ!」
「えっ、あっ、うん。どうぞ?」
さすがのフランシスも不可思議な生き物を見るかのような目で女を見ている。
なんだこの遠慮知らずは。
人の金で飯食ってる頭あるのか? ねぇな!
水も喉を鳴らしてうまそうに飲むと、思い切り息を吐いて口元で手で拭った。
「ぷはー! いやぁ助かったヨ! ありがとう!
飲まず食わずでこのまま死ぬかと思ったヨ……」
「随分腹減ってたみたいだな。一体何日食ってなかったんだ?」
「半日ダヨ!」
一瞬頭の中が白んだ。
理解できないと、脳が処理するのに時間がかかる。
半日飲まず食わず? 普通にあり得るだろそんなこと!
たったそれだけの間、なんも食ってないからって人の食料平らげるだけ食うか?
「……どっから来たんだ?」
「山の中ダヨ!」
「山の中の、どこだよ?」
「わかんないヨ!」
満面の笑顔だ。なるほど、分かった。ふざけてんな?
「よぅし。フランシス、こいつしばくぞ」
左手で右手の指の骨を鳴らしながら拳を作る。
フランシスが慌てた様子で俺の腕を浮かんできた。
「ま、まあまあ! 落ち着いてダリオ!」
「そうだヨ! 暴力反対ダヨ!」
「はぁ。色々思うところはあるが、フランシスに免じて許してやる。
だがな、どこから来たか分からないってのはどういうことだ。
山の中で自然発生したわけじゃねぇだろ」
「うーん、船にいたんダヨ。
でも山の中にあるから、はっきりとした場所が言えないんダヨ」
「船? 山に船があるなんて信じられん話だが」
「みんなが船って言ってたから間違いないヨ!」
「みんなって?」
「仲間ダヨ! 最近知り合ってネ。その人達のお家にお邪魔してたんダヨ!」
山の中に船があって、最近知り合った仲間の家だった?
それってもしかして……。
「一つ聞いていいか?」
「なにかナ?」
「そいつら、山賊って言ってなかったか?」
「まさかぁ! よく「今日は収穫だったな」とか言ってたから、きっと農家の人達ダヨ!」
「……次はヒザン村だ、とか言ってたろ」
「言ってたヨ! なんで分かったノ?」
「ははは、なんでだろうなぁ。フランシス、こいつ確保」
さすがにフランシスも思うところがあったようで、女をひっ捕らえる。
女はなぜなのかまだ分からないようで、慌てた様子でもがいた。
「ぬわー!? な、なにするノ!?
私、美味しくないヨ! 売っても石竜貨にしかならないヨー!!」
「食わねぇよ。そして売りもしねぇ。
お前が行くのは豚箱だ。もとい牢屋だ」
「なにゆえ!?」
「山賊の仲間を放置するわけねぇだろ。
俺達は山賊退治に来てるんだよ」
「私山賊の仲間じゃないヨ! 人の道は外れてないヨ!」
「そうかぁ、頭のネジは外れてるみたいだけどな」
女の見た目は悪くない。
だが中身はその外見上のプラス要素をマイナスに叩き込むレベルで駄目だ。
とはいえ、危険な魔獣がわんさかいるはずの山を抜けてきたってことだろ、こいつ。
意外と強いのか?
まったくそうは見えないんだが。
「助けてほしいヨ! 私悪いことしてないヨー!」
「……お前が役に立てば見逃してやるよ」
「どんとこい! なにすればいいノ?」
「山賊の根城の位置を思い出せ。それがお前を助ける条件だ」
俺の仕事は山賊の撃退。根城まで探すのは入ってない。
だがもし根城を突き止められれば、追加報酬が出るかもしれねぇ。
「それと、ヒザン村をいつ襲う予定か分かるか?」
「う、うーん。思い出すから待って欲しいヨ」
「気長に思い出せ。明日ヒザンに行く。
それまでに思い出せたら、警備隊には引き渡さない。
思い出せなきゃ、牢屋で暇をつぶす方法でも考えてろ」
「それは嫌ダヨ!」
女は懸命に思い出そうとしている。
使えるかどうかは期待できないだろうな。
「フラン、先に寝ていいぞ。こいつは俺が見張ってる」
「分かった。よろしくね」
女を俺に預け、外套にくるまって横になるフランシス。
元々寝るのは交代制にしようと思ってた。
野宿も考えて、見張りは必要だろうからな。
バンディもいるが、こいつも完全に従ってるわけじゃない。
寝首をかかれて死ぬなんて御免だ。
「そういえば、お前名前は?」
「私? 私はシェシェ。ただのシェシェ」
変な名乗り方だな。意味でもあるのか?
「シェシェ、ね。俺はダリオ。寝てるのはフランシス。
そこでお前を警戒してるのがバンディだ」
紹介されたバンディが、牙を見せながらシェシェを睨んでいる。
シェシェは恐々としながら挨拶した。
「おっかないのを飼ってるネ」
「懐いて離れないもんでな」
「私、踊り子だから戦闘技術はないノヨ。
襲わないで欲しいヨ」
踊り子か。
『アイアンブラッド』にもあった職業だな。
踊ることで敵や仲間に影響を与える、特殊な『能力』を持っていたはずだ。
戦闘的な職業じゃないから、戦闘は苦手――。
「……ん?」
「どうしたノ?」
「踊り子?」
「そうだヨ?」
「もう一度。踊り子?」
「そうだヨ!」
待て待て。
確か職業、能力関連は魔術言語になってるはずだろ。
職業を得るには、魔導会で試験に合格しないといけないはず。
フランシス曰く、試験は超難しいとか。
だから、踊り子という言葉は普通伝わらない。
しかし、この女には伝わっている。
ならどういうことか?
こいつはその試験を突破したってこと……?
「お前、試験に合格してるのか?」
「うん、ちゃんと魔導会で合格したヨ」
「裏技でもあるのか?」
「ないヨ。書くものから服装に至るまで、全部向こうが用意するからネ。
答えを隠し持つとか、そういうのは出来ないヨ」
頭のネジが飛んでる奴だと思ったが、そうではないのか。
人間ってのは分からんもんだなぁ。
「というか、ダリオも合格してるんダネ!」
「まぁ、俺は少し特殊なケースだけどな」
「……普通の人じゃないのも関係してる?」
焚き火で照らされ、彼女の瞳が妖しく光る。
シェシェは言葉で俺を刺してきた。
予想してなかった発言だ。
俺が強化人造体だと判断したというのか。
見た目は変わらない。どうやって判別した?
いや、落ち着け。
そうと決めるにはまだ早い。
奴の言葉の意味を探れ。
「なんの話をしてる? 俺が普通じゃないって?
ブサイクとか言ったら即牢屋にぶちこむぞ」
「……なんでもないヨ。牢屋は勘弁ダヨ!」
シェシェは腑抜けたような笑みを浮かべる。
これは演技なのか、それとも素でこうなのか。
掴めない奴だ。
焚き火に視線を落とす。
木を折って焚き火の中に放り、火の番をしている振りをしておいた。
職業持ちである以上、こいつは油断ならない。
山賊を仲間と言ってるような奴だ。
もしかしたら、山賊共に俺の動きを察知されたか?
そうだとすると、こいつはわざと俺達の前に出てきた可能性も……。
アホを装いつつ、こちらの力量を探っているのかもしれない。
さっきの発言といい、職業持ちであることといい、頭は切れると見た。
そもそも踊り子である保証もない。
戦闘力がないことをこちらに思わせるための罠だとも考えられる。
読みにくい。
こいつはどういう考えでここにいる?
「なぁシェシェ、お前――」
振り返ると、シェシェはすっかり眠りこけていた。
よだれを垂らし、それはもうぐっすりと。
演技……じゃないな。思いっきり寝ている。
健やかな顔だ。
緊張感の欠片もなく、ぐうぐうと寝息を立てていやがる。
ああ、分かった。そういうことか。なるほどなるほど。
真面目に考えた俺こそアホだったらしい。
こいつ、本物のバカだ!!




