新天地 2
ようやくフランシスが書き終えるが、それを見て受付嬢はしばらく固まっていた。
お世辞にも、フランシスの字は綺麗とは言えない。
いや、はっきり言うと本当に字なのか疑わしいレベルだ。
「…………フリャンセサさん?」
「フランシスです」
「年齢は……201歳?」
「21です」
無表情だった受付嬢の眉間に皺が寄っている。
よっぽど分かりにくいらしい。
逆に読めたら凄いと思う。
途中で解読するのを諦めたようで、口頭で内容を聞き始めた。
そうして聞いた内容を受付嬢が別の用紙に書き直し、その後身分証を作成する。
フランシスは嬉しそうに身分証を掲げた。
「これ、かっこいいなぁ!」
「ハッハッハァ! 様になってますねぇ!」
輸送の男がこちらを誉めつつ、受付嬢から袋を受け取っている。
手のひら一杯の重そうな袋だ。
報酬を受け取る受付は五番だったはず。
ならあれは報酬金か?
ここで金を受け取っているということは……。
「他国からこの国へ連れてきて、ここで身分証発行させるまでがあんたの仕事か?」
「おや、さすがにわかりますか?
ハッハッハァ! いや実に察しがよろしい! ご明察ですとも!」
金をくれたり案内まで買ってでたり、妙に親身だと思ったんだ。
なるほど、それも仕事の内なら当然だ。
「話すついでに聞かせてくれよ。
ディザニアからわざわざこの国へ運ぶ仕事なんて、なんのためにあるんだ?
報奨金が出るってことは、それをすると得することがあるってことだろ?」
「守秘義務などありませんのでお答えしましょう。
我々、ディザニアのみならず! 各国にてこんなことをしております。
なにゆえか?
元々ヴームエンデは自由を愛する流浪の民が築いた国!
ゆえに、国に縛られ尊厳を失ったものを黙って見ていられません。
なので我々は国を巡り、自由を求めるものを迎え入れているのです!」
答えているようで答えちゃいねぇ。
大仰に話しちゃいるが、他国の村や町を見聞して、現状に不満があるものを引き入れているって話だろ。
引き入れる理由が分からん。
わざわざ他の国からこの国へ運ぶなんてリスクしかないだろうに。
不満を持つ国民を扇動して、国内で反乱を起こさせるなら話が分かるんだが。
「大層なお話なんだが、あんたらは得するのか?」
「損得ではありません! 我らは迷う声を救うべく行動しているのですから!」
いや、きっちり仕事として金もらってるからお前は得してるだろ。
というか……なんか雲行きが……。
「我々は、共にエルヴァーダの導きにより出会った同志です!
ハッハッハァ! そう! これは正に魂の導き!
よろしければどうでしょう!
宿へご案内する前に、我らの拠点にご招待したいのですが……」
「拠点ってなんですか?」
「我々、自由竜導教団の支部と言ってもよろしいですな!
古くからこのヴームエンデに根ざす教えを広めております!
そうだ、もしよろしければ聞いていかれるといい。
これから我が国の一員となるのです! 国風を知るにも良いお話が聞けますよ!」
フランシスの質問に、男は嬉々としてそう答えた。
ああ、理解した。まずいぞ。
こいつ、宗教関係者だ。
他の国からわざわざ連れてきたり、変に面倒見が良いのは信者を増やすためだ。
困窮した連中に救いの手を差し伸べ――いや、国を脱するよう甘言で誘う。
話に乗ればさらに優しい対応で心を掴む。
なるほど、今は各地で戦争中だ。
当然鬱憤や不満を持つ奴らが出るだろう。
そういう奴らが狙い目というわけだ。
先に1000クルス貰っているような話をしていたし、そこもミソだ。
対価を支払わせれば、相手が余計な勘繰りをしなくなる。
金を払っているからこその親切だと思えばもう疑わない。
自分達のことをなにも知らない他国民を狙い、助ける名目で恩を感じさせる。
国から連れ出された時点で逃げ場なんてない。
諸々自分達に都合の良い状態を作って入信させる、と。
詐欺師より質の悪い人さらい共じゃねぇか。
フランシスが熱心に話を聞いている。この男を信用してしまっているのか。
助けてもいいんだが……。
逆に、こういった奴らって金とか組織力だけは間違いないからな。
見知らぬ土地でやっていくなら、所属するのもありだろう。
俺自身、やっていけるかは不安だ。
フランシスの話を聞いてる限り、村民であるという意識のためか自己評価が低い。
なら村民達は特に不安は強いだろう。
その不安を取り除いて、日々を邁進するのになにが必要か。
寄り添えるものだ。
残念ながら、こういう奴らは仲間には優しいからな。
不安な奴らにとっては嬉しい存在だろう。
まぁ、俺は絶対入信なんかしないけどな。
「いや、素晴らしい誘いではあるんだが。
生憎と俺は国風だなんだ、そんなものに興味はないんでね。
ありがとう。世話になったよ」
「いやいや! きっとために――」
「さあ早速労働だ! 三番と四番だったかな!?」
話を遮り、四番受付の前に進む。
横目で見れば、男は伸ばしかけた手を引っ込め、フランシスへ熱心に話を振り始めた。
あいつについていくかどうか、それはもうフランシス次第だ。
俺が助けたところで、彼女の望む境遇を作ってやれるわけじゃない。
さて、気を取り直して。
成り行きとはいえ、早速受付の前に立ってしまった。
まぁ、一応仕事がどんなもんか見ておくとしよう。
四番受付嬢は、深緑の目をこちらに向けてじっとなにかを待っている。
身分証を提示すると、深々とお辞儀をしてきた。
「いらっしゃいませ。どのようなお仕事をお探しでしょうか?」
「討伐系の仕事はあるか?」
「銅竜クラスのあなたにお願いできるのは……こちらになります」
受付嬢が何枚かの用紙をカウンターの下から取り出した。
あのカウンターの下、どうなってんだろうな?
というか、銅竜って言ったな。身分証の色でクラス分けされてるようだ。
これは最低クラスの色なんだろう。
出された紙にはそれぞれ仕事の内容が書いてある。
数は全部で四枚。
山賊の撃退、肉獣の討伐が二件、魔犬の群れ討伐。
肉獣ってなんだ? 魔犬はあの黒犬だろ。
あと山賊って、普通にモンスター以外の討伐もあるんだな。
「山賊ってのはどれくらいの規模なんだ?」
「少数です。近隣の村を襲っており、何度か警備隊も出ています。
しかし警備隊が来る前に山中に逃亡してしまい、尻尾が掴めていません。
なにが警備隊なのか。役立たずで困っています。
ダリオ様には、近隣の村で待機。山賊が出た場合撃退いただければ結構です」
「待機ってことはいつ出るかは予測できないんだな?」
「およそ数日から十日の間に被害が出ています。
恐らく次はここだろう、という予測は出来ています」
「根城を突き止めなくていいのか?」
「山賊が籠る山中は、危険な魔獣が生息しています。
銀竜以上の証を持っていない方にはお願い出来ません」
「肉獣ってのは?」
「文字通り、肉の塊のごとく醜悪な人型の怪物です。
樹木ほどの大きさを誇りますが、動きは酷く緩慢で、知能も低い生き物です。
しかしながら重量を活かした一撃は強烈で、相当な破壊力があります。
雑食で大食漢、しばしば人里近くに現れ、木々等を食い荒らし、周辺環境に多大な影響を与える迷惑者です」
半巨人っぽい生き物が浮かんだ。
ゲームでいうとオーガとか、トロルみたいな奴なのか?
力は脅威でもそう強い相手ではない、と。
犬はすでに戦ってる。あのくらいなら戦えたが、群れの規模によっては面倒そう。
まぁ最低クラスの仕事だし、アホみたいに多い数ではないだろう。
……俺は盗賊だし、金を盗めば別に仕事なんぞしなくてもいいんだが。
しかし、これは良い機会だ。
魔獣というモンスターの強さ、そしてこの世界の人の強さ。
その両方は知っておくべきだ。
銅竜クラスとかいう最低クラスの仕事ではあるが、弱いとされる敵がどの程度か理解しておいて損はない。
強化人造体であるらしい俺の能力を超えるとは思えないが……。
正直ディザニアの技術力は凄いが穴もある。記憶の欠落が良い例だ。
本当に王様が言うほどの強化がされてるのか怪しい話だな。
過信は自分を殺す毒だ。
とりあえず、俺が受けるのは……。
「山賊の撃退、これを受けたい」
「承りました。では」
身分証に魔法陣が浮かぶ。
すると、山賊の撃退と書かれた紙は白紙に戻ってしまった。
「これで登録が完了しました。
吉報をお待ちしております」
「初めて仕事を請け負うんだが、これはどうすれば完了と見なされるんだ?」
「依頼者の身分証と、ダリオ様の身分証を重ねることで登録した術式が変化します。
その後、こちら五番窓口にてその術式を確認することで依頼を達成したと判断されます。
なお、山賊撃退の依頼人は警備隊長です。
こちらから使者を出しておきますので、ダリオ様はウロヴラ近郊、ヒザン村へ向かうようお願いいたします」
「わかった」
人間相手の戦いは、こちらに来てからはまだ経験していない。
リューミナの襲撃はあったがあいつはこっちの人間じゃないから別だ。
ノークスとかいう職業なしもいる世界だし、人によって強さが極端に違うだろう。
能力の有無でも変わる。
『アイアンブラッド』と同様に、自分より弱い相手だとしても油断は出来ない。
どんな能力でも、使い方次第で素人が玄人を殺すのが『アイアンブラッド』だった。
きっとこちらでも同じだ。油断と驕りでゴミのように死ぬだろう。
無様な死に様だけはごめんだ。
それに、『アイアンブラッド』にはリスポーンはあっても蘇生魔法なんて存在しない。
こちらでもそれが変わらないのなら。
リスポーンは出来ない。蘇生も不可能。
死ねば終わり。そこで終わりだ。
俺は生きるぞ。命を張って生きる。
生き抜いて必ず帰ってみせる。
ふざけた召喚で呼ばれた挙げ句、死んでたまるか。
急に腕を引っ張られる。俺の右腕にフランシスが抱きついてきた。
皮鎧がなければ最高の感触があったろうに! 少し残念だ。
「あの! 仕事って二人で請け負うことって出来るんですか?」
フランシスが身分証を見せながら、慌てた口ぶりで言うと受付嬢が頷く。
「報酬金は変わりませんので、当人達で分配を決めていただきます。
その内容に納得しているのであれば問題ありません」
「よぅし、ダリオ! 行こう、早く行こう!」
フランシスが目で必死に訴えてくる。
どうやら、あの男のやばさに気が付いたらしい。
「残念ですねぇ。ひっじょーに! 非常に残念ですとも!」
男が溜め息をこれ見よがしに吐いている。
どうやら勧誘は失敗らしい。
まぁ、まだ船の中に獲物がいるだろ。俺達は諦めろ。
すると、男が二枚の布をそれぞれ手渡してきた。
一応受け取っておく。ハンカチくらいの大きさだな。
布にはでかでかと自由竜導教団と書いてある。
なんて趣味の悪い……。
「ハッハッハァ! もし興味がおありでしたら、是非とも支部に遊びに来てくださいね!
我々は! いつでも! 歓迎いたしますよぉ!
その際は、こちらのご尊布をご提示ください。
優先的にお話をさせていただきますので!」
なんかえらいもん渡されたな……。
捨てたいけど呪われそうで捨てられない。
「そうそう、宿泊先ですが!
この建物から出て右手側に、『竜の巣』という看板が見えるはず。
そこは酒場も経営していて、食事も美味しいおすすめの宿屋ですよ!
宿泊費は食事込みで石竜貨5枚!
銅竜貨1枚出せば、石竜貨5枚のおつりです。
良い旅を! 我々はあなた方の自由を尊重します! ハッハッハァ!」
男はそう言って、ふらりと建物を出て行ってしまった。
根は悪い奴じゃなさそうなんだけどな。根は。
フランシスが腕から離れ、くたびれたように息を吐いた。
「フラン、よくついて行かなかったな?」
「いやね? どうしようか悩んでたら、いつの間にか私行くことになってたの。
返事してないんだよ? 話聞いてただけだよ?
なのに、こちらです! ってさ?
さすがにおかしいって思ったんだ。
それに私は馬鹿だけど、ダリオは合格者でしょ?
頭の良い人がついてかないってことは、なにか変なんだなって……」
「良い判断だ。で、本当についてくるのか?
成り行きで受けちまったが、山賊の撃退の仕事だぞ?」
「やるよ! あ、いや。やってもいいかな?
一緒についてってもいいかな?」
「……遊びに行くんじゃねぇんだぞ。守ってやれる保証もない。
人を斬ることにもなる。いいんだな?」
「私も、遊ぶためにこの国に来たわけじゃない。
自分の望む生き方をするために来たんだ。
というわけで、決まりだね!」
フランシスが拳を突き出してくる。
合わせろって? 少し気恥ずかしいが。
同じく拳を出して、拳同士を突き合わせる。
「まさか、昨日助けられた人と旅仲間になるなんてね。
よろしく頼むよ!」
「こっちもな。まぁ、よろしく」
旅の仲間が出来た。
こっちに来てから、やたらと濃い連中に出会う毎日だな。
宿に泊まったら、明日は村へ向かおう。
初めての金稼ぎだ。せいぜい稼がせてもらおうじゃねぇか!
…………あっ、その前に、移送船の中に置いてきた犬連れてこないと。
またあの男に会わなきゃいけない。盛り上がった気分が一気に盛り下がった。
今日は、早く寝よう。




