死人の旅路 2
山羊車に揺られてしばらくすると、やがて海岸線にたどり着いた。
森が切れ、砂浜と海が見える。夜の海はひどく不気味だ。
御者として山羊の手綱を引いていた護衛の男が周囲を見回し、山羊車を停止させる。
「ここでしばらく待つぞ。外に出てもいいが、あまり遠くにはいかないでくれ」
「なにを待つんですか?」
「ああ、迎えがくるんですよ。朝日が昇る頃には来るはずだ」
船でも待つのか? 密航船に乗り込むことになりそうだ。
乗客達は各々、安堵した表情を浮かべている。
気を抜くのはまだ早い気がするんだが……まあ、人の考えに突っ込んでも仕方ないか。
山羊車の荷台から降り、砂浜まで歩きながら体を伸ばす。
海辺だけあって風は少し強めだな。
ただ磯の臭いはしない。
俺の覚えている海とはなにか違うのだろう。
しかし、あの犬といい海といい、地球に似ている世界だ。
ここはパラレルワールドみたいなものなのか?
それとも偶然似てるだけの世界?
元の世界はどこにあるんだろうか。
さすがに世界を渡る、なんて力は俺にはない。
魔術塔はやはりとんでもない代物だ。
この世界、他に異世界へ渡る手段はあるのか?
ないなら魔術塔をどうにか使わせないと。
だがディザニアに留まれば、恐らく帰れなくなる。
王様は俺達を手放さない。
そもそも王様が提示した報酬が富と名誉だ。
思いっきりこの世界に留める気満々じゃねぇか。
リューミナやジンカイはその時点で気付いたのかもなぁ。
「あの、ダリオさん!」
荷台から、フランシスが駆け寄ってきた。
うーん、身長が高いのと短髪がやや男っぽさを感じさせるが、その活発そうな雰囲気がたまらない。
かっこ可愛い系美人だ。エイローズとはまた違う魅力だな。
なんでこんな良い女を戦わせてんだ、荷台の奴らは。
「フランシスさん」
「フランでいいですよ。すいません、ちょっと聞きたいことが」
「なんです?」
「その、腰のもの……」
ああ、外套がなくなったから普通に見えるか。
今更隠すものでもない。
後ろ腰に差していた銃を取り出した。
俺の銃は拳銃タイプで、威力と飛距離はないが取り回しが良い。
魔力を溜め込むバッテリーがあって、それをエネルギー源に魔力の塊を弾丸として打ち出す構造……だったかな。
ゲーム内じゃ構造なんて考えたことなかった。武器説明を暇な時に眺めた程度だ。
戦闘において、中距離で活躍してくれる。
俺が剣しか持ってないと思って、不用意に距離を取った奴の頭を何度ぶち抜いたことか。
「これがなにか?」
そういえば、こっちに銃はあるのか?
不用意に見せるべきじゃなかったかな。
「あの、詮索はしないほうがいいのかと思ったのですが。
ダリオさんは、ジヴァ帝国の人なんですか?」
「……なぜそう思うんです?」
「あ、いえ、銃といえばジヴァ帝国が有名なので」
銃があるらしい。しかもジヴァ帝国が積極的に使っているようだ。
「まぁ、この国とジヴァの境い目らへんが故郷ですかね。
物心ついた頃には王都の近くで暮らしていましたが」
極めて適当に嘘を吐く。
王国兵ならともかく、異世界人なんて言ったら俺の頭が疑われるからな。
「国境に住んでた方でしたか。この国では珍しいものを持ってますねぇ」
「確かに、ディザニアでは全然見かけませんでしたね」
「国王がそういった武器を嫌っているそうですよ。
魔術こそが至高と考える方のようですから……」
王様の前で銃を見せなくてよかった! 見せていたら機嫌を損ねただろう。
「ああ、そうだ。別に敬語なんていいですよ。
俺も気軽に話せると助かるのですが」
「え? そ、そうです、か? じゃあ、遠慮なく……。
いやね? 助けてもらった手前、なんかかしこまっちゃって。
身なりも良いし、どこかのお偉いさんかと思ったの」
「俺なんて、たかが知れるさ。職業だってしょうもないし」
「……ええと、ごめん、なにがしょうもないって? 今なんて言ったの?」
そういえば、魔素を使える人は魔術言語というものを扱えるとか。
職業って言葉がそれになってる?
マヤちゃん曰く。魔術言語は俺は脳内で、自分の世界の言語に変換されているって言ってたな。
言葉として自分が使っても、相手には魔術言語として聞こえてるのか?
いや、フランシスの反応を見るにそうなんだろう。
耳が悪いようには見えない。
「ええと、まあしがない剣士でしかないよって話さ」
「ふぅん? ねぇ、ダリオってもしかして、合格者だったりするの?」
「エイサー?」
「魔導会で合格した人なのかって話さ」
魔導会。なんか覚えがある言葉だぞ。
そうだ。こっちでは魔素を扱える証明として、魔導会とやらで試験を受けて合格しないといけないとか。
合格すると職業を名乗るのを認められて、初めて魔素――能力が使えるって話だ。
『アイアンブラッド』だと自分自身の体力が消耗したが、こちらでは能力の使用に魔力を使っている節がある。
魔素の集合が魔力。
つまり魔素を扱えない人間は技能が使えない。
能力自体持ってないんじゃないのか?
なら、魔術言語が分からないフランシスは一切能力を使えない?
能力なしであの犬と戦ってたのか。
王国兵や近衛兵には話が通じてたから、普通通じない言葉だと気付かなかった。
あいつら、その辺はさすがエリートってわけだ。
「厳密に言うと違うんだが、そのエイサーみたいなもんだな。職業は盗賊と銃士だ」
「やっぱり!? 合格者なんじゃないかって思ったんだ!
聞いたことない変な言葉使うし、あんなに強かったし! 憧れるよ!」
フランシスが興奮気味に顔が近づけてくる。
このまま抱きしめてやりたい。
いや、そうじゃない。
「近い、近いよフランシス」
言われて気付いたのか、慌ててフランシスが離れる。
少し照れた様子で謝ってきた。
「いやあ、ごめんごめん。
でも、本当に凄いよ。魔導会の試験、超難しいっていうしさ」
「褒めすぎだって。
フランは試験を受けたことがあるのか?」
「まさか。村民が試験受けるなんて無理だよ。
まず本が買えないからね。勉強のしようがない。
才無しのままさ」
ノークスってなんだ? 職業じゃなさそうだが。
さっき合格がどうのって言ってたし、合格してない人のことだろうか。
「護衛してたから、てっきりそのエイサーかと思ってたが」
「いやぁ、情けない話なんだけどね。
私ら才無しだから、戦える人がいなくてさ。
みんなで剣で戦ってみて、強かった人がとりあえず護衛役に回ったんだ。
その結果がアレ。やっぱり、村民がやって上手くはいかないね」
自嘲するように笑うフランシス。
戦う力を持っていない奴らが、それでも国を出ようとするほど困窮しているんだな。
村民に護衛を雇う金なんかない。
だから自分達で、という考えだったんだろうが、危うく死ぬところだ。
「随分無理なことしてたんだな。
でも、これからはそんなことしなくてもいいんだろ?」
「そうだね。やっと苦しい生活とおさらばだ。
でも、私は剣を捨てないよ!
折角高い金払って買ったんだ。どうせならこいつを活かしたい。
いつかは魔導会に行って、ダリオみたいに合格者になりたいんだ」
フランシスの目がきらめいている。
夢を持った女は素敵だ。
美しさ三割、いや十割増しだ。
与えられた知識には入ってなかったが、魔導会ってのは世界中にあるのか?
いや、フランシスが言うなら他の国にもあるんだろう。
多分、教会的なものなのか?
あ、国といえば。
「そういえば、聞いてなかったな。
フラン達はどこに行くつもりなんだ?」
「ヴームエンデだよ」
ヴームエンデ。与えられた知識があふれ出す。
ディザニアとは内海を挟んで大陸の北部を治める国で、別名を竜の国。
今は東のフォーン王国と南のジヴァ帝国、二つの国を相手にして戦争中のようだ。
調教者技術に優れ、他国では決して扱えないエルヴァーダを飼い慣らす国。
らしい。
……エルヴァーダ? なんだそりゃ。
生き物だろうが、言葉だけだとまったく分からん。
国を二つ相手にしてるって大丈夫なのか?
「おーい! 戻ってきてくれぇ!」
護衛の男の声だ。なにか慌てたような言い方だった。
フランシスと一緒に山羊車に戻る。
何事かと思えば、さっきの黒い犬が森の方から歩いてくるのが見えた。
群れではなく、一匹だけだ。もしかしてさっき逃げた奴か?
「魔犬って、こんなにしつこい魔獣なのか!?」
護衛の男が震える剣先を黒犬に向けながら、必死に山羊車を守ろうとしている。
あの犬、ハウンディっていうのか。
フランシスが斬りかかろうとするのを手で制する。
俺が前に出ると、黒犬は一瞬怯えたように数歩下がった。
唸ってはいないし、さっきと違って牙を剝き出しにするわけでもない。
なんか変だな。
しゃがんでみると、犬は静かに俺の様子を窺っている。
手を叩いてこっちに来るよう手招きしてみると、黒犬は恐る恐る近づいてきた。
そして俺の前に来ると、突然横になり、お腹を見せてくる。
動物が腹を見せる時。それは愛でてとか可愛がって、って意味じゃない。
完全な降伏宣言だ。
あなたには敵いません。煮るなり焼くなり好きにしてって意味だ。
多分。
お腹を撫でてやる。毛並みはまあ、野生動物だけあってゴワゴワしている。
梳かしてやれば手触りは良くなるんじゃないか?
ふむ、ちゃんとあるな。こいつはオスだ。
さて、なんでこいつ、急にこんな行動取ってきた?
考えられるとすれば……。
「この生き物って、人に懐きやすいのか?」
「いやいや。獲物を死ぬまで追い回す、質の悪い追跡者さ。
人に懐くなんて話、聞いたことないよ」
『アイアンブラッド』なら、モンスターは調教者にしか従わない。
こっちでも同じなのか?
いやぁ、同じならこの犬の反応はあり得ないだろ。
この犬、群れで戦ってたし頭は良いはずだ。
わざわざ仲間を殺した男の前に戻ってくる理由。
こいつ、俺についてくるのが一番得だと判断したのか?
逃げただけあって、中々どうして賢明な奴だ。
気に入った。
どうせ長い旅になりそうだし、一匹くらい付き添いがいてもいいかもな。
「ついてきたいなら勝手にしろ。
ただし、勝手に人を襲ったり、ましてやこの俺に牙向こうものなら……。
わかるか? わかるな?」
魔犬は体を起こし、従うように這いつくばった。
こちらの言葉が分かってるのかどうかは分からん。
ただ、俺に従う姿勢は示してきた。
「犬じゃあ味気ねぇよな。名前つけてやろう」
「えっ、ダリオ! これ連れていくの!?」
「ペットがいてもいいかなって。
あっ、その迎えってのは動物連れていけないのか?」
「いや、それは大丈夫だよ。大山羊も連れてくからね。
でも人を襲う魔獣を飼うなんて、正気とは思えないんだけど……」
「安心しろ。誰か襲おうとしたら、俺が責任もって処理するから」
魔犬が怯えたように身を縮める。
俺の殺意を察知する能力には長けてるみたいだな。
「名前は……そうだな。ハウンディってのがこいつの種族名だろ。
うーん、山羊車を襲った犬、群れ。集団? 集団で襲ってくる。奪う。
ああ、俺の職業は盗賊だし、それに近い名前をやろう。
バンディってのはどうだ? バンディットから取った」
黒犬は小首を傾げた。ピンときてないか?
ガウディールにしようか悩んだんだが、こっちにするべきだったかな。
「バンディ」
名前を呼んで頭を撫でてやると、自分がそう呼ばれていることが分かったのか一吠えした。
尻尾を振って、俺の手に自分から頭を擦り付けてくる。
媚びてやがる。こんな早く懐きゃしないだろ。
本当に頭良いというか、小賢しいというのか。
乗客が恐々としながら俺達を窺っている。
この犬、本来はかなり恐がられてる存在なんだな。
まあ、俺といる間は大丈夫だ。俺といる間は。
これは目を離せないな。俺が乗客の方へ行かないよう、バンディと戯れて時間を潰す。
しばらくして、朝日が昇ってきた。
夜明けだ。海が光を反射して、鏡面のように輝いている。
迎えとやらはいつ頃来るんだ?
「グゥゥゥ……」
バンディがなにかに怯えたように俺の後ろに回る。
こいつ、主人を盾にしやがって……。
大山羊もなにかに警戒して、角を振り落ち着きをなくして手綱を振りほどこうとしている。
護衛の男や乗客がそれを必死に宥めていた。
動物が反応している。なにか来るのか?
でも船なんてなにも……ん?
水平線になにか見える。鳥か?
いや、でかい。でかいぞ。なんだあれは?
『鷹の目』を使おうと思ったが、使う必要性はなかった。
鳥のようなものは、まばたきする間にこちらへ迫ってきているからだ。
その巨体は金に近い鱗に覆われていた。
山羊車を軽く超える体躯、爬虫類のようでいて、前脚は鳥のように翼になっている。
翼には翼膜が張り、目の前で広げられると視界を全て覆うほど大きい。
鼻先に短い角が、頭には後頭部に向かって伸びる角が二本生えている。
相手を見据える瞳は、視線だけで射殺すような恐怖を孕んでいた。
口には鋭い牙が、足には獲物を抉るかぎ爪が。
長い尾は二股に裂けており、棘が生えそろっている。
その生物を、俺達の世界で知らない人間はほとんどいないだろう。
ドラゴン――飛竜だ。
「こ、これがエルヴァーダ……」
「すっげぇ……」
そんな声がする。エルヴァーダってのはドラゴンのことだったのか。
ドラゴンを唯一使役できる国、それがヴームエンデ。
エルヴァーダは巨大なコンテナのようなものを運んでいる。
上部に取り付けられた取っ手を掴んでおり、器用にそのコンテナを砂浜に置いた。
よく見ると、エルヴァーダにはサドルのようなものが付いている。
「どうも! お客人達! お待たせいたしました!」
男の声だ。エルヴァーダの背から、一人の男が顔を覗かせた。
布を顔に巻いており、ゴーグルのようなものを装着している。
素肌を一切晒さない服装で、怪しいとしかいいようがない。
「この度は、我がヴームエンデが誇るエルヴァーダ輸送をご利用いただきありがとうございます!
さあ! 乗客の皆様、この輸送船に乗り込んでください!」
輸送『船』? 船には見えないが……。
なるほど、これがフランシス達が待っていた、他国へ行くための手段か。
輸送船とやらの両開きの扉を開けると、輸送の男の声が聞こえる。
「中に入ったら、馬車を固定できるものがありますので! 固定を! してください!
全員入ったら、出入口の鍵をお閉めくださいね! 放り出されないようためにも!
皆様も、内部の安全帯をしっかりお付けください! 出来たら大声で出来たと! 仰って! ください!」
声がでけぇ。一応、コンテナ……いや、輸送船の天井部には通気口があるようだ。
内部はまぁ、安全帯やら馬車を固定するようのものが無数にある粗雑な造りだ。
おおよそ人を運ぶような造りに見えないんだが……。
乗客達で馬車を中に積み込み、床に作られた器具で車輪や荷台を固定している。
「と、とりあえず大山羊も安全帯ってので固定したけど……?」
固定っていうか、安全帯でぐるぐる巻きにされてるようにしか見えないが。
フランシス、不器用か?
壁に取り付けられた安全帯。俺の世界だとシートベルトみたいなものだな。
バンディも固定してやった。少し苦しそうだ。
安全帯は一見短めだが、収縮性があるおかげで問題なく使える。素材はなんだ?
「この帯を、この金具に結べばいいのか?」
「こうかな?」
「おお、結構締め付けられるな」
俺も安全帯を腰に取り付ける。
帯の金具がフック状で、それを壁についてる半円系の金具に引っ掛けるだけ。
金具以外にも、手の高さに掴むような取っ手が付いてる。
シンプルなんだが、これらのおかげで体をしっかり固定できた。
ただ、なんでこんなに固定するような器具が付いてるんだ……?
待てよ。これってつまりエルヴァーダに運ばれるんだよな?
輸送船が、ドラゴンの足で掴まれて飛んでいく?
あれ、つまり、安全帯がこんなにがっちりしてるのって――。
「準備できました!!」
護衛の男が叫ぶ。
ちょっと待て! 待て待て! 心の準備がまだできてない!
「ハッハッハァ! 了解です! さぁ! ここからヴームエンデまで半日ほどかかります!
最悪な空の旅を、どうぞ心ゆくまで!」
輸送船が大きく揺れる。
エルヴァーダに揺られ風で揺られ、絶叫マシンと化した内部が阿鼻叫喚に溢れたのは、言うまでもない。




