死人の旅路
一頻り笑った後、木の上から降りて、さらに燃えカスになった村から離れた。
『疾走』を使って長距離を走ったから、相当離れたとは思うのだが。
結果、日は落ちてきて、周囲が暗くなってきている。
一応、技能は『隠密』、『気配遮断』、『魔力遮断』のみを使用したまま、他の技能は停止した。
俺は早速、地図を開いて周辺を確認する。
自動的に周囲の地形を読み取るとか、便利だよなぁ。
近くに道があるようだし、どこか村か町に繋がってはいそうではある。
地図を見る限り、俺は北西に向かっているようだ。
単に王都と逆の方向へ行ってるだけなんだが、これからどこに向かったものかな。
村は見当たらないし、今日は野宿だなこれは。
あの村からはそれなりに離れただろう。
火を起こして煙が見えるような距離ではないと思うが、少し躊躇する気持ちが湧くな。
日がすっかり落ちてしまうと、森の中はさすがに暗い。
『暗視』を使用。暗がりが昼間と同じように見える。
これを日中にやると、『アイアンブラッド』内では視界全てが光って何も見えなくなった。
この体でやったらどうなるんだろうな? 目が眩むんだろうか。
そういや、パーシヴァル達は生き残ったんだろうか?
俺の死を王様達に伝えてくれる奴がいないと困るんだがな。一人や二人くらい、いるよな? いるかなぁ……。
さて、この辺で休んでいこうか……ん?
森の奥で何かが動いた。光る眼が動いている。
暗がりから出てきたのは、赤い目の犬だ。
影に合う真っ黒い毛並み、すらりと伸びた体躯の犬だ。
やや面長の顔つきをしている。
体は大きい。立っている俺の腹らへんに頭がある程度の体高だ。
モンスターの類か? あるいは、この世界だと普通の動物なのか。野犬と言えば野犬だな。
犬っぽいけど、そもそも犬でもないのか?
そういえばロリ女が魔術を放つ前、遠ざかっていくような音や、鳥の鳴き声がしなかったりと動物が危険を察知して逃げていった節があったな。
こいつはここまで逃げてきた奴か? それともこの辺が元々縄張りなのか?
思い返せば今まで動物を全く見なかった。
リューミナがきたことで、森の生き物は化け物が来たと本能的に察知して身を隠していたのかもな。
まあ、今更どうでもいいか。
黒い犬は周囲を窺っている。さすがに近くになにかいるような気はしているらしい。
俺は『隠密』、『気配遮断』、『魔力遮断』を使っている。
視界に俺は映らない。音もない。魔力も感知できない。
匂いも『気配遮断』の効果で人では気付けないレベルまで薄れているはず。
この状態の俺に気付くには、『生命感知』を使うしかない。
あれは生きているものに反応する。さすがに死人にはなれないからな。
しかし今、別の弱点を発見した。
犬の嗅覚恐るべしだな。極々僅かな俺の匂いに反応するとは。
つまり、『嗅覚』でもなにかいるってことには気付けるのか。
勉強になったよ、デカ犬。
さて、どうするかなこいつ。
そろそろ火を起こしたいし、陣取られても邪魔なんだよな。
ヤるか? こいつが俺の晩飯か? でも犬食うのは抵抗あるなぁ。
現状、技能は滞りなく使えている。
動きも思った通りに動けることが、ロリ女のおかげでよく分かった。
戦うための力はある。
『アイアンブラッド』で培ったものがこちらでも活きた。
目の前の犬が俺に気付けないなら、恐らく一撃で仕留められるはずだ。
背に腹は代えられないか。美味いかはわからんが俺のために肉となれ!
すると黒い犬は突然耳を立て、どこかに勢いよく走っていった。
一瞬俺の殺気にでも気付いたのかと思ったが、そうではなかったらしい。
どこからか、悲鳴が聞こえた。
技能を使うまでもない。
聞きなれない動物の声、人の声、そしてさっきの犬と思わしき声が交差しているのが聞こえる。
近くで誰か襲われているのか?
さっきの犬が走っていった方角へ走ってみると、そう遠くではなかった。
森の切れ目が見えてくる。道だな。さっき地図で確認できた道だろう。
それになんか明るっ!?
目が眩み、痛みが走る。忘れてた。
やめろ、『暗視』は明るいところ駄目なんだよ!
そうかぁ、こっちだと目に痛みまで走るのか。そうかそうか……。
『暗視』を解除して、改めて見直す。
ランタンのような灯りと、幌を取り付けた馬車……いや、なんだあの生き物は。
でかい山羊? 山羊車? まあ、それが先ほどの黒い犬の群れに襲われている。
……普通、日が落ちた時間帯に車で移動するものなのか?
しかも、こんな鬱蒼とした森の道だ。舗装もろくにされていない。
雑草が目立つあたり、人通り自体が少なそうだ。
滅多に使われない道なのでは?
あの犬を見るに、森はモンスターみたいな生き物の生息地なのだろう。
そんな道を、この暗くなる時間に通るのか?
自殺行為だろう。だがそれでもこの時間に強行するってことは?
……どう考えても普通じゃない。絶対に厄介ごとを抱えている。
あの山羊車、関わらん方がよさそうだな。
黒犬は全部で五匹だが、でかいだけあってそう簡単に追い払うことが出来ないようだ。
山羊車の護衛は三人。
でかい山羊も車に繋がれてるとはいえ、食われまいと角を振りかざし、威嚇して犬を近づかせない。
護衛らしい男が剣を振り回して追い払おうとするが、一匹の黒い犬に首を噛まれ、あっさりと絶命する。
そのまま太い牙を食い込ませた犬が頭を振ると、嫌な音と共に男の首を食い千切った。
胸から下だけの体がそのまま力なく宙を舞い、地面に転がった。
「ひいいいい! 助けてくれぇ!」
「なんとかしてよ!」
「おかあさぁん!」
山羊車の中で複数の声がする。
幌が取り付けられているからなにが入っているかと思っていたが……。
どうやら村民か町民を乗せたものらしい。
護衛らしい男はまだ二人いるが、死体を貪る黒い犬どもに怯えているようだ。
犬をどうにかしようとするが、一睨みされるだけで竦み、まったく攻められないようだ。
役に立たんな。これは駄目だ。あの山羊車は終わりだな。
「こ、このぉ!」
護衛の一人が勇気を出した。
剣を振り上げて犬に挑むが、黒犬は散開してそれを難なく避ける。
そして一匹が前足を突き出し、鋭い爪でその護衛を切り裂いた。
皮膚には届かなかったようだが、皮鎧が剥げる。下の服まで切り裂かれたようだ。
すると、その男と思っていた人物はすぐに胸元を抑えた。
思わず目を奪われた。確かに見えたぞ。
今、男にはない立派なものが確かに見えた。
「く、くそ……。鎧が……」
胸を片手で隠すように抑える剣士。
あの人は女性だ。暗いからよく見えなくて、背格好から男だと思っていたが、女だった。
俺は金と女には優しい紳士だからな。
助けるつもりは全くなかったが、ここで動かないのは目覚めが悪くなりそうだ。
……技能は問題ない。
立ち回りも、『アイアンブラッド』と同じ動きが出来る。
本当にやれるのか? 勝てるのか?
初めての、向かい合っての殺し合いだ。
心が震える。不安が沸き上がる。
いや、やるんだ。俺はやれる。俺はやれる。俺はやれる!
この程度を乗り越えられなきゃ、この先やっていけねぇ!
『隠密』、『気配遮断』、『魔力遮断』を解除。
犬共が俺に気付く。彼女から上手く注意を逸らせたな。
注意を引けたと判断した俺は、『疾走』を使用して犬の横に飛び出した。
一瞬で間合いを詰めた俺に対し、不意を突かれた犬はまったく反応出来ない。
俺は片手剣を抜き放ち、その首を両断した。
犬の首が道を転がっていく。
切れ味が良い武器、というのは良いものだ。
骨ごと抵抗なく切れる。
手に感触が残りにくいのも素晴らしい。
護衛の女性も含め、襲われていた側がそこでやっと俺に気が付いた。鈍いな。
唖然としているが、敵を前に呆けるとは戦い慣れていない奴らだ。
犬共は俺が一番厄介だと瞬時に判断したらしい。
山羊車から距離を取った俺に着いてきた。
護衛どもより、こいつらのほうがよっぽど戦い慣れしている。
俺がいると食事が出来ない。
他はどうとでもなるから俺を先にやろうって判断したんだろう。
だが、相手の力量を図るのは苦手らしいなあ?
山羊車の明かりのおかげで視界はさほど問題ない。
気付けば汗が流れている。心音も高鳴ってきた。
犬が一匹、飛び掛かってくる。
その後方で身を屈め、先行した奴に続こうとする二匹が見えた。
さらに別の一匹が、その間に俺の後方へ回るべく動いている。
飛び掛かる一匹は、敵の動きが数秒遅く見える『回避』で動きを見切って避けた。
そのまま前に出て、身を屈める二匹へ接近する。
先に右の一匹が動き、もう一匹は時間をずらして動き出す。
『疾走』で一気に加速する。
速さを利用して、右の犬へとっておきの一撃をすれ違いざまに入れた。
左の犬は突然加速した俺の動きを見切れなかったのか、攻撃するのを止めて距離を取る。
そうして再び四匹と距離が空いた。
一匹だけ、後方で攻撃もせず俺の動きを見ていた奴がいたな。
なるほど、自ら危険に飛び込まない――こいつが群れのボスか?
四匹と睨み合うと、俺の剣を受けた一匹が力なく倒れた。
口からは泡を吹いている。
『毒』は問題なく効いたようだ。
『猛毒』は効果覿面だった。
即効性も高いみたいだな。これなら『アイアンブラッド』同様に使えそうだ。
他の犬共はなにが起きたか分かっていない。
しかし俺の危険性を感じ取ったのか、先ほどの勢いを失い、警戒して唸っている。
利口な奴らだ。飼い犬にでもしたらいいかもな。
まぁ、俺は調教者じゃないから懐きようがないんだが。
いや、ゲームとは違うしな。意外と懐くんじゃないか?
アホなことを考えていると、隙ありと見た一匹が襲い掛かってきた。
前足を突き出そうとしたので『速突』を犬の頭に叩き込んだ。
痛みを感じていないのか、まばたきをしている。
速度を重視した、ただの突き。
動作に無駄がなくなるほど速くなる、『短剣術』の一つだ。
犬のお手よりは、速かったみてぇだな?
眉間に深々と剣が突き刺さった黒犬は、やがて出しかけた前足を痙攣させながら脱力する。
俺の剣に犬の体重がかかった。
剣を抜き、血を払う。対峙してるのは残り二匹だ。
殺されていく仲間を見て、犬共は戦意を削がれたらしい。
唸るものの、姿勢を低くしながら後退り始めた。
だがプライドもあるのだろう。
リーダーと思わしき後方にいた黒犬が、自らを奮い立たせるように吠えた。
そしてジグザグに走りながら距離を詰めてくる。
自分の速さを理解した良い動きだが、やはり獣だな。
俺に挑んだ時点で、テメーの程度はたかが知れてんだよ。
『回避』。
噛みつこうと飛び掛かってきた犬が、数秒間コマ送りのように遅く見える。
横に避けつつ、俺は剣を振り上げた。
わざわざ自分から首を伸ばしてくれてありがとう。
剣を振り下ろすと、そのまま犬の首と胴体が分かれた。
勢いのまま、首と体が山羊車のほうに転がっていく。
残った黒犬は、怯えたような声を上げながら、ものすごい速さで逃げていった。
あいつらが一番利口だな。
勝てない相手を前にしたら、逃げるに限る。
それが一番だ。俺が追う気なくてよかったな。
『生命感知』を使ってみる。
鼓動音はするが、山羊車周りだけだな。森に他の生き物はいない。
それぞれ技能を停止する。
疲れたわけではないのだが、大きく息を吐いた。
体に緊張が残っている。手が若干震えるのを、握って誤魔化した。
やれる。やれるぞ。俺は、ここでも戦える。
余裕綽々の態度をとれ。朗らかに笑って見せろ。
戦い慣れた剣士を装え。自分の底を相手に見せるな。
剣を鞘に納めながら山羊車の方へ行くと、護衛が二人、頭を下げてきた。
「ど、どこの誰とは存じませんが、ありがとうございます!」
「おかげで助かりました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
「え? は、はい?」
いや、良いものを見せてもらったからな。
相手は意味分らんだろうから困った顔をしているが。
男の方はどうでもいいが、女剣士の子とはお近づきになりたい。
山羊車の中からも何人かの乗客が降りてきた。
「中から見てたよ。ありがとう!」
「助かりました……」
「死ぬかと思ったよ」
乗客の身なりは、男女ともに村で見た連中と似たような格好だ。
丈長の衣服を着ている。
「いえ、偶然通りがかっただけですから。
皆さんは、こんな時間にどちらへ向かっていたのです?
もう日が落ちましたし、夜にこの辺を進むのは危険なのでは……」
紳士的に、懇切丁寧な口調を心掛けたつもりだった。
しかし、乗客はおろか、護衛の剣士もしどろもどろに言葉を濁している。
やはり訳ありらしい。
人目を避けるような行動だし、よっぽど話しにくい内容だろう。
身なりから、王国兵とはまったく関わりなさそうだが……。
待てよ?
「王国の――」
乗客らの体が一斉に跳ねた。
どいつもこいつも視線を下げ、緊張した面持ちで口を閉ざしている。
適当にカマかけたつもりだったが、当たりか?
もしかして、こいつら……。
「つかぬ事をお聞きしても?」
「な、なんでしょうか?」
「あなた方、どこかへ向かっているのでしょう?
私も同行していいですかね?」
「し、しかし、我々は……」
「この国から出ようとしている?」
乗客達の言葉が詰まる。どうやら間違いなさそうだな。
「ご安心ください。私もこの国から出たいのですよ」
「へ……? ほ、本当ですか?」
「さもなければ、道ならぬ森を抜けてこんなところまで来ませんよ」
「そ、それは、確かに……」
「理由は皆さん同様に申し上げられませんが、ここに留まるとまずい立場でしてね」
山羊車の乗客達が顔を見合わせている。
信用してもいいのか、という迷いがあるようだ。
そんな中、護衛の女性剣士が一歩前に出てきた。
「わ、私達も訳あって、ディザニアを出て海向こうの国に行こうとしています。
もし、もしも王国兵に気付かれた場合、私達は死罪でしょう。
それでも、あなたは一緒に来てくださいますか?」
「もちろんです」
「そ、即答ですか? 本当にいいんですね?」
「他国に渡れるなら、私にとっても望ましいことですので」
できる限りの笑顔を振りまく。印象は大事だからな。
「そ、そうですか! ならよろしくお願いします!
実のところ、この道は魔物が多くて困っていました。
あなたほどの方が一緒に来てくれるなら心強いです!」
女性剣士は嬉しそうに笑ってくれた。美人は笑うと絵になるなあ。
赤茶色の髪で短髪。目も赤茶色だ。
背はやや高めで、体つきはややがっしりしている。
胸部も中々……。いやでかい。
肌は白すぎず黒すぎず。健康的に焼けた肌だ。
俺の世界だと運動部系美人といったところか。
乗客達も、ひとまず信用することにしてくれたのか歓迎してくれた。
命を助けられたのに、それを無下にするような畜生精神ではなかったようだ。
話がまとまったところで、乗客の話をさらに聞き込む。
彼らは夜のうちに森を抜け、夜明けにとある場所に着くよう移動しているそうだ。
急いでいるらしいな。
外に出た乗客が車の中に戻り始め、護衛をしていた男が大山羊を宥める。
すぐに出立するようだ。
俺も山羊車に乗り込もうとしたが、ふとあの女性剣士の姿が見えないことに気が付いた。
女性剣士は死んだ護衛の皮鎧を引っぺがし、それと壊れた皮鎧を交換していた。
まあ、乳房をだしたままってわけにはいかんだろうしな。
血まみれの皮鎧でもないよりマシだ。
「……ごめんな。埋めてやれなくて」
額に拳を当て、死んだ護衛に対して祈るような仕草を取る。
それがこちらでいう合唱か。
「フラン! 急げ!」
「今行くよ! あっ、ごめんね旅人さん。お待たせして」
「いえ、お構いなく。皆さんのご厄介になります」
「そういえば、あなたのお名前はなんと?」
「俺は――ダリオだ」
「ダリオさん、ですか? 私はフランシス。フランと呼んでください。
これからよろしくお願いしますね」
偽名を名乗ることも考えたが、ばれた時には俺の信用に関わる。
それに、こいつらは王国兵と会うことを避けているようだ。
ディザニアから秘密裏に出ようとしていることから、正規のルートを使おうとはしていない。
名前を明かしても問題はないだろう。
……まぁ、物事に絶対はない。
王国兵と遭遇した時、俺の名前を言おうものなら――。
まあ、これは物騒な話だ。そんな物騒なことはないことを願いたいね。
他国に行こうとする連中と出会うとは、ちょっと出来過ぎだが……。
正直この国の階級制度を考えるに、こういう連中がいてもおかしくはない。
巡り合わせってのはあるのかもしれないな。
俺の死が偽装だとばれる前に、ディザニアから別の国へ。
どうやって元の世界に帰るかは、そっちで考えよう。




