始まりの凱歌
休憩なしで駆け続ける馬に着いていくと、日が傾き始めた頃に村が見えた。
森を抜け、やがて森と森の切れ目のような場所にある村へと到着する。
兵士を見るや、村人達は作業を止めて平服した。
さすがに走りっぱなしだと疲れるな。
『疾走』を停止。『魔力感知』を使用。
ここもさっきの村と似たようなものだ。
馬を降りた兵士達が村中に広がっていく。
色濃い魔力は感じられない。
『嗅覚』を使用。
残り香を辿るが、この村にはそれらしい匂いは感じられない。
リューミナはここを通っていないのか?
「パーシヴァル!」
側に控えていたパーシヴァルが膝を折る。
「はっ、ここに!」
「さっきいた村から、別の村か町に繋がる場所は?」
「いえ、ございません。森の道から先には、この村しか存在しません」
「道と村を避け、森を移動したなら?」
「それならば、この村以外にも選択肢が。
東に抜ければ村が一つございます。また、森を抜けてこの村を迂回したならば、北のカッソスに向かうことも可能でしょう」
「東には別の部隊が行ってたな? じゃあ俺達はカッソスに向かおう。少し休憩してからな」
「ありがたき幸せ! 皆、ダリオ様より休息のお許しが出た!
体を休めよ! 休息を取った後、カッソスへ向かう!」
側にいた兵士達から感謝の言葉が飛び交う。
まあ、馬はともかく乗ってる方は疲れるだろうしな。
それぞれ技能を停止した。
発動しっぱなしは疲れる。
兵士達が腰を下ろしてなお、村民達はずっと頭を下げたままだ。
頭を上げろと言いたいところだが、余計な慈悲はかけない。
ここでの生き方がこうであるなら、優しさはこいつらのためにならないからな。
ここで俺がこいつらに頭を上げろと言えば、兵士達は気分を害するだろう。
なぜ誇りある我らが、村民と同じ目線にならねばならないのか。
こいつらはそう考える。格差が根付いたこの国で、人は同列ではないのだから。
余計な慈悲を与えても、俺に対して『慈愛に満ちた勇者像』を持つのは村民だけだ。
兵士達は俺を称えるような言葉を吐いても、内心では唾を吐くに違いない。
郷に入っては郷に従え、なんて良く言ったものだ。
心証は良いに越したことはないからな。余計なことはするべきじゃあない。
ここで兵士に反発されても困る。
さて、今後の方針だが。
……リューミナと遭遇出来れば、上手くすれば俺の自由が獲得できる。
奴は地図をもらったようだし、地理は把握しているはずだ。
前の村に留まっていたのも、周辺地理の確認のためと考えられる。
どこかへ向かっているのか? 向かっているとしたらどこへ?
この村を避けたところを見るに、追手がくるのは想定していたようだ。
それも追手が『探知』持ちであることを想定した動きだな。
痕跡を残して先に行ったことを匂わせつつ、実際には方向を変えて逃げる。
現実の止め足のような技だな。
「パーシヴァル、地図はあるか?」
「はい、こちらに」
パーシヴァルが懐から布を取り出した。
広げると、真っ白だった布に模様が浮き出てくる。
村周辺の地図だ。森や山岳、平地なども分かる優れもの。
「余ってる地図があればくれないか?
少しこの辺の地理を知りたいんだ。
リューミナが隠れられそうな場所に目星をつけておきたい。」
「でしたら、このままこの魔導地図をお持ちください。
私は予備を持っておりますので!」
パーシヴァルはにこやかに地図を譲ってくれた。
信用してくれている、のだろうか。内心疑われるとこの先やりにくいからな。
「この地図はどういう仕組みなんだ? さっき、白い布に地形が浮かんだような気がしたが」
「この布自体に術式が縫い込まれています。
『幻影』、『響音』、『魔力感知』を応用したもので、魔素の振動、地形の反響を元に自動で周囲の地形を映してくれる優れものなのです。
もちろん、普通の地図もありますよ。
村民からもらったなら、リューミナ様がもらったのはただの地図でしょうね」
「これは高価なものなのか?」
「一般に王都でしか流通していません。村民が買えるような金額ではありませんね」
金額。その単語に知識が反応した。
この国の通貨単位はクルス。
季節ごとに国へ支払う税がある。
一人に付き、王都民は200、町民は150、村民は100クルスだ。
一季節は120日ほど。
村民は農作物を作って稼いでいる。30日ほどで収穫できる芋のような植物が主な収入源。
これは主食にもなってるようだ。成長は早いが多くは採れない。
芋は2クルス前後で売れるらしい。50個売れば税は払えるってことか。
もちろん、それ以外も育てて売るようだ。
ただ成長の度合いが変わるので、収穫毎に収入は変わる。
一般に、一度の収穫毎に200~500クルスほどの収入。安定しないな。
王都民は……仕事によるが平均が1000クルス。村民とは倍近い差だ。
村民は30日ごとに最低200……。家族四人として、納める税は400クルス。
つまり30日に100クルスは貯めないといけない。
ムラがある稼ぎだが、それで生活していけるのか?
「その魔術地図は一ついくらするんだ」
「大体300クルスですね。ただの地図なら、20クルス程度もあれば買えますよ」
なるほど、村民には手が出しにくい。
芋の値段を考えると、最低でも5クルス前後が一食分だろう。
現代の感性だと、三食として15クルス。
収穫が30日とするなら450クルスかかる計算だ。
どう考えても村民が三食食べるのは無理だな。基本、一食。贅沢して二食だろう。
そんな生活してるのに、余計なものなんて買ってる余裕はない。
「そういうものなんだな。大事に使わせてもらう。
ところで、兵士達は『生命感知』や『魔力感知』をどの程度使える?」
「そうですね。出来ても自身の周囲5メートルといったところでしょうか。方向を絞ればもう少し距離を伸ばせられるとは思いますが」
狭いな。『アイアンブラッド』でその程度しか広げられないと普通に死ぬ。
最低でもその倍はないとな。
兵士の技量は知れた。
当然ながら探索が中心の生活ではないから、さすがに探る能力には疎いようだ。
集中して狭い範囲しか探れないなら、戦闘になった時に使ってる余裕はないだろうな。
……待てよ。使ってる、余裕――?
それはつまり、使用することに頭が回らない。
気付かない、と言い換えてもいい。
一つの疑問。
リューミナはこの村に残り香一つ残していなかった。
だが前の村では、間違いなくこちらへ向かった痕跡を残していた。
ロリ女も人間だ。
逃げるときは全力で技能を使っただろう。
だからこそ、急いだ結果として痕跡を隠す余裕はなかったと思う。
しかし、だ。奴は『アイアンブラッド』のプレイヤーだぞ?
些細なことにも気を配らなければいけないゲームのプレイヤーが、慌てていたとしても約一日近くも時間があって、そのことに気付かないことがあるだろうか?
王との問答から考えるに、奴は傲慢だが強かで頭が回る。
自分のミスをやってしまったものは仕方ない、と割り切るだろうか。
いいや、この村での痕跡がないことが証明だ。奴は前の村で自分がいた跡を残したことに気付いている。
だが気付いたからといって慌てふためく性分じゃない。
必ずなにかしら手を打ってくる。さて、痕跡に気付かれたことを前提に、なにをするつもりだ?
自分に置き換えて考えろ。
敵が必死に自分を探しにきたのなら?
間違いなく急いで来るに違いない。
兵士が強化人造体であることを知らなくても、兵士は王に服従する。
王に厳命されれば急ぐだろう。それこそ犬馬の労をいとわずに。
狙い目はどこか。絶対に足を止める場所がある。
村だ。人のいるところでは、聞き込むためにも足を止めるだろう。
地図を得たあいつは、近隣だけでもどこになにがあるのか分かるはずだ。
痕跡を辿って、この村まで来たのなら。
地図と自分の体感から、距離を考えられるはず。
決して王都からここまでは近くない距離だ。
騎兵とはいえ、息継ぎなしなら相当体力が削られる。
この世界における馬の能力的に、ロリ女の予想を超えた速さで到着はしたろうが……疲労が溜まっているのは想定通りだろう。
ああ、まずいな。
攻めるなら、ここだ。
ましてや完全にくつろぎ始めたなら――!
『生命感知』を発動。範囲拡大。
心臓の鼓動が全方位から聞こえる。さらに『聞き耳』を使用。
音に神経を尖らせる。村の外、さらに向こう。
鳥の声がしない。獣が離れていく音がする。なにかが起きている? いや、起こしてる奴がいる!
東の彼方に、一つの心音が聞こえた。
同時に使っていた技能を解除。『疾走』を使用!
「全員、退避!!!」
大声で叫ぶと、兵士達が慌てて立ち上がるが、どうすればいいのか分からないのか右往左往する。
俺はというと、思いっきり村の外へ駆け出した。
刹那、空が光る。魔法陣が村の空へ展開し、そこから火炎弾の雨が降り注いだ。
『炎術』! これはその中の『地を焼く怒りの涙』!
あのロリ女! 躊躇がなさすぎるだろ!?
というかこの距離でこっちに気付いたってことは、あいつ『探知』持ちじゃねぇか! 隠してやがったな!
いや文句言ってる場合じゃない。
さすがに強化されてるだけあって、異常に範囲が広い! 能力の『防御』から、『障壁』を――!
いや、違う! これこそ俺が望んだ展開だ!
荒れ狂う火炎弾の雨の中、監視役であろうパーシヴァルも慌てている。俺から視線を外している今なら!
『隠密』、『気配遮断』、『魔力遮断』を使用。
さらに火炎弾降り注ぐ中、俺は『回避』を使用。
自分に向けて落ちてきた火炎弾が、数秒間だけ遅く感じる。
その超感覚が働いている間に動き、かわしていく。
今、俺を視認し、あまつさえ位置を確認できる奴はいない!
兵士や村民、村そのものが燃やし尽くされていく様を眺めながら、俺は一人の兵士に目をつけた。
背格好が似ている。性別も男だ。
あいつだ。外套を脱いで片手に持っておく。
その兵士が惑っている間に、俺はその背後に近付いた。
……ゲームじゃないんだぞ。本当にやるのか?
いや、やるしかない。ここしかない。さもないと、俺は必ず後悔する!
近くに火炎弾が落ち、煙が広がる。
静かに、迅速に。
煙が晴れる前に俺は一気に襲いかかった。
ダガーを抜き去り、兵士の首を掻っ切る。
僅かに手に残る、切り裂く感覚。
もがきもせずに絶命した兵士を見て、素直に思う。
こんなにあっさりと人は死ぬのか。殺せてしまうのか。
若干の気持ち悪さを覚える。独特な感覚だ。
だが進むしかない。やるしかねぇんだよ。悪く思うな。
倒れそうな兵士の体を支える。
そうして彼に俺の外套を着させ、さらにダガーを鞘ごとプレゼントしてあげた。
爆煙が晴れ、目撃者がいたとすれば。
きっとこいつをダリオと見間違うだろう。
当然よく見れば違うことなどすぐわかるだろうが、この混乱の中だ。
まずもって違うと断言できる目撃者などいない。
余程目の良い奴がいたとしてもだ。
この場で他に該当する人間がいなくなれば、こいつがダリオだったのだろうと結論付けるしかない。
名前も知らない兵士君。
今日から君は、救国の英雄になり損ねたダリオ君だ。
ダリオは突然の奇襲を受け、焼死。
哀れな強化人造体は、同じ人造体に討たれて果てた。
死ぬには良い日があるらしい。
そう簡単に死ねない俺達だが、同士討ちなら話が違う。
俺の死を偽装するには良い機会だ。
ああ、兵士君。名誉の戦死だろう?
外套とダガー? ああ、それらはやるよ。冥土の土産って奴さ。
なあに気にすんな。
どうせなんの能力もついてないからさ。
とはいえ、ダガーはそれなりの業物だ。大事にしてくれよ?
煙が晴れた。俺は兵士の体を降り注いでくる火炎弾に向けて押し出し、全力でその場を離脱する。
炎の雨が落ちる度に、誰かの悲鳴が消えていく。
煙る視界と焼け焦げた死の臭いが感覚器を刺した。
吐き気を催すが、そんな悠長なことをしていれば焼き肉になってしまう。
背後で爆発音が轟くのを聞きながら森に逃げ込み、どこまでもその先へと駆け抜けた。
森を走って数分もしない内に、背後で響いていた爆音が消えさった。
どうやら殲滅は終わったようだ。あるいは俺がいなくなったことに気付いて攻撃を止めたのか。
足を止めて高い木に登り、『鷹の目』で離れた村を注視する。
黒煙が立ち上っているため見辛いものの、村はもはや形を成していない。
燃えカスしかないな。村があったなんて思えない有り様だ。
リューミナめ、派手にやってくれた。躊躇いのなさには驚いたが、これでいい。よくやってくれた。
俺の自由のために働いてくれて感謝するよ。
誉めてやりたいところだが、奴に会って余計な情報を与える必要はない。
身代わりになった兵士は消し炭だろうが、僅かでも残骸は残る。
俺によく背格好、そして恐らく燃え尽きないであろう俺のダガー。
それなりに良いものだ。さすがに溶解してはないと思うが、あの火炎弾の威力だとどうだろうな。
残っていれば唯一の証拠として残る。
きっとパーシヴァル、いや生き残った兵士がいれば、こう思うだろう。
救国の英雄になるはずだったダリオ様は、魔女リューミナによって殺された、と。
ただまぁ、これはドラマじゃない。
賢しい連中からしたら疑いの余地は残るだろう。
だがしかし、確証がない以上は現実を受け入れるしかない。
なにせ、強化人造体を殺したのが同じ強化人造体だから。
殺しきれる相手に殺された。そして俺の装備していたダガーが残っている。
連中だったら『アイアンブラッド』において自分の装備品を落としていく重大さは理解しているはず。
能力がついていなくとも、あのダガーは本当にレアものだ。
アイテムを持ち帰るだけで死ぬ思いをするのだから、ここで捨てるはずはない、と先入観を持ってると思うが。
まんまと騙されてくれりゃあ楽だがな。
実際ダガーを失うのは痛い。
だが俺にとって大事なのは片手剣のほうだからな。
ダガーだけで済むなら安いものだ。
しかし俺が本当に欲しかったものが、こんなに上手いこと手に入るなんてな。
「……ふ」
笑いを押し殺す。叫びたくなる。
だが駄目だ。声を聞かれでもしたら、この完璧な流れが台無しじゃないか。
――人を殺した。本物の人を。俺が生き残るために。俺のための犠牲に。
歓喜と罪悪が入り交じる。
手で顔を覆い隠しながら、静かに一人、気味悪く笑い続けた。
ああ! 手に入れた! 俺は――自由だ!!




