46 ジャスパー
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
ジャスパー視点です。
大陸からの使者は六人だった。
国王の謁見の間で挨拶をした。王は王座に座り、俺はその隣に立つ。
アゲートたちは王座より一段下に並び使者たちを迎えた。
使者六人のうち二人が外交官だという。赤みを帯びた金髪の男は三十歳前後だろう。ウィルと名乗った。
もう一人の外交官は女性だった。名はエミリー。栗毛色のまっすぐな髪を腰まで伸ばしていた。
他の四人は紹介されなかったが男ふたりは護衛だろう。ふたりとも外交官と同じ服を着ていたが筋肉質な体型は隠しきれていなかった。
後のふたりは女性だがどちらも十代だろう。ウィルの娘かもしれない。
ひとりは腰までの長い黒髪、もう一人は肩に付く程度の茶色の髪だった。
到着したその日はその日はゆっくり休んでもらうことにして、会議は翌日となる。
彼らの接待はアゲートを含めた五人の外交班で対応してもらうことになっている。
クルジット伯爵が抜けた為人数は減ったが、代わりにアゲートが張り切っていた。ウィルとは親子ほどの年の差だが、和やかに話しかけていた。
「こちらはとても暖かい気候ですね」
「今の季節は暖かいのです。少し前は寒かったですし、これからもっと暑くなります」
「我々は良い時期に来たようですね」
ウィルは別の言語を使っているとは思えないほど滑らかな発音だった。
前回この国に着た時とは対応が大分違うのに、戸惑う様子はない。
それだけでも向こうの方が余裕がある気がする。こちらはやや浮足立っている傾向があり、あまり良い状態ではない。
隣国と同盟を結ぶときに交渉に参加したフェナソフ侯爵がアゲートの補佐をしているが、王子としての力量も測られるところだろう。
アゲートはちらりとこちらを見たが、俺には何も言わず使者を客室へと案内していった。
アゲートとはルビーとの件で言い合って以来、ぎくしゃくした関係になってしまっている。
ルビーに関しては間違った対応をしていない自信があるが……
クルジット伯爵家は親子共々、今は謹慎ということになっている。
特に問題を起こさなければ使者たちが帰った後に謹慎は解けるだろう。その時ルビーがどうするか。
大陸との外交の関係で滞っていることはたくさんある。
メロー……
彼女は俺とルビーの関係を誤解している様子だ。
しっかり話して、婚約破棄を阻止したい。
そのためにはこの外交官との会談を問題なく終わらせる必要があった。
「大丈夫、ですか?」
考え事をしてたら声をかけられた。
使者の中の外交官でも護衛でもない、黒髪の女性だ。ウィルほど流暢な言葉ではない。
謁見の間を出ようとしたのに、わざわざ戻って来たらしい。
「失礼、考え事をしていました」
お気になさらず、という意味を込めて入口付近で待つ使者たちの方へ誘導する。
「わたしたち、仲良くしたいと、思っています」
はにかんだ笑みを浮かべてそう言うと、他の使者と共に去って行った。
怖い顔でもしていただろうか。明日の会談では余裕の笑みを浮かべられるようにしようと心に決めた。
翌日。
俺が会談に出席すると言ってもアゲートたちが話し合っているのを見守る形での出席だ。
城内もやや緊張感のある雰囲気の中、会議室に向かうために中庭を通ろうと足を踏み入れた時だった。
中庭の木々に隠れる様に、アゲートとルビーが話しているのを見つけてしまった。
中庭は会議室へ行く近道だ。アゲートがいるのは別におかしくはない。ただルビーは謹慎中のはずだった。
「クルジット嬢、君はここには来れないはずだが」
近付いて声をかける。
「こんにちはジャスパー様! すみません、大陸の人のことが心配で」
「兄上、彼女はつい最近まで僕の補佐をしていたのです。心配で当たり前でしょう。何の恨みがあるのですか?」
今までと変わらずにこにこと話しかけてくるルビーとは対照的に、アゲートの口調はきつい。
「謹慎は俺一人で決めたことではない。よく思わない者もいるだろう」
「城内なら問題ないでしょう。帰りは僕が送っていきます」
ルビーを後ろにかばい、俺を睨みつける。彼女を守る騎士にでもなったつもりだろうか。
「アゲート、そういう問題じゃない」
「兄上はルビーに厳しすぎます。思いやりというものがないのですか? こんなか弱い娘にする態度ではないです。また襲われたら大変だ」
「襲われた?」
「何かお困りですか?」
話に割り込んできたのはウィルだった。
「失礼しました」
俺はルビーが前に出ないようにさっとウィルに近付く。
ウィルの後ろにいたエイミーがルビーに気付いたようだが何も言わなかった。
「会談の会場までご案内します」
まさかこのふたりまで俺とアゲートが一人の女性を取り合っていると思われては敵わない。案内を名乗り出てさっさと中庭を離れる。
ちらりと振り返るとアゲートが少し離れてついて来ていた。
ルビーは中庭でこちらを見ていたが、近付いてくることはなかった。
会談でウィルが提示したのは友好国になることだった。
「同盟とまでは言いません。まず貿易。輸入出をしたいと思っています。こちらからは石や金属を」
そう言ってサンプルとして持って来た鉱石や鉱質を並べる。
見たことがあるものもあればないものもある。ひとつひとつ丁寧に説明される。
「そして我々はそちらの国から、輸入したいものがあります。旅人が手に入れてこちらに渡ってきたものです」
そう言って出してきたのは、あるワイン瓶だった、が……
「…………」
アゲートを始め全員沈黙してしまう。
眉を寄せたウィルに俺が説明する。
「大変申し訳ないが、そのワインはわが国でも非常に、非常に希少なワインのため、輸出は不可能です」
会談の最中でなければ頭を抱えたいほどだった。
雀の涙、というワインだ。
芳醇な香りと果実味豊かで上品な口当たりなのが特徴だ。俺も飲んだことがあるが、他のワインなど足元にも及ばないほどの味で、思い出すだけで喉が鳴る。飲んだことのある者なら誰もがもう一度飲みたいと願うほど極上だ。
美食家の父はこのワインを愛し、毎回一本で良いから王家に収める様にと交渉したほどだった。
このワインはその名の通り、非常に、非常に生産量が少ない。
原料の質が悪いとワインにしない、という生産者のこだわりがあり、毎年作られるものではない為、幻と言われるほどだ。
ワインのラベルに書かれている紋章は、雀。
コントルシー領のみで作られるワインだ。他の領主なら毎年作る様に生産者に言いつけるだろうが、あの領主はそんなことはしない。
「そうですか。私も飲んだのですが、これほどのワインは今までどこにもなかった。このワインを作れるほどの土壌をお持ちというのは正直羨ましい限りです」
残念です、と言うものの、ウィルは笑顔のままだった。
「ワインは無理でも、我々の国より温暖で作物の生産量は多いでしょう。じっくりと話し合って、輸入できるものは輸入したいと思っています」
困惑気味のアゲートたちと笑みを浮かべるウィル。
まずい雰囲気だ。
俺は休憩を申し出た。




