40 襲われる
誤字報告ありがとうございました。
この物語は皆様の優しさに支えられております。
壊されたドアから顔をのぞかせたのは顔を半分布で覆った男だった。
マリアは私を庇うようにしてクッションの下からナイフを取り出して構えた。
「!!」
私はナイフに息を飲む。
怖い……!
マリアは私を守るためにナイフを取り出した。それは分かっている。
それでも私は自分が殺された時のことがフラッシュバックして体が勝手に震え出した。
身勝手な震えだ。これから逃げなければいけない状況だと理解しているのに、体が動かなくなる。
マリアは馬車に男が入ってこないように急所を狙ってナイフを振っているが躱されてしまう。
隙を見て逃げなければ。マリアは剣が使えるわけじゃない。でも足に力が入らない。どうしよう。護衛は気付いてくれない? いえ、彼らも戦っているんだわ。痛い。お腹が痛い。御者は無事かしら。大通りから外れたとはいえ王都の中だ。誰かがいるはず。痛い。刺されたお腹が痛い。いえ、間違えては駄目、刺されたのは前世で今じゃない、でも痛いなぜ? 呼吸が出来なくなってくる、苦しい、くるしい、マリアが男に馬車から降ろされるのが見えた、こちらを見ようとして突き飛ばされている助けを逃げなきゃ私は痛いでも助けを呼んで来なきゃ走ってどこにそうだここはどこなの公爵家に向かう道のさっき見た時はどこだったのか思い出せいま
ぐらりと視界が揺れた瞬間、無理やり馬車から降ろされた。掴まれた腕が痛い。
腕とお腹が痛い。体の震えが止まらない。立ち上がれない私を男が担ぎ上げ荷物の様に馬に雑に乗せられる。怪我をした左腕をぶつけて痛い。
動けずにいると誰かが同じ馬に跨り、馬が走り出す。マリアの声が聞こえた気がした。
周りに同じように馬に乗っている仲間がいるようだった。馬はかなりのスピードで走っている。
私は体を前に折り馬の体を挟むように乗せられている。視界は馬の体だけだ。
同乗の男は一応私が落馬しないように腰のあたりを押さえてくれている。
首をひねっても地面しか見えない。途中でボンネットが落ち、ケープが落ち、腕を吊っていた布も落ち、ばんざいをしている形になる。
それに気付いた男が仲間に何かを言い、馬のスピードが落ちた。
馬は止まらないが腕が馬に当たる力が弱くなり、私はやっと呼吸が出来るようになる。まだ荒い息をどうにか落ち着けようと深呼吸を繰り返した。
馬しか見えないおかげでナイフを見た時の震えは収まりつつあった。
首を動かして可能な限り見える景色を見る。
地面は土だ。王都は貴族街は石畳、平民街は土か砂利道となっているので平民街だろう。
左右を見ると建物はなく木々の並ぶ道だ。人の気配はない。王都の外に行くにはこんな短時間では無理だ。震えてたから時間の感覚は当てにならないかもしれないけど……
多分、平民街のどこか……ね。
「おい、髪が黒いぞ」
「あぁ?」
「あの女は金髪だったじゃねぇか! 別の女だ」
「あぁ? 白いボンネットに茹でたワカメ色のドレスって言ってたじゃねぇか」
「白いボンネットにワカメ色のドレス、小柄で金髪の貴族の女って言ったんだぞ」
まさかの人違いだ!
それにこのドレス結構気に入っているのにワカメって……ちょっと傷付いたわ。
蹄の音は複数ある。
どうにかして、逃げることはできるだろうか。
人違いだから逃がしてくれるとか……あるかな……? 顔隠してたから見てないし。この人たちちゃんと用心深く名前を呼び合ってないのよね。
「おい、誰か来る! 走れ!」
ひとりの声にまた馬が走り出す。
護衛!? いえ、期待しては駄目よ。
さっきより落ち着いているので左腕を庇いながら首をひねって走る後方を見る。
視界が揺れてはっきり見えないけれど、確かに追ってくる影がある。馬、かしら? そこまではっきりとは分からない。
「追いつかれる急げ!」
「向こうが速すぎる!」
しばらくして何かが落下する大きな音がした。誰かが落馬した?
後方を見るとひとり落馬している様だった。それでも私を乗せた馬は止まらない。
叫び声と破裂音のようなものが繰り返される。何人かが落馬している様だ。
何が起こっているの? 助けが来た? 首を動かしても見える範囲は限られている。
すぐ近くで大きな落下音がして体を震わせた瞬間、後ろからすぐ横に並走する馬が現れた。
誰!? と思った瞬間、同乗していた男が悲鳴を上げて落馬した。
つられて落ちそうになったところを並走している人物が右肩を掴んで止めてくれた。
ちょっと痛いが落馬するよりはマシだ。
とりあえず助けが来たということにほっとした。
数秒で馬が止まる。馬の扱いに慣れている人なのね。
今の体勢では顔を見ることは出来ないし、自分で馬から降りるのはちょっと無理だ。
私は頭から落ちないように全身で馬にしがみつく。間抜けな格好だけれどどうしようもない。
「あ、あの、ありがとうございます」
誰だか分からないけれどまずお礼を言う。
並走していた人は馬から降りたけれど、すごく息切れしていてちょっと辛そう。申し訳ないわ。
「おーい!」
後方から声が聞こえた。見ると何人かが馬に乗ってやってくる。
あの黒いのはサルファーね。それしか分からないわ。
並走して助けてくれたのは誰なのかしら……うーん……
……ジャスパーが、まだ近くにいた、かしら……王家の馬なら上等の馬で足が速いだろうし。
「足の方から、下ろします。腕に気を付けて」
「!?」
い、今の、声!
ふわりと馬から降ろしてくれたのは。
マリウスだった。
汗だくで息切れしている。
「大丈夫、ですか? 怪我は…」
息切れの合間に訪ねてくる声に私は繰り返し細かく頷いた。
これは……ちょっと嬉しい次元を超えているのですけれど!!!!!!
隣で息を整えているマリウスを私は凝視することしかできなかった。
「大丈夫か、メロー!」
サルファーが追い付いて来た。
その後ろにいるのは護衛が三人。もうひとりの護衛とマリアはいなかった。
「メロー! 怪我はないか!?」
馬をサッと下りると私の手を取りダンスの様にくるりと回転させる。
「怪我はなさげだな。馬の毛まみれだが」
そう言って長い溜息を吐いた。態度はいつも通りだけれど、心配させてしまったらしい。
「サルファー、ありがとう」
「マリアが騎士に連絡してくれてるはずだ。ここで待機な」
「マリアは大丈夫なの?」
「擦り傷程度の怪我しかない」
よかった。
ほっとしたら腰が抜けそうになった。
マリウスとサルファーが慌てて両脇から私を支えてくれる。そのまま道の端の木陰に連れて行かれる。
私は木に寄りかかるようにして腰かけた。
サルファーが護衛に指示を出すのを聞きながら、私は目を閉じる。
さっきの言葉に出来ない感動を、噛み締める時間が欲しかった。
そういえばツイッターで、辺境伯を左遷させられた人だと思っている人がいると知り衝撃だったんですけど、この物語の辺境伯はちゃんと本来の(?)辺境伯で、サルファーは結構な権力を持ってます。
王太子の幼馴染だったり(王太子と遊べる立場)隣国の王子とタメ口でも誰も気にしてないし、公爵とも仲が良いし、公爵令嬢とお茶したり連れ出したりしても文句言われないし、と各所で権力を発揮しているつもりで書いてます。




