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38 スリ事件

 突然の理由なき臨時更新!

 マリウスはこちらに気付き、歩いてくる。


 マリアが素早く私の顔とスカートをハンカチで拭いてくれた。今は片手しか使えないし、その片手にはジュースを持っているのでとても助かる。

 スカートは刺繍糸が水を弾く素材だったようでシミにはならなかった。良かった。

 今の、マリウスに見られてなかったわよね……?


 マリウスはサルファーと私に丁寧に礼をして「こんにちは」と笑った。

 あああ久しぶりのマリウスだやっぱり好き!! ドキドキしてくるのが分かる。落ち着くのよ私。

 このマリウスに告白しようとしていたのよね……目の前にすると恥ずかしいわ。よく告白できると思っていたわね先週の私は。無理だわ。いえ、でも「好き!」と叫ぶくらいならできそうだわ。

 いえいえそれはちょっとマズイわよね。ここまで礼儀正しいマリウスに対して一言叫ぶとかありえないわ。でも印象には残るかも…いえいえ、良い印象で残るならまだしも変な印象で残りたくないわ。


 色々考えている間、サルファーとマリウスはにこやかに会話していた。

 ……いつの間にこんなに仲良くなったのかしら?


「今度は牛肉の美味い店に行こ……と、お前も何か飲むか? 買ってくるわ!」

 サルファーがそう言って小走りに行ってしまった。えええ!?

 護衛も慌ててサルファーの後を追う。

 少し離れている屋台で何かを注文している様だった。五分もせずに戻ってくるだろう。


 そして目の前にマリウスだ。

 サルファーが戻ってくるまでどうにか間を持たせなければ…!


「こ、コントルシー様、お久しぶりですわ」

 声が上擦りそう…!

「お久しぶりです、エメラルド様。体調はもうよろしいのですか?」

 マリウスの「エメラルド」の発音素敵ね。好きだわ。

「こうして出掛けられるくらいには回復しておりますわ。コントルシー様はどのようなご用事でこちらに?」

「教会に少し用がありまして、その帰りです」

「あら」


 思わず広場を見回してしまう。

 ルビーはいない。

 やっぱりゲームとは大分違う展開ね。


「先日はお約束したのに直前に反故にしてしまい申し訳ございませんでしたわ」

「いえ、体調が悪くなったのなら仕方がないですし、公爵様からもお詫びの品をいただいております。返って悪いくらいです」

「あら、お父様から?」

 知らないわよ!? 

 マリアを振り返るとすました顔をしている。知ってたのに教えてくれなかったのね。


「あの、以前父がコントルシー様に苦手なものを食べさせたとお聞きしたのですが、その、ちゃんとしたお品でしたの?」

 自分の父親に対してひどい言い方だけれど、あの父だ。あのドSの父だ。大量のベリーを送っていてもおかしくない。


「極上の白ワインをいただきまして、コントルシー家全員で味わわせていただきました」

 嬉しそうに笑った。嬉しいわ! 父に私もお礼を言いたいわ。

「それは良かったですわ!」

 私の声も弾んでしまう。


「それに以前、苦手なものを食べたというのも、無理強いされたわけではございませんのでご安心を」

「あら、どのようなものですの?」

「公爵様と賭けをしたのです」

 賭け? 父はともかくマリウスが賭けをするイメージがなかったので首を傾げる。

「苦手なものを食べたら手を貸していただけるとおっしゃったので、食べたのです」

「あら!」

「頑張って飲み込んだかいがありました。領地の橋を直すための技術者を何人も紹介していただきました。とても良い橋が出来上がり、領民も大変喜んでおります」

「そうでしたの! 公爵家の者としてとても嬉しいですわ!」

 まあ、あの父の事だからちょっと意地悪で食べたら手を貸すと言ったのだろう。マリウスが真面目に取って、意地悪が不発した感じかしら。


「あ! マリウス発見ー!」

 せっかくマリウスと話せて気分が上がっていたのに、その声にあっという間に気持ちが暗くなった。

 ルビーだ。

 ルビー、どこにでもいるのね。帰ったんじゃなかったの………………


 ルビーは広場の入口にいた。声が聞こえた割にわりと遠い所にいる。どんだけ声が大きいのよ。

 憂鬱な気持ちになる。マリウスはルビーを好きだから嬉しいわよね。そう思ってマリウスを見た。


 マリウスは、ルビーの声が聞こえたはずなのに私を見ていた。

 とても優しい笑顔で、私を見ていた。

 

「…コントルシー様は、ルビーさんとは、仲が、よろしいのですわよね」

「そう見えますか?」

 え? お互い名前で呼び合ってるし、誰が見ても仲良しだと思うけれど…?

「ルビーとは十年ほどの付き合いです。ルビーの祖父が私の領地に住んでいて、そこにルビーが遊びに来ていて知り合いました」

「十年…長いですわね。一緒に遊んだりしましたの?」

「出会ってからずっと、ルビーには嫌われています」

 え?

 思わず口を開けてしまった。慌てて閉じる。


「マリウスー! あっシーサス様!」

「名前で呼ぶな偉大なる辺境伯閣下様と呼べ」

 近付いて来たルビーを数メートル先でサルファーが止める。

「とても嫌われている様には見えませんわ」

「彼女はちょっと変わっているのです」

 そんなことを言っている。

「でも、その、コントルシー様はルビーさんを好きなのでしょう?」

 言ってから、ああ答えなんて聞きたくないのに何を言っているんだろうと思い俯いてしまう。

「そう見えますか?」

 思っていたのとは違う答えが返ってきて見上げると、本当に意外そうに私を見ていた。

 え? 違うの!?


「それは…」

 どういうことなの? と訊く前に、私たちの周りを子供たちが走り抜けていく。

 ぶつかりそうになるのをマリウスが抱きしめるようにして庇ってくれた。

 近い! 格好いい! 好き!!

 子供たちは笑いながら走っていく。ひとり、遅れて走って来た少年がマリウスにぶつかった。マリウスのおかげで私にはぶつからなかったけれど、振動で私が持っていたジュースを落としてしまった。

「!」

 撥ねた飛沫が少年にかかってしまい、ひるむ。その瞬間見てしまった。

 少年がマリウスの上着から財布を抜き取り、落としてしまったのを。


 驚いている間に少年は素早く拾って走って行ってしまった。

 財布を掏られるのを目の前で見たのは初めてで硬直してしまった。

「待ちなさーい!」

 追いかけたのはルビーだった。ドレスをなびかせて追いかけて行く。


「…………」

 ルビー以外がその場に残った。


「あの女、異様にすばしっこいな……」

 サルファーが呆気にとられながらルビーと少年が去って行った方を見ている。

 そこで私は我に返った。

「マリウス! 掏られてるわよ!?」

「現金はあまり持ち歩かないので問題ないです」

 マリウスだけが平然としていた。

「エメラルド様、お怪我はないですか?」

「な、ないです……わ」

 ちょっと驚いて混乱しているけれど、怪我はない。

 マリアも慌てて私に近付き、スカートに撥ねたジュースを拭いてくれた。このドレス、なんだか災難続きね。


 スリイベントが起きてしまった。

 ゲームではルビーが少年を追いかけて行った先でピンチになって、ジャスパーに助けられる。

 そのジャスパーを呼びに行ったのがマリウスなのだけれども……


「飲み物がこぼれてしまいましたね。お詫びに何か買って来ましょう」

「お前今財布スられただろーが」

 全く呼びに行く気配が無いわよ!?


 その時、遠くの方でルビーの悲鳴が聞こえた。


 驚くと名前で呼んじゃうエメラルドさん。(よくある)

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