37 エメラルド 教会
いつもお読みいただきありがとうございます。
視点はエメラルドに変わります。
本当は時系列を前後させたくないのですが、前話より若干戻ってます。
何度かお見舞いに来てくれたサルファーと一緒に城下町の教会にバザーに出す品物を届けに行くことになった。
街の教会は定期的にバザーを開く習慣がある。
貴族や商人がまだ使えるけど使わなくなったものを教会に寄付し、平民が安価で買う。その利益は教会や教会の管理する施設の為に使われる。
公爵家も時々寄付していて、今回は母が作った編み物や私の刺繍などを寄付することになった。
怪我をしてから出かけるのはこれが初めてだ。
ゲームの世界はとても便利で怪我が治るのがとても速い。まだ痛みはあるものの、走ったり跳んだりなど激しい運動でなければ十分動けるようになっていた。
左腕の骨折はまだ治っていないので吊っている。目立つのでケープを身に着けることにした。傍から見ると隻腕だけれどこれは仕方がない。
骨折していると言われたもののレントゲンがあるわけでもないし、腕に添え木をされて包帯を巻かれているだけなので色々不安だ。
サルファーと私とマリア、そして四人の護衛という合計七人で二台の馬車を使って移動した。
護衛もサルファーも帯剣していたけれどそれほど怖くはなかった。鞘に入っていれば恐怖を感じないようだ。
サルファーには話していたので心配されてしまった。申し訳ない。
前世の記憶を完全に思い出してからの「銀色のものが全てが怖い」というのは全くおさまる兆しがなかった。
うっかりメイドが普通にスプーンを持ってきてしまった時は震えが止まらなかったほどだ。
頭では安全だと分かっている。なのに、体が勝手に恐怖を感じてしまう。
食器を木製に替えれば、日常生活で銀色のものに出会うことはそれほどない。
それでもこの恐怖は克服しなければと、切り分けられてから出てくる食事を見て思うのだった。
馬車に揺られて到着してみると、ジャスパーとルビーがいた。
結局ジャスパーはルビーのことはどう思っているのかしら。
私の事を好きだと言いながら、こうやってルビーと一緒に出掛けているのよね。大陸の事で色々一緒に仕事をしてるのだろうけれども。
ルビーと恋愛関係にないのなら、勘違いされないように一緒にいないようにするものじゃないかしら。
それとも逆にやましいことが無いからあえて一緒にいる?
そしてまた、私とルビーはドレスが被っていた。
私の今日のドレスはボリュームは少なく丈はやや短めで靴が見える長さだ。貴族令嬢が城下町に行くときには大体このような「ちょっと豪華なワンピース」のような格好をする。
色は深緑色。ハイネックで長袖なのはいつもと変わらない。全体的に装飾はないけれど、よく見るとスカートには同じ色の刺繍がされていて上品なドレスだ。
ケープも同じ色で、髪は結い上げ白いボンネットに隠していた。
ルビーは同じ深緑色でレースの重なったひざ丈のスカートだった。胸の谷間が見える開いた襟ぐりに半袖のパフスリーブ。ボンネットは全く同じものを付けていたけれど、髪はまとめず背中に流している。
ドレスの色が何度も被るのは何の因果なの。
今はもう、ルビーを応援したいという気持ちは消えてしまっていた。
それでも嫌っているわけではなく、ゲームのようにイジメたりする気持ちもなかった。
なんというか、自分と関係ないところで幸せになって欲しい、というのが正直な気持ちかしら。
数分会話しただけでジャスパーは時間がないと言われて去って行ってしまった。
そうよね。明日はとうとう大陸からの外交官が来る日だものね。全ては終わってからだわ。
慌てていたのかルビーを置いて行ってしまい、ルビーは挨拶もそこそこで追って行ってしまった。
「なんなんだアイツら」
サルファーのいう事はごもっとも。
うーん。でも。
教会、ルビー、ジャスパー、が揃っているとなると……
「ねえ、サルファー。あのふたり一緒に来たのよね? 他に一緒に来た人はいないのかしら」
「どうだろうな。一緒に来たなら一緒に帰るんじゃねぇの?」
「そう…ね」
ふたりがいた時点で私は少し警戒していた。
ゲームでタレンヴァインの次のイベントはマリウスがスリに遭うイベントだ。
ルビーとマリウスが一緒に教会に来た帰り、マリウスが少年のスリに遭う。その少年をルビーが追いかけていくと、数人の悪党に絡まれてしまう。偶然城下町に来ていたジャスパーが助けに来る、というイベントだ。
マリウスがいないなら発生しないかしら?
教会に入り、シスターにバザーの商品を渡す時も、マリウスがいないか見回してしまった。
マリウスには結局刺繍を渡せなかったのよね。
マリウスへの刺繍は行方不明になってしまった。池に沈んでしまったのだろう。
意気込んでいた分、気が抜けてしまった。告白する勇気も萎んでしまい、今度会っても告白はできないだろう。
モヤモヤした気持ちを抱えていたせいで俯きがちだったからか、サルファーが教会のすぐ近くの広場に寄って行こうと言ってくれた。屋台が出ているらしい。
いかにも貴族の私たちは少し目立ってしまっているけれど、広場の人たちは皆気さくで朗らかだった。
果物をその場で切って売ってくれる店。
輪投げやテーブルゲームなどを遊ばせてくれる店。
楽器を演奏するグループとそれに合わせて踊る人たち。
皆笑顔で楽しそうだった。私もつられて笑顔になる。
「こんなに笑ったのは久しぶりかも」
「体調は大丈夫か?」
「ちょっと疲れたけれど痛みはないわ」
「少し休んでから帰るか。噴水の所にベンチがあるからそこ行くか」
残念ながらベンチは空いていなかったので、噴水のふちに座った。
マリアはいい顔をしなかったけれども、サルファーは全く気にしてなく「跳ねる水が冷たくて気持ちいい」とか言っている。
サルファーの護衛が気を利かせて飲み物を買ってきてくれた。
こうして先の事や周りのことを考えずにのんびりするのも良いわね。
「サルファーは仕事は大丈夫なの?」
「俺はどうせ領地に帰る身だからな。大陸のことは報告書を読んでサインすれば良いだけだ」
「それ以外にも仕事があるでしょ」
「それ以外の仕事は外交官が帰るまでは相手にしてもらえねーよ。つまり、俺とエレスはしばらく暇だから、お前も読書や刺繍ばっかしてねーで呼びつけろよ。こうやって連れ出すくらいしかできねーけど」
「今日は十分楽しんだわ。ありがとう」
そう、辺境伯であるサルファーは一年のうち数カ月しか王都にいない。
いつまでいるかはその年によって違う。今年はいつまでいるのかしら。
初恋だったと告白された後も、変わらず友人として接してくれている。
今は別に恋愛感情はないのかしら。あくまで友情?
甘いフルーツジュースを飲みながら、ちらりとサルファーを見上げた時だった。
「お、マリウス! どこ行くんだ!」
ジュースを噴いたのは言うまでもない。




