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35  ジャスパーと王

 いつもお読みいただきありがとうございます。

 そして、誤字報告もありがとうございます。助かります。


 いつの間にかブックマークが300件を超えていました。皆さんありがとうございます。

 記念に臨時投稿しようと思ったのですが(200件の時は二夜連続投稿)神社で引いたおみくじに「過ぎたるは悪し」とあったのでやめました。

 今後ともよろしくお願いします。



 限られたものしか通れない廊下を静かに進む。

 いや、静かではない。

 窓も明かりも少なく人の気配のないその廊下に、自分の足音が高く響いていた。自分の呼吸音すら大きく感じる。

 独立したこの棟は入口で人の出入りを完全に管理しているので、廊下には騎士は付いてこない。

 前を見ても後ろを見ても、俺しかいなかった。


 父である王から話があると呼び出された。

 親子であっても会う時は謁見の間だ。謁見の合間に会うと思い時間を聞いたら、好きな時に控室に来いという。

 棟の入口に着いた時点で知らせは行っているはずだ。

 迎えもなく、ひとりで長い廊下を進んでいると、緊張というよりは心細さを感じていた。 


 王の謁見の間への廊下。王に面会する者が通る廊下とは逆の廊下だ。ここに足を踏み入れたのは初めてだった。

 王が通る、王になった暁には何度も通るであろう廊下だが、今はまだ自分のためのものになるとは思えなかった。

 廊下は長い。

 この長い廊下をこのまままっすぐ進むと王の控室がある。謁見の間はそのさらに先だ。


 廊下を進んでいると、王の控室手前にひとつだけ天窓があった。

 自然とその差す光の先に目がいく。

 近付いて見ると、大きな彫刻だった。


 数歩下がらなければ全体が見えないほどの大きい。

 石の壁に彫られているそれは王家の紋章だが、見慣れているものとは異なっていた。


 鷹が顔だけ横を向き、口を開けているのは同じだ。

 だが、見慣れているものは翼を大きく広げ足を開いているが、この彫刻は違った。

 翼を少し持ち上げ自分の体を包むように翼の先が体の前に来ている。

 足は閉じ、その足の間に──


「これが本来の紋章なのだ」


 横からの声に慌ててひさまずく。


 父とはいえこの国の王だ。足音も立てずに現れた王は、近侍を連れずひとりだった。

 王特有の、引きずるほど裾の長い衣装と長いマントを身に着けていた。明らかに動きにくいその衣装は「何があっても慌てることなく、最後まで着席している」──最後まで逃げることはしない、という意味を持つ伝統的な衣装だ。

 休憩ではなく謁見を抜けてきたのだろう。頭には王冠を乗せていた。


「クライマシー公爵から婚約破棄の話を勧める打診があった」

 王らしい張りのある声。

「……はい」

「受け入れがたいという声だな」

「申し訳ございません。ですが、私は…」


 自分の行動がきっかけなのは理解していた。

 それでも噂は事実と異なっていて、それのせいで破棄になるのは納得できなかった。

 そして何より俺は。


「ですが私は、彼女を愛しています」

「婚約破棄はしたくないと?」

「さようでございます」

「結婚は愛する者同士がするべきだと思っている。私とエマのように」


 王と王妃は誰が見ても愛し合っていた。

 結婚より早く王の座に就いたが、結婚してからの方がよりよい国になったと言われている。


「お前が愛していても、相手と通じ合っていないのなら辛い結婚となる。想い人の気持ちを自分に向けられなかったことを反省するしかない」

 王は噂ではない真実を知っているのだろうか。

 悲しさと悔しさと……他の色々なものが混ざり、うめき声になりそうなのを飲み込む。


「婚約破棄の発表はしばらく先となる。大陸の事もあるのでな。私がお前に言えることはひとつ」

 失意で震える俺に、優しい声で言った。

「息子よ、諦めきれないなら足掻きなさい」


 思わず顔を上げてしまった。


 王は、父の顔で頷いた。

「立ちなさい」

 言われるがままに立ち上がった。

 父は目の前の壁の彫刻を無言で見た。

 俺も同じように見る。

 俺たちが生まれた時から背負っているもの。


「その声は国中に響き、その翼は国全体を守る。そう言われている」

 王家の紋章の意味だ。この国の者なら誰でも知っているだろう。

「この彫刻は建国と共に作られたものだ。いつのまにかあのような派手な紋章が有名になり、本来の紋章はここにあるもののみとなってしまった。王しか知らぬ、本当の姿だ。翼は盾のように広げて守るのではなく、その身を犠牲にして包み、守る。そしてこの足元」

 父は指で彫刻の足元に触れた。


 鷹の足の間に一羽、鳥がいる。

 鷹の足の指が鳥の体にかかり、押さえつけられているようにも見える。


「鷹は冬、寒さを感じた時、まれにこのように雀で暖をとることがあるらしい。ぬくめ鳥という。そしてこの雀は」

「コントルシー家の紋章ですね」

「そうだ」


 コントルシーの紋章は知っていたが、その鳥が雀だというのはつい最近見た・・

 エメラルドの刺繍だ。

 彼女は雀の、茶色に黒い斑点がある羽の模様を完璧に縫い上げていた。


「王家が寒さを感じた時、彼らは自らの身を持って王を助ける。コントルシーは建国前から王を助け、王に信頼されてきた。決して王を裏切らず、決して王を見捨てない。王の足元で決して目立つことはない。しかし、王は自分を暖める者が誰だか知っている。コントルシー家に爵位がないのは歴代当主が断り続けているからだ。彼らはそういう生き方をする。本当に大切なものを知り、それだけでいいというのだ」


 本当に大切なもの。

 爵位のような地位ではない。目に見える財産ではない。

 どんなに文句を付けても、マリウス・コントルシーは俺に対して慇懃な態度を崩さなかった。

 王太子である俺から何度も話しかけられても、爵位を得るのではないかと噂されても、居丈高になることはなかった。


「大切なものを、エメラルド嬢も知っているのだろう」

 父はゆっくり頷くと、来た時と同じように音もたてず控室へと歩いて行った。

 その背中に、俺は最敬礼する。


 全てを司り、愛するものを手に入れ前に進むその姿に、俺は続くことが出来るだろうか。


 雀は鷹には勝てない。

 だが俺たちは、鳥ではない。


 エメラルドが落ちてまで手を伸ばした雀が、そう言っている気がした。



















 雰囲気が壊れるのでカットしてますが、この時の王は靴を履いていません。(無駄設定)


王「いやだって足音うるさいじゃん?」




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