34 ジャスパー
いつもお読みいただきありがとうございます。
直前で訂正した部分があるので推敲が甘いかもしれません。すみません。
「王太子殿下、ラウス将軍から報告書が届いております」
「そこに置いておいてくれ」
「失礼します。アゲート様から次の会議の資料が届いております」
「そこに置いてくれ」
「失礼します。クライマシー公爵からお手紙が届いております」
「! こちらにくれ」
とうとう明後日、大陸の外交官がやってくる。迎え入れる準備に目が回るほどだ。
国の代表として会うのは父だし、外交を担うのはアゲートだが、王太子として同席する為、何もかも把握していなければならない。覚えることとやることが多すぎて自分の時間がない。
例えば、意識不明だった婚約者が目を覚ましても、会いに行けない。
先週、エメラルドは公爵家の星見台から落ちた。
命は助かったものの骨折や打撲など無事とは言えない状態だったし、なにより意識が三日も戻らなかった。
何度か会いに行ったが眠っていることが多かった。
顔色がだんだん良くなっていくのは良かったが、やはり起きているところが見たかったし、会話もしたかった。
ちゃんと生きていることを確かめたかった。
彼女が飛び降りた時、彼女が死ぬかもしれないと思った時、あの時の恐怖はもう二度と感じたくない。
その後、目が覚めたという知らせは届いたが、すぐに城から出られる状況じゃなかった。
仕事を放りだして会いに行こうと考えていた時、クライマシー公爵から手紙が届いた。
それから何度かエメラルドの様子が伝えられている。
公爵からは直接エメラルドを助けたことの礼は言われていた。
それでも、感謝はされていても俺のことを気に入らないのは変わらないようで、内容はエメラルドの容態報告だけだ。
それでもありがたいので断る理由がない。
エメラルド本人に手紙を送っても「大丈夫なので心配なく」という返事しか返ってこないのだ。
公爵邸から出られない容体のくせに大丈夫とは一体何が大丈夫なんだ?
実際公爵からは「子供の頃のナイフを怖がるのが復活している」と伝えられた。
子供の頃のエメラルドの怖がり様はひどかったのを覚えている。足がすくんで動けなくなるくらいはまだましで、真っ青になり震えて気を失うこともあったのだ。何が大丈夫だというのか。
傍に行けない分、贈り物をしたいと思ったが、今まで贈ったものが喜ばれていないと知ってしまった以上、贈ることは躊躇われた。
レーグルに相談したら「手紙だけでいいんじゃないか?」と言われた。何か言いたげだったが、あの男は言ってもどうにもならないことは言わない男だ。無理に聞き出さず助言通り手紙だけ送っている。
エメラルドは何をすれば喜ぶだろうか。
婚約破棄の話は父に頼み止めてある。
俺はまだ諦められなかった。
いわれのない噂は手を打ったし、ルビーには風紀を乱したということで伯爵と共に大陸関係から手を引かせた。
ルビーの行動は有名だったらしく周囲から批判もない。ルビー本人から抗議の手紙が何通か来たが、受け取り拒否をしたら来なくなった。さすがに反省しただろう。
エメラルドに会いたい。
話がしたい。
明日の昼頃なら一時間ほど時間が作れるはずだ。その時間でどうにか会えないだろうか。
それとも大陸の外交官が来るまで我慢するべきか。
外交官を迎え入れる準備は整っているし問題はないと思われるが、実際に来国したらどうなるか分からない。
前回来た時は完全に後手後手だった。向こうには御しやすい国と思われただろう。今度は舐められるわけにはいかない。前回は交易をしたい、という打診だったが、本格的に話を進めようとするだろう。
外交官の対応はアゲートが中心となるが対談は俺も参加することになる。外交官の滞在は長くて五日だとが、話がうまくまとまらなければ長引く可能性もある。
長引けばその分、エメラルドに会いに行くのも先になる。今のうちに会ってしまった方が、俺の精神衛生上良い。
しかし仕事が多すぎて、こうしている間にも各所からの書類が机の上に積まれていくのだった。
うーむ。
……
…………
……サボるってどうやるんだ?
しばらく考えていると疲れていると思ったのかジョリが休憩を勧めてきた。これを幸いに散歩に行くことにする。
いっそのことこれから公爵家まで行ってしまおうか。いや、城を出るのはバレるし止められてしまうだろう。
大人しく食堂で珈琲でも飲もう。
「ジャスパー様!」
そんな馬鹿な、と思ったがどう見てもルビーだった。
食堂へ続く廊下の向こうから早足で向かってくる。正直回れ右したいが名前を呼ばれてしまっては無視するわけにもいかない。
「ジャスパー様、お久しぶりです! 会えてよかったです。あの! エメラルド様と会えましたか!?」
「クルジット嬢、静かに」
「ジェダイト様から少し聞いたんですけど! それ以降会えなくて!」
「クルジット嬢!」
少しきつく呼ぶとやっと黙った。
「お静かに」
「す、すみません!」
周囲をうかがうとすでに注目されてしまっている。舌打ちを堪えたのを褒めてもらいたい。
「クルジット嬢、何か用事がある場合は補佐官を通してご連絡いただきたいと伯爵に伝えたはずだが」
「すみません。プライベートなことだから、直接お話した方が良いと思って」
「フイイ、クルジット嬢を頼む」
やや離れた所にいた護衛に声をかけて連れて行ってもらう。
俺の護衛は常時三人いる。時々人が入れ替わり二十四時間体制で付かず離れずのところで護衛している。フイイはこの前中庭でのルビーとのやり取りの時もいたから事情もよく分かっているだろう。
しかしルビーが全く反省していない様子なのは正直腹立たしい。
食堂の給仕に我儘を言って濃い珈琲を淹れてもらおう。
「ジャスパー様! 待って下さい、あの!」
そもそも名前を呼ぶのを許した覚えがないんだが!
「エメラルド様、明日教会に行くそうなんです! 城下町の!」
エメラルドの名前に振り向いたが、有能な騎士はさっさと見えない所に連れて行ってしまっていた。
教会……?
戯言として流すこともできるが、先ほどジェダイトの名前が出ていた。ルビーとジェダイトは仲が良いという噂もある。
公爵からはエメラルドの体調は書かれていても、行動に関しては全く書かれていなかった。
城下町に行けるくらい回復したのだろうか。
城下町には教会がいくつもある。貴族が行く教会は限られているが……一番大きな教会なら公爵家に行くより城から近い。
……ダメ元で行ってみるか…?
食堂で濃い珈琲を飲んでいると、父の侍従が現れた。父からの手紙を渡される。
玉璽は押されていないが王家の紋章が入った便せんだ。
内容は、簡単に言うと呼び出しだった。
優秀な王太子殿下は生まれてから一度も仕事や勉学をサボるということをしたことがありません…




