33 目覚める
章設定していませんが、ここまでで第一章のような感じです。
下が水だったのは覚えていた。
落ちていく瞬間は、水だから死なないだろうと思った。
でも、
叩きつけられた水は全身を潰すかのように固くて、痛くて。
直後に全身冷たくなり、苦しくなり、もがいても何も掴めなかった。
息が、できない。
ああ、昔。
昔、同じように苦しいことがあった。
あの時は水じゃなかったけど。
痛くて、息が出来ない。
息が吸えない恐怖。
あの時も、そうして、私は。
目を開けると紺色の天蓋が目に入った。
エメラルドのいつものベッド。
息切れしながら目覚めるのはここ最近毎日だ。
星見台の落下から一週間が過ぎていた。
体中に打撲むち打ち捻挫と左腕の骨折。今思うと、いくら下が水とはいえ、死んでもおかしくなかった。なぜ私は死なないと思っていたのか。
落ちた後、ジャスパーが飛び込んで助けてくれたらしい。
と言ってもさすがに星見台から飛び込んだわけではない。階段を駆け下りて一階まで来ると着衣のまま池に飛び込み沈んでいく私を引き上げて戻って来たらしい。すごい。ヒーローか。
引き上げられた私は生きてはいたものの三日間昏睡状態だった。らしい。
全てマリアが教えてくれたことだ。目が覚めてもしばらくは体の痛みと記憶の混乱で発狂しそうだった。
今は体中が痛い以外は意識もはっきりしている。ついこの前、精神的事情で引きこもっていたけれど、今度は身体的理由で引きこもっている。そろそろ変な噂が立ちそうで怖い。
私は引きこもっているけれど、世の中は活気づいている。とうとう大陸からの外交官がやってくる。
到着は確か、明後日だったかしら。
ほぼ軟禁状態だし、大陸のことに関しては全く関与していないから他人事だった。
でもそのせいでジャスパーには会っていない。
忙しいらしい。寝ている間に来ていたとも聞いている。
ジェダイトとも会っていない。
あの星見台からの落下の原因がジェダイトだったというのは父に伝わっていて、今は王都内の別の屋敷に移り住んでいる。この屋敷からは離れているのでそう簡単に会うことはないだろう。
あの行動はさすがに私も腹が立っているけれど、彼は本人も繰り返していた通り次期公爵。父からのペナルティはあっても責められることはない。
男に生まれただけで人生イージーモードでとても羨ましい。
「エメラルド様、お目覚めでいらっしゃいますか?」
「ええ、おはようマリア」
マリアが天蓋をゆっくりと開けてくれる。
その間に痛む体をがんばって起こす。痛みはあるが一週間で大分動けるようになった。さすがゲームの世界だ。
「あまりお顔の色がすぐれないようですが痛みますか」
「少しね。でも大丈夫よ。ただ前に言った通り、夢見が悪いのよ」
「新しいポプリもお役に立ちませんでしたか…」
「夢には影響はなかったけれど、この香りは気に入ったから置いておきたいわ」
「さようでございますか。もう何個かお持ちいたしますか?」
「ええ、お願い」
マリアがモーニングティーを淹れてくれたので礼を言って受け取る。
温かい紅茶は体の痛みを紛らわせてくれる気がする。まるで錆びた人形のようにぎこちなくしか体が動かせないのがもどかしい。
意識は限りなくはっきりとしているからなおさらだ。
そう、意識ははっきりとしすぎて。
私は完全に前世を思い出していた。
目覚めてすぐはとても混乱したけれど、今は大丈夫だ。
エメラルド・ブライト・クライマシー。
「貴石のきみに」という女性向け恋愛ゲームの主人公のライバルとして登場する、黒髪とエメラルドの瞳の少女。
でもゲームとの相違点はかなりある。
ゲームの設定で公開されていない情報もあった。ゲームを進める中で必要のない情報はカットされているのだろう。奴隷問題もその一つだ。
だから子供の頃奴隷の話を聞いた時に文句を言った覚えがある。
はっきりは覚えていないけれど、身分差なんて馬鹿じゃない? というニュアンスの事だったと思う。
それが王妃に衝撃を与え、奴隷制度が無くなりミドルネームを授かることになった。
ゲームではミドルネームはなかった。
子供の頃は私も図に乗っていて、子供っぽい行動をあまりしていなかった。
だから、幼馴染との関係もゲームと違っていた。
ジャスパー、ジェダイト、サルファーの三人と私は幼馴染だ。そこは変わらない。
ただ、ゲームではエメラルドは三人に嫌われていた。
我儘で女王様きどりで、自分が馬鹿な事にも気付いていなかったエメラルド。
ジェダイトはそれを哀れみ保護することでシスコンになった。
ジャスパーは王太子として、人を蔑むことは許されていなかったため、仕方なく付き合っていた。
サルファーに関しては完全に嫌っていた。だからゲームではルビーが出てくるとさっさと雑にあつかっていたのだろう。
一番傍にいた女性が性格の悪いエメラルドだったから、かわいいルビーにすぐ入れ込んだわけね。
エレスチャルも留学した直後にエメラルドは自分の召使い宣言をしたけれど、私は興味がなかったため会いにすら行かなかった。サルファーがエレスチャルと友人になって私に紹介したのが出会いだ。
アゲートも、エメラルドはジャスパーの幼馴染で公爵令嬢なのを笠に着て、勝手に会いに行っていたけれど、私は今もほぼ接点がない。
そう、人間関係は完全にゲームと異なっていた。
いわば、今私が生きているこの世界は「設定が同じだけ」というわけだ。
原因は多分、私の行動。
そしてもうひとつ、ゲームとの相違点。
大陸に関することだ。
こちらは謎だ。私は関わっていない。ゲームで出てくるのはエレスチャルのいる隣国だけで、大陸に関しては全く出てこなかった。
乙女ゲームだったし、恋愛とは関係ないから設定だけで出てこなかったとも考えられるけれど、主人公であるルビーが関わっているのもおかしい。
大陸について、少し調べてみたい。
「もう一杯お淹れしましょうか?」
飲み切ったカップを見つめて考え事をしていたせいか、マリアが心配そうに声をかけてくる。
「そうね。今度はミルクを入れてくれるかしら」
砂糖もミルクも、マリアは私の好みの量を把握してくれている。
かき回されてから渡される紅茶を、自分でも混ぜたいと思うことも。
ソーサーに添えられた木のスプーン。
前世を思い出すことによって、私は自分の死んだときの事も思い出していた。
子供の頃ナイフが怖かった。その理由。
私は刺されて死んだ。
そして。
全てを思い出した今、銀色のものすべてが恐怖の対象になってしまっていた。
修道院に行くって流れになって修道院に行った話ってあまり見ないですけど、この物語の場合、修道院に行ったエメラルドをジャスパーが権力で奪い返すっていう展開も面白かったな、とか思ってたりします。 笑




