27 ジャスパー
台風19号接近のため、明日職場がお休みになったので一話更新します。
ホワイト企業で良かった。停電しないといいな。
被災した場合は更新が滞りますので、その際はよろしくお願いします。
めまいがする。薔薇の香りで吐きそうだ。
「レーグル、今の、知っていたのか?」
「マリウスがベリーを食べられないという話なら本人から聞いた」
「違う! 婚約破棄の話だ!」
「エメラルド嬢が父親に大事な話をしに行く、と聞いたから大体予想が付いた」
「俺はどうすれば良かったというんだ……」
「ある意味、間違ってはいない」
「だよな!?」
「……」
「? なんだ」
レーグルを眉を寄せて細く長い溜息を吐いた。
「なんだ!?」
「クルジット嬢から昨日のことは何か聞いていないのか?」
「昨日の事? 確か、エメラルドの侍女に怒られたと言っていたが」
「ふん。無邪気なのか馬鹿なのかと言っていたが、どうやらどちらでもないらしいな」
「なんだ?」
「君とキスしたとわざわざエメラルド嬢に言いに来たそうだ」
「な……!」
開いた口がふさがらないとはこのことだ。
昨日、城下町にルビーを含め騎士と補佐官を入れた五人で大陸の者を探しに行った。
ルビーは城下町のことを知り尽くしていて、案内された場所で大陸から隣国に渡りこの国に入って来た者たちに何人か会えた。
母上の言葉通り、大陸の者たちはピリピリした空気を読み取りこちらを警戒していた。
だがこちらの友好的な態度と、ルビーの大陸の言葉で打ち解け、色々な話が出来た。
この国が大陸に対して友好的でありたい旨を伝え、仲間に広めて欲しいという希望も受け入れてくれた。
中々の成果に喜び帰路についたところで強盗に遭った。
顔が分からないように変装し、平民に似せた質素な服装をしていたが、貴族ということがバレていたようだ。
金品をよこせと言う輩と乱闘になった時、倒れた拍子にルビーに覆いかぶさってしまったのだ。
連れの者は誰も見ていなかったし、お互い事故だという話をして納得したはずだった。
なぜわざわざエメラルドに言いに行ったんだ!?
一気に頭に血が上った。
俺は立ち上がりレーグルを置いて出口に速足で向かった。
それほど時間は経っていない。まだルビーは中庭にいるだろう。
「王太子殿、何をする気だ」
レーグルが追ってくる。
「何って、当たり前だ。クルジットを問い詰める」
「問い詰めた所で泣かれて終わりだ。どうせ嘘を吐けなかったとか言うだけだ」
レーグルの指摘は的確だ。そうだ、さっき言っていたじゃないか! 隠し事をしたくなかったと!
だがこの怒りは、ルビー以外の誰にぶつけろと言うんだ!
薔薇園の出入り口をくぐったすぐ横にひとり男がいた。ぎょっとして立ち止まる。
公爵だった。
「く、クライマシー公爵」
盗み聞きがバレた……いや、そんなことはいい。
「クライマシー公爵! 婚約のことだが」
「レーグル君」
俺の言葉を遮って、俺の後ろにいたレーグルを呼んだ。
公爵の位置からはレーグルが見えないはずだが、誰がいるかまで分かっているようだ。
「たまには君もうちに遊びに来たまえ」
「…………よろこんで…」
レーグルは苦笑いして答えた。
公爵は俺のことは全く無視し、そのまま背を向けて去って行った。呼びかけても完全無視だ。
「くそっ!」
毒突いてすぐ横の木を殴る。
「怪我をする。やめろ」
「そうだ、こんなことをしている場合じゃない。クルジットだ!」
俺はほぼ駆け足で中庭に向かった。レーグルの声が聞こえたが止まるつもりはない。
痛憤している自覚はあった。女性に怒りをぶつけるなどあってはならない事だというのも分かっている。
それでも…!
中庭のテラスにはまだアゲートとルビーがいた。
一緒に食事をしていた時とは違い椅子を寄せ、ふたりでひとつの本を覗き込んで笑い合っている。
何を楽しそうにしているんだこの女は!
「クルジット嬢! 話がある」
テラスに立ち、声をかけるとあからさまにびくりと体を揺らした。
「ジャ、ジャスパー、様?」
「兄上、何事です? 声を荒げて。女性に対して失礼でしょう」
アゲートが立ち上がり前に出た。ルビーは座ったまま俯いた。
「話をするだけだ。乱暴なことはしない」
「とてもそうには見えません! どうしたのですか? 兄上らしくない」
「俺も人間だ! 腸が煮えくり返ることもある!」
「では私も立ち会います!」
「込み入った話だ! 遠慮願おう」
「とてもふたりに出来るような状態には見えません!」
これでは堂々巡りだ。アゲートの後ろに隠れただ椅子に座っているルビーを怒鳴りつけたくなる。
「無駄だと言っただろう」
後ろからレーグルの声。
「足が速いな君。ふたりとも声を荒げるものではない。ここは城内だ」
落ち着いたレーグルの声に我に返った。中庭には俺たち以外にも人がいて、何事かとこちらを見ている。
俺は額の汗を手で拭い、数回深呼吸をした。
それでも、怒りは収まらない。
「じゃあ俺は、どうすればいい…どうしろというんだ!?」
振りかえり怒鳴ってもレーグルは眉を寄せるだけだった。
「どうする? 冷静になりたまえ王太子殿。簡単だ」
「簡単?」
「伯爵を通して物を申せばいい」
「えっ!?」
驚いた声を上げたのはルビーだ。
見ると、信じられない、と言う風に目を丸くしている。
「君は王太子で、彼女は伯爵令嬢だ。礼節をわきまえて行動すればいい」
「ま、待って下さい、私、私ジャスパー様とお話しします! お話したいです!」
ルビーがそこで初めて立ち上がった。
レーグルのおかげで頭が冷えた。
そうだ。本人同士で言いあうのは、王族のすることではない。
「レーグル、感謝する。そうだな。そうだった」
一度体の空気を抜くように息を吐く。
「クルジット嬢」
振り返りルビーを見据える。
「じゃ、ジャスパー様、まってください、私」
「後ほど伯爵にお話しする。声を荒げて悪かった」
「ま、待って下さい!」
ルビーは泣きながら俺に近付こうとしたが、レーグルが前に出てそれを止めた。
「クルジット嬢、王太子殿の言葉が聞こえなかったかな」
「待って下さい! 目の前に本人がいるのに話をしないなんておかしくないですか!? 私は! 私はここにいます! ジャスパー様!」
泣き叫ぶルビーに背を向けて、俺は中庭を出る。
「アゲート殿、彼女を頼みます」
レーグルはそう言って俺に付いてきた。
何事かと見ている野次馬をすり抜けて廊下を進む。
ため息が出た。
後ろからルビーの叫びと、それをなだめるアゲートの声が聞こえたが振りかえらなかった。
廊下を進み、人気がなくなった所で立ち止まり振り向く。
「レーグル、今日は本当に助かった。感謝する」
「仮にも君の友人を名乗っているからな」
「ありがとう」
「公爵は薔薇園に私たちがいるのを気付いていたようだ。そこは謝る」
「そうなのか? 俺に聞かせる必要があった…?」
「分からない。だが公爵閣下相手では私は何もできない。すまない」
「いや、十分だ」
話を聞かなければ、俺は何もしないまま婚約破棄されてしまう所だった。
「色々やることが出来た。本当にありがとうレーグル」
「そう何度も繰り返されると恐縮だ。また酒でも飲もう」
レーグルとはそういって別れた。
俺はまた速足で執務室に向かった。




