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読んでいただきありがとうございます。
この物語は皆様の優しさに支えられています。
今回、二話同時投稿しております。こちらは二話目です。
「ルビーさん、その腕」
ルビーは右手首に包帯を巻いていた。骨まで響くようなひどい怪我なら首から吊っているだろうから、大怪我ではないのだろう。
「ちょっと、捻ってしまいました……」
なぜそんなに気まずそうなのか。
マリアも訝しんでいるが、とりあえず椅子をすすめる。
痛いのなら刺繍は出来ないだろうけれど、刺繍が出来ないという知らせを送るのではなく、本人が来たのには理由があるのだろう。
「エメラルド様に謝らなければならないことがあるんです。本当はもっと早く言うつもりだったんですけど、特に何か変わったことがあるわけでもないし、会って話をしただけなら言うほどではないかと思って」
うつむきながら早口で言うルビー。何か後ろめたいことがあるみたい?
「待って、まずその手首の怪我は大丈夫なの? 捻ったっておっしゃったけど、痛むのかしら」
そう言うとルビーは泣きそうな顔をした。痛いのかしら?
「これは自業自得だから良いんです。手首を動かすとちょっと痛いから今日は刺繍は難しいと思うんですけど、二、三日すれば痛みも引くと思います。そうじゃなくて、私……」
そこでルビーはごくり、と唾を飲み込んだ。テーブルを挟んでいるとはいえ、私に聞こえるほどの音だった。
「じゃ、ジャスパー様と……」
そう言って両手で顔を覆った。その隙間から「ううう」とうなり声が聞こえる。
何かしら? 十秒ほど待ってみたけど顔を隠したまま動かない。
「ジャスパーと?」
なるべく優しい声で促してみる。
「何回も会ってたんです」
「あら、そうなの」
お城に行けば会う可能性あるわね。
「大陸のことで色々お話しする機会が多くて」
ジャスパーからの手紙には城下町を調べることになったと書いてあったわね。ルビーは城下町にいたんだし、話すことがあっても別におかしくないと思うけど。
「昨日、城下町を案内したんです」
「あら」
思わず出た私の言葉にルビーはびくりと大きく体を震わせた。
別に怒ったわけじゃないんだけど。
「それで……」
ルビーはまだ顔を隠したままだ。この前まで強気な発言が多かったのに、今日は一体なんだろう。
「それで?」
「昨日」
「何かあったの?」
「き、キスしちゃったんです!」
さすがに驚いて口を開けてしまった。慌てて閉じる。
後ろにいるマリアの気配が怖い!
ルビーは指の隙間からこちらを窺っていた。
うーん。
なぜ、私にその話をするのか。
ルビー、今まで素直で可愛いと思っていたけれど、なにかしら、バカなのかしら。
裏表がなくて素直なのではなくて、バカなのかしら。
部屋を見回してマリア以外いないことを確認する。でも結構大きな声だったから、廊下に誰かいたら聞こえていたかもしれないわね。
「ごめんなさい!」
ルビーは顔から手は放したけれど、俯いたまま続けた。
「ごめんなさい、私、タレンヴァインまでは今までと変わらない距離でいようと思っていたんですけど、最近ジャスパー様と話す機会が多くなって、もっと話したいなと思って、お役に立てる機会があったので、私、ジャスパー様のお役に立ちたいと思ったんです! それで城下町に行って…でも! 事故です! 事故なんです! ちょっとトラブルがあってこう、倒れこんだ拍子に」
ここで、ものすごく大きな咳ばらいが後ろから聞こえた。
ぴたり、とルビーも言葉を止める。
「クルジット様、今日は、もう、お帰りになられた方が、よろしいかと、存じます」
振り向くのが怖い。
ルビーは俯いたままマリアを目だけで見た瞬間「ヒッ」と声を上げて後ろに仰け反った。
マリアはベルでメイドを呼ぶと「クルジット様がお帰りです」と告げルビーを立ち上がらせた。
ルビーは涙をこぼしながら私を見て「エメラルド様」とつぶやいたけれども、またマリアが咳ばらいをしたのでそのまま部屋を出て行った。
部屋には私とマリアのふたり。
「エメラルド様、紅茶を淹れ直します」
「え、ええ、ありがとう」
一転、いつも通りの声だった。
馬車の音が聞こえて、ルビーが帰ったことを察する。
ちょっとホッとした。
あの場で、私は何と言うべきだったのかしら。
ルビーは私に何て言ってほしかったのかしら。
良かったわね、とか? おめでとう、とかかしら?
確かに私はルビーに協力していたし、ジャスパーの事も一歩引いた態度でいた。
いつものテンションで「キスしちゃったんです!」と嬉しそうに無邪気に…無邪気に? 言ってくれれば「そうなの」くらい言えたかもしれない。
でもあんな……泣きながら言われたら、どうすれば良かったの?
ふわりと花の香りがした。
マリアの淹れた紅茶は薔薇の花びらが浮いていた。
香り付けされた紅茶を淹れてくれることは何度かあったけれども、こういった紅茶は初めてだ。
マリアを見上げると、優しく、でも困った顔をしていた。
「怒って良いのですよ、エメラルド様」
「……そう、なのかしら」
優しい声に対し、私の声は弱々しかった。
「クルジット様は図に乗りすぎました。相手の気持ちを思いやることのできない貴族令嬢など、エメラルド様が相手をする必要はございません」
「そう……かしら」
でも。
「でも私、どうしたらいいのか分からなかっただけで、怒りとか妬みとか、そういった感情はなかったわ」
「エメラルド様……」
「そういう、私の態度も良くなかったんだと思うの。どっちつかずで、はっきりしない態度だったわ。ルビーさんを応援したいと思うのなら、さっさと婚約破棄をするべきだったかもしれないわ。婚約破棄までいかなくても、ジャスパーに自分の気持ちを告げることくらいするべきだったかもしれない」
「そんなことはありません」
「そうかしら。私は……」
私はずっと、ゲームの通りになることが怖くて。ひとりぼっちになることが怖くて、寂しくて。
でもそれを回避するために何かしていたわけではない。
どう言えばいいのか分からず、紅茶を一口飲んだ。
控えめにノックがされ、マリアが対応する。
「花束が届いています」
咄嗟に、ジャスパーからかと思った。
ジャスパーからは何度か手紙が来ていたけれど、ルビーと何度も会話したことはもちろんルビーと出掛ける予定があったことなど一切書いていなかった。
タイミングが悪く、今、昨日のことを告げる手紙が来たのかと思った。
マリアはメイドから花束を受け取ると、私のすぐ横に膝をついて花束を見せた。
「コントルシー様から花束届いています」
「マリウスから?」
意外だった。
花束というより小さいブーケだ。白いダリアと紫色の……
「カードも付いています。お礼が遅れました。受け取って頂ければ幸いです、とのことです。白いダリアの花言葉は感謝、ですね。こちらの紫の花はお恥ずかしながら私は初めて見る……エメラルド様?」
もうだめだ。
私は涙が止まらなかった。
マリアから花束をそっと受け取り抱きしめる。
「この花は紫蘭よ。花言葉は」
あまり花束にしない花だ。
紫色で花は小さめで、バラやダリアの様に背が高くならない花。
花言葉は、
「あなたを忘れない」




