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11 ジャスパー

ブックマーク、評価、ありがとうございます。

この物語は皆様の優しさにより支えられています。



  エレスチャルのフルネームが出てきますが覚えなくて問題ないです。


 

 サルファーの告白に俺は少し動揺していた。

 考えれば分かることだった。サルファーは子供の頃、体が弱く王都の医者にかかっていた。

 成長し、体力が付いても父親が亡くなるまでそのまま王都にいたのだ。その理由が、エメラルド。

 自分がサルファーの立場だったとしても、エメラルドを連れて行くことはできない。彼女の気持ちもそうだが、その立場も軽くない。

 ほぼ全ての貴族からその美しさと聡明さを称えられ、王族からも厚い信頼を寄せられている公爵令嬢。

 彼女を辺境へ連れて行くのはそれ相応の力と覚悟がいる。


 そして、そんな地へ移り住んだというのに、未だに愛称で呼び頻繁に会っているのだ。彼の気持ちがどこにあるかは考えるまでもない。


 俺は大した努力もなく、生まれながらに与えられた王太子という地位と、歳が近く子供の時に知り合えたという幸運で彼女と婚約まですることができた。

 サルファーから見れば、今の俺の状況は気に入らないだろう。



 図書館の中には数人いたが特別親しい者はいなかった。皆こちらをちらりと見て目が合うと会釈した程度だ。

 ただひとり、奥の本棚の前にいた少年だけが振りかえって深く礼をした。隣国の王子エレスチャルだった。この国ではあまり見ない隣国の服装をしているので遠目でもすぐ分かる。


 隣国の第三王子エレスチャル。本名はエレスチャル・ネズ・ライト・コフ・ハン・ライカナハルトとやたら長い。隣国と同盟を結んだ際の人質だ。表向きは留学となっていて、この国の家庭教師が何人かついているし各地に視察に行ったりしている。その愛らしい容姿そのままの素直で無邪気な性格は、文化の違うこの国でも受け入れられている。

 俺とはあまり交流がない。生活圏が異なるし歳も離れているので、何度か会話したことがあるくらいだ。


 無邪気な笑顔でこちらを見ているが、特に話しかけてくる様子はない。こちらも礼をして目的の物を探しに行く。


 図書館は吹き抜けの三階建てだ。左右に階段があり、数えきれないほどの本が所狭しと本棚に詰め込まれている。目的の資料は二階の奥の一角にある。

 なぜか未だにこちらを見ているエレスチャルが気になるが、階段を上って進む。

 すると、グラグラ揺れる脚立の上に立つ少女が目に入った。あの脚立、壊れてるんじゃないか?

 一番上の段の本を取ろうとしている少女だが、揺れるせいで手を伸ばした状態で固まっている。俺は速足で近付いて脚立を押さえた。


「あ、ありがとうございます」

 声で気付いた。ルビー・クルジットだ。彼女の方は俺に気付いていないようでそのまま本を二冊手に取った。右手に本を抱え腰を落とし、左手で脚立を押さえながら下りる。

「あ、王太子殿下!? おお、おそ恐れ入ります! ありゃありがとうございました!」

 脚立から下りて顔を上げた瞬間後ろに跳んで深く頭を下げた。令嬢としての礼儀としては少々外れているがその瞬発力に 驚嘆する。運動神経が良さそうだ。


「こんにちは。クルジット嬢。この脚立は壊れている様ですよ。ご使用は控えた方が良いかと」

「は、はい。いえ、親切な方がこれを使うようにと持ってきてくれたので、使った次第です」

「……そうか。まあ、気を付けて」

 何やら悪意を感じるが、その場にいなかった自分が追及するのは行きすぎだろう。

 ただでさえ、彼女とは勘違いされている状態だ。


「あの、せ、先日は……先日は、エメラルド様にはとても親切にしていただきました! ありがとうございました」

 二階にいる、いや図書館にいる何人かが注目していることに気付いたのだろう。大きくはないがはっきりした声で言い頭を下げた。

 どうやら愚鈍な人間ではないらしい。


「エメラルドも君を気に入っている様だ。これからも仲良くしてほしい」

「もったいないお言葉です」

 思えば彼女は悪くない。俺のちょっとした思い付きで巻き添えにしてしまっただけだ。

 ありもしない噂話も俺とエメラルドとコントルシーの……

 ふと思い出した。


「そういえば、君はコントルシー家の嫡男とは仲が良いのかい?」

「ぴゃい!? はわ、あわ、はい! わた私が伯爵家に、伯爵家に来る前からの友人です。うちの近くの教会に彼が寄付をしに来た時に知り合いました」

 教会に寄付。善人かコントルシー。

「あの……彼は悪い人じゃないんです……」

「ああ、先日のことならエメラルドも許していたし問題ないよ」

 嘘だ。エメラルドが許しても俺は許してない。許さん。決して許さん。

 しかしルビーはあからさまにホッとしていた。罪悪感が芽生える。


「良かったです。王太子殿下が心広い方で安心しました!」

 罪悪感……!

 愛らしい笑顔で丁寧な礼をすると「失礼します」と去って行った。

 罪悪感のせいで俺の顔は引きつっていたかもしれない。


 図書館で資料を借り、天気が良いので中庭で資料を読むことにした。

 一時間も経っていない間に色々疲れた。

 そのせいか、ちょうどいい日差しと気持ちよいそよ風を浴び、とても資料を読む気になれなかった。

 中庭のベンチに横になり仮眠をとることにする。行儀が悪いが、何を噂されようが今さらだ。我慢すればいい。


 最近、うまくいかない事ばかりだ。

 何がいけないんだ? 

 いや、エメラルドの……人の気持ちが……自分の思い通りにならないからとイライラするのは傲慢なことだ。

 分かってはいる。

 それでも、こんなにも自分が彼女の言動に、彼女の気持ちに振り回されるなんて思わなかった。

 こんなにも自分が彼女を好きだなんて知らなかった。

 今まで当たり前のように受け入れられていたから、あの緑の目が誰かを夢中で追いかけるなんて思ってもみなかった。


「ジャスパー様」

 彼女の顔が浮かぶ。

 艶のある黒髪、宝石のような瞳。白い肌、いつも笑顔で、時折少し困った顔をするのも可愛い。愛おしいと思う。

 真っ赤になって目を潤ませて、動揺したり慌てたり、困惑して震えたりしている姿を見ることになるとは思わなかった。あの姿が、俺が原因のものであったならどんなに良かったか。

「ジャスパー様?」

 抱きしめて匂いを嗅ぎながらキスしたい。

 いや、それだけじゃない、もっと、

「ジャスパー様! 困ります!」

「!」

 耳元で叫ばれて我に返る。


 ……

 ……あれ? 


 目の前にエメラルドがいた。


「……本物?」

「お目覚めですか? いくら暖かくても、こちらで眠るのはお体によろしくありませんわ」

 エメラルドだった。


 今、

 思い切り抱きしめて匂いを嗅いだ気がする……


 首を傾げている彼女を見ながら、自分の失態に気を失いそうだった。




エレスチャル(にっこり)


 エレスチャルは生活圏の違いもありますが、ジャスパーとは歳が離れているため接点がほぼありません。


※ルビーの台詞内のダブりは誤字ではなく仕様です。


 

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