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10 ジャスパー

 さて、王太子殿下のターンです。


 この物語はエメラルドとジャスパー、ふたりの視点で進みます。

「お?」

「!」

 廊下で出会ったのはサルファーだった。服装は上から下まで真っ黒で、長身なのでやたら威圧感がある。

 子供の頃はエメラルドたちと一緒に行動した者のひとりだが、粗野な言動がどうも自分と合わず、だんだん疎遠になっていった人物だった。


「これはこれは王太子殿下、ご機嫌麗しゅう」

「……久しいな、サルファー」

 嫌味な口調で挨拶され、あえて軽い口調で答える。彼は本来もっと口が悪い。顔をしかめたくなる程に。

「ああそれから、ご婚約おめでとうございます。メローがめでたいかはともかく、殿下にとってはおめでたいことでしょう」

 メローというのはエメラルドの愛称だ。俺は彼と疎遠になったが、彼女は今でも仲が良い。

 ……俺は愛称で呼ぶことをまだ許されていないんだが!


「先日彼女に会った時も、殿下より気になるものがあるようだったし」

「コントルシーの話はするな」

 あの男のことを思い出すと腸が煮えくり返る。

 サルファーは少し驚いた顔をした後ニヤリと笑った。

「何だ?」

「いや、面白いことになっていやがるなぁと思って」

「俺は全く面白くない」

 俺の不機嫌と正反対にサルファーは楽しそうだった。

 あまり王都にいないサルファーですらエメラルドとコントルシーのことを知っている様だ。ということは当然俺とルビーの噂も知っているだろう。ここ最近の噂は専ら俺たちだ。地位の高い貴族からは窘められ、父上や母上に苦笑いされ、俺の精神はガリガリと削られていた。

 誰にも相談できない。レーグルだって自分で何とかしろという態度だ。

 そんなところにこの気楽で楽しそうなサルファーだ。

 イライラしてしまう。彼は悪くない。立場が違うだけだ。

 それでも思い通りに行かない誰にも話せないイライラを俺は持て余していた。

 どこにいても、誰といてもイライラしている。


「何をそんなに苛立ってんだ?」

「何って、あの男、俺のエメラルドに」

「別にまだお前のじゃないだろ」

「まだ俺だってしたことないのに」

「何を?」

「何って手にキ……」

「……」

 咳ばらいでごまかそうとした瞬間、サルファーは吹き出した後大声で笑った。

 廊下を通り過ぎた人が何事かと振り返るほどだ。周りの目が痛い。


「サルファー、ちょっとこっちに入れ」

 慌ててすぐ横の部屋に入れる。ちょうど空室で助かった。

「いい加減に笑うのをやめろ」

「ああ、分かってきた。なるほどなるほど。三角じゃなくて四角なのか。ははは。で、そのコントルシーにはどこに行けば会えるんだ?」

「なぜだ?」

「なぜ? 俺はずっとメローが好きだった」

 大笑いしていたのが嘘のように真面目な声だった。


「親父が亡くなって領地に行くことになって、別れたくないが連れて行くのはメローの幸せにならない。そう思って諦めた。俺はメローの味方だよ。お前よりコントルシーってのの方がメローを幸せにできるなら俺はコントルシーを応援する」

「なんだと!」

「王太子ジャスパー、お前は本当にメローを幸せに出来るのか? 国の為に王妃にしたいだけじゃないのか?」

「違う!」

「王や王妃が気に入っている女だからだとか、見知っていて気兼ねしないからとかそういう理由じゃないのか?」

「違うっ!!」

 叫んだ所でドアがノックされた。


 サルファーがドアを薄く開けるとレーグルだった。

「失礼、廊下まで声が響いていたもので。殿下、何か問題でも?」

「いや……」

 俺はなんでもない、とドアを開け部屋を出ようとした瞬間固まった。


 廊下にいたのはレーグルだけじゃなかった。

 レーグルの後ろにコントルシーもいた。目が合うと優雅に会釈される。

 くそ! なんという失態! 舌打ちが出そうになるのを堪えた。

「誰だ?」

 そんな俺を見てサルファーがじろりとコントルシーを見る。

 サルファーはその威圧感のある目をさらに凄ませて睨んだ。長身で黒ずくめの金の目に睨まれるのは迫力ある。もっと睨んでやればいい。睨め睨め!


「ご挨拶が遅れました、辺境伯。私、マリウス・コントルシーと申しま」

「お前がコントルシーか!」

 コントルシーの語尾を聞かず睨みから一点喜色である。

 これは……どうする…どうなる?


 サルファーは不躾にコントルシーの全身をじろじろ見た後、さらに顔を近付けてあからさまにじろじろ見た。近い近い。コントルシーはそれほど長身じゃないので覆いかぶさる勢いだ。若干のけ反って避けている。

 これだけ失礼なことをされているのにその表情は、困惑程度で悪く思ってはいなそうだ。つまらん。


「辺境伯、いささか失礼かと」

 俺が黙って見ているとレーグルが注意した。

「失礼しましたサンヴァトル殿。ちょうど彼に会いたいと思っていたもので。えー、マリウス君、きみ、昼食は済んだかな? よければ俺の行きつけの店に行かないか?」

 さっきまでの威圧感が嘘のような笑顔だ。心の中で断るよう念じたが、コントルシーは「私でよろしければ」と答えていた。

 これは……あまり良くない展開では……?


「辺境伯、君は少し強引が過ぎる気がするな。私もご一緒していいかな?」

「レーグル!?」

 レーグルの言葉に耳を疑う。

「君が一緒に行くなら私は行かないが?」

 耳打ちされる。


 サルファーがコントルシーに何を話すのか、コントルシーが彼に何を話すのかはとても気になるし、さっき言っていたメローのことも気になる。

 しかし……この後の予定を考える。一時間ほどなら問題ないが……

「後で連絡する」

 迷っている間にレーグルにそう言われ三人を見送った。


 サルファーとコントルシーふたりきりにするよりはマシだが、あの三人で一番地位が高いのはサルファーだ。レーグルは侯爵家の人間だが本人に爵位はない。それに規律を重んじる人だ。サルファーに強く出ることはないだろう。いや、彼なら常識を外れれば止めてくれるだろうか。


 婚約パーティーの日から色々面倒な事がありすぎだ。

 しかしここで悩んでいても仕方がない。

 レーグルからいつ連絡が来ても話が聞けるようにさっさと仕事を終わらせよう。


 俺は予定通り、仕事に必要な資料を取りに図書館に向かう。

 



ちなみに図書館へ続く廊下です。

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