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第9話:雨の日は、骨が鳴る

その日――

 魔界には珍しく、雨が降っていた。

 しとしとと。

 冷たく、静かに。

 石造りの魔王城の壁を、細い水の筋が伝っていく。

 音が、少ない。

 だからこそ――

 やけに、目立った。

 キィィ……。

 ギギ……。

 軋むような、不快な音。

「……なんだこれ」

 廊下を歩いていたサトシは、足を止めた。

 視線の先。

 そこには――

 膝を抱えて座り込む、ガイコツ兵たちの姿。

 あちこちに。

 無数に。

「え、どうしたんですか!?」

 慌てて駆け寄る。

「サボり……じゃないですよね?」

「……違う……」

 一体が、ゆっくり顔を上げる。

 カチ、カチ、と歯が鳴る。

「……雨……」

 関節が、ぎこちなく動く。

「……骨が……錆びる……」

「錆びるんですか!?」

 衝撃の事実だった。

 確かに、よく見ると。

 関節の隙間に、じわりと湿気が溜まっている。

 動くたびに、嫌な音がする。

 キィィ……。

「うわ、完全に潤滑不足だ……」

「……動けない……」

「……任務……遂行……不能……」

 ガイコツ兵たちが、次々とその場に崩れ落ちていく。

 まるで、電池切れのおもちゃ。

「やばいじゃないですかこれ!」

「主任!」

 サトシは全力で遺失物管理センターへ駆け込んだ。

「ガイコツさんたちが全滅してます! 警備、ガラ空きです!」

「やれやれ」

 ベルは顔も上げない。

「湿気の日はいつもこうだ。オイル配布が面倒でね」

「対策あるならやってくださいよ!?」

 一拍。

 ベルがペンを止める。

「……そうだ」

 顔を上げた。

「サトシ君」

「はい!」

「“傘”を使え」

「傘?」

 数分後。

 廊下を走る、サトシの姿があった。

 ガラガラガラ……!!

 巨大なリヤカー。

 山積みの傘。

「みんなー! 傘です! これ使ってください!」

 ガイコツ兵たちが、ゆっくり顔を上げる。

「……傘……?」

「……雨……防げる……?」

「防げます! たぶん!」

 手当たり次第に配っていく。

 だが。

 ここで、サトシは気づいた。

(あれ……?)

 一本目。

 フリル。

 ピンク。

 過剰装飾。

「……あの」

 ガイコツ兵の手に渡ったそれは――

 フリフリのロリィタ日傘。

 二本目。

 クマ。

 耳付き。

 丸い持ち手。

 完全に子ども用。

 三本目。

 開いた瞬間――

 パァン!

 空中に浮かび上がる文字。

 『大好き♡』

「なんでこれが忘れ物になるんだよ!?」

 そう。

 ここは遺失物管理センター。

 集まるのは、“持ち主が諦めた傘”。

 つまり――

 クセが強すぎる。

 だが。

「……」

 ガイコツ兵が、そっと傘を開く。

 ふわり。

 ピンクのフリルが揺れる。

 雨粒が、弾かれる。

「……動ける……」

 ゆっくりと立ち上がる。

「……関節……軽い……」

 カチ、カチ、と音が――

 どこか、軽やかになる。

「……なんだか……」

 一歩、歩く。

「……心が……華やぐ……」

「精神に影響出てる!?」

 気づけば。

 廊下には――

 カラフルな傘の群れ。

 フリル。

 クマ。

 ハート。

 ラメ。

 そして。

 それを差した、無数のドクロ。

「前進……!」

「了解……!」

 整列。

 行進。

 カチカチと鳴る骨。

 ひらひら揺れるフリル。

 その光景は――

 もはや魔王軍ではなかった。

「幼稚園の遠足だこれ!!」

「……主任」

 サトシは遠い目で呟く。

「城の威厳が、ものすごい勢いで溶けていってます」

「問題ない」

 ベルは淡々と言った。

「機能は回復している」

「機能重視すぎません!?」

「風邪を引かれるよりマシだ」

「骨も風邪引くんですか!?」

「気分の問題だ」

「気分!?」

「ほら、あちらを見たまえ」

 ベルが窓の外を指す。

 サトシが視線を向ける。

 そして――固まった。

「……え」

 庭。

 水たまり。

 跳ねる水。

 そして。

「ははは! アヒ丸、もっとだ!」

 そこには。

 イチゴ柄のレインコートを着た魔王がいた。

 全力で。

 子どものように。

 水たまりを跳ねている。

「クワァァァ!!」

 アヒ丸が、神速で水しぶきを上げる。

 バシャァァァ!!

「楽しいぞアヒ丸!」

「クワッ!!」

 完全に、はしゃいでいた。

「……」

 サトシは、ゆっくりと空を見上げる。

 しとしと降る雨。

 手元には。

 支給された傘。

 ――カエルの目がついている。

「……この城」

 一呼吸。

「やっぱり僕がいなきゃダメだな」

 小さく、呟く。

「ツッコミ的な意味で」

 カエルの目が、じっとこちらを見ていた。

 その日。

 魔王城の警備は――

 かつてないほどカラフルで、

 かつてないほど可愛らしく、

 そして。

 かつてないほど、平和だった。

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