呪いのビデオ(再生機器がない)
――バンッ!!
「主任! 大変です、ついに“ガチでヤバい”落とし物が来ました!」
ルルが青い顔で飛び込んできた。
手にしているのは――一本のビデオテープ。
黒い。
重い。
そして、纏わりつくような“モヤ”。
表面には、血のような文字。
――『見たら死ぬ』
「……おお」
ベルが、ほんの少しだけ興味を示した。
「典型的な呪物だね。分かりやすくて助かる」
「助かるんですか!?」
サトシは一歩後ずさる。
「ゆ、勇者的に言うと“即封印案件”なんですけど!」
「勇者サトシ君」
ベルの視線が向く。
「心当たりは?」
「ないです!! ……あ、でも」
サトシの動きが止まる。
「昨日、古道具屋で“お買い得・福袋”を買ったんですけど……」
「ほう」
「その中から、カサカサした黒い箱が……」
「それだね」
「僕、呪いも当てるんですか!?」
「ある意味、引きが強い」
「嬉しくない!!」
ベルは、無造作にテープを手に取る。
その瞬間。
――ギギギギギ……
耳鳴りのような、歪んだ声。
空気が冷える。
照明が、一瞬だけ明滅した。
「うわあああ出たぁ!!」
「静かに」
ベルは無表情のまま、テープをひっくり返す。
「保存状態は良好だね。怨念のノイズも少ない」
「評価ポイントそこなんですか!?」
「よし、ルル」
ベルはテープを机に置いた。
「内容を確認しよう。モニターを準備してくれ」
「了解! ……と言いたいところなんだけど」
ルルの動きが止まる。
「主任。一つ、大きな問題があるよ」
「言ってみなさい」
ルルは、備品棚を指差した。
そこには――
最新の魔力駆動型テレビ。
水晶通信デバイス。
高速配信装置。
完璧な設備。
ただし。
「……差し込むとこ、ないねぇ」
「……」
「……」
沈黙。
「ビデオデッキが、ない?」
サトシが恐る恐る言う。
ルルは頷いた。
「去年のリフォームで全部処分したんだよね。今はみんな“魔界ネット配信(M-flix)”だから」
「そんな現代化の波ある!?」
机の上。
呪いのビデオが、じわりとモヤを強める。
――ゴゴゴゴゴ……
明らかに“やる気”を出している。
「ちょっと待って、これ再生されないと呪い発動しないやつですよね!?」
「その通りだね」
「じゃあ今……」
「ただのテープだ」
「弱っ!!」
モヤが、さらに膨れ上がる。
――ギィィィィ……
何かを訴えるように、震えている。
「……焦ってるねぇ」
ルルが興味深そうに覗き込む。
「呪いたいのに、再生できないって」
「現代社会の被害者じゃないですか」
「ルル」
ベルが淡々と言う。
「これ、MP4形式に変換できないか?」
「無理だよ主任」
即答だった。
「そもそもこれ、“怨念信号”で動いてるからね。アナログですらないよ」
「互換性ゼロか」
「変換アダプターも存在しない」
「詰んだね」
「詰んでますね」
机の上。
ビデオテープが、ぴたりと動きを止めた。
……理解したのだ。
自分が。
“再生されない存在”であることを。
「……仕方ない」
ベルは静かに立ち上がる。
「これは“歴史資料”として扱おう」
「分類それでいいんですか!?」
「呪いとしての機能は失われている。あとは文化的価値だけだ」
「文化!?」
数分後。
棚の最下段。
ひっそりと置かれるビデオテープ。
「サトシ君」
「はい……」
「磁石の近くには置かないように」
「呪いじゃなくてデータ保護!?」
「画質劣化は防ぎたいからね」
「優先順位おかしくないですか!?」
それから。
数日が経った。
誰も、そのテープを再生することはなかった。
モヤも、出ない。
音も、しない。
ただ、静かにそこにあるだけ。
かつて“死をもたらす存在”だったものは――
今や。
完全に。
“レトロ家電”として扱われていた。
ある夜。
巡回中のサトシが、ふと棚を見る。
「……」
ビデオテープ。
無言。
無反応。
「……なんか、ごめんな」
サトシは、ぽつりと呟いた。
その瞬間。
――カサッ。
ほんのわずかに、テープが動いた。
……気のせいかもしれない。
だが、その日を境に。
その呪いのビデオは――
二度と。
モヤを吹くことはなかった。




