第7話:魔界の健康診断は命がけ?
――ガシャン!
「えっ、クビですか!?」
サトシは皿を取り落としかけた。
朝一番。
遺失物管理センターで、ベルが放った一言の破壊力は絶大だった。
「違う」
即答。
「今日は魔王軍の『定期健康診断』の日だ。業務を一時停止し、医務室へ向かいなさい」
「健康診断……?」
サトシは安堵しかけて、首を傾げる。
「え、魔王軍ってそういうのあるんですか」
「ある。労働環境の改善は組織運営の基本だからね」
「意外とホワイト……」
「アルバイトの君も対象内だ」
「そこはちゃんとしてるんだ……」
一拍。
サトシの顔が曇る。
「……でも、魔族の健康診断って、人間が受けても大丈夫なんですか?」
ベルはペンを走らせたまま、答えた。
「問題ない。多少の個体差は誤差だ」
「誤差で済ませていい話ですかそれ?」
医務室。
扉を開けた瞬間――サトシは悟った。
(あ、これダメなやつだ)
白い。
やたらと白い。
だが清潔感というより、“異質な白さ”だった。
そして中央に――
「次の方ー」
いた。
白衣を着た、巨大な目玉。
筋肉質な体に、不釣り合いなほど大きな単眼。
サイクロプスの医者が、こちらを見ていた。
「ひっ……!」
「サトシ君。前へ」
「行きたくないです!!」
しかし背中を押される。
逃げ場なし。
「ではまず、胃の検査からいきましょう」
差し出された器。
中には――
グツグツと煮えたぎる、赤い液体。
「こちら、“溶岩のしずく(濃縮タイプ)”です」
「バリウムじゃないですよね!?」
「似たようなものです」
「どこが!?」
液体が泡立つたびに、小さく火花が弾ける。
「これを飲むことで、胃壁を一度焼き固め、内部の寄生虫を一掃します」
「その前に僕が一掃されます!!」
「おや」
医者は首を傾げた。
「人間には刺激が強いですか」
「強いとかいうレベルじゃないです!!」
「では、次へ」
「スキップできるんだ……」
「視力検査です」
案内された先。
そこにあったのは、見慣れた“C”の並びではなく――
空間に浮かぶ、歪んだ光。
色彩が、常識を逸脱している。
「こちらの“魔光波長”を読み取ってください」
「いや無理無理無理!!」
見た瞬間、頭がキンと痛む。
「長時間直視すると脳が溶ける可能性がありますので注意してください」
「注意で済む話じゃない!!」
サトシは秒速で目を逸らした。
「……判定:人間」
「当たり前ですよね!?」
「次、数値測定です」
最後の砦。
見た目は普通の体重計。
(これなら……!)
サトシは恐る恐る乗る。
ピピピッ――
機械音。
紙が、スルスルと吐き出される。
医者とベルが、それを覗き込み――
「……ほう」
「興味深いね」
「え、なに!? 怖い!」
サトシは震えながら結果を覗く。
だが読めない。
項目が謎すぎる。
「ベル主任」
医者が低く唸る。
「この個体、特異です」
「ど、どういう意味ですかそれ!?」
「魔力値はほぼゼロに近い」
「そこは知ってます!」
「だが――」
紙を指で叩く。
「『生存本能』と『ストレス耐性』の数値が、平均的なオークの三倍を超えている」
「……え?」
サトシ、停止。
ベルが静かに頷く。
「なるほど。日々の環境が影響しているね」
「環境?」
「聖剣を頻繁に紛失して絶望し」
「やめて」
「魔王様に怯えながら労働し」
「やめて」
「高速アヒルに追われ続ける」
「やめてくださいお願いします」
ベルは結論を出す。
「結果、精神が鋼のように鍛えられた」
「ブラック企業の理屈じゃないですかそれ!?」
医者は満足げに頷いた。
「素晴らしい。極めて健康的です」
「どこが!?」
最終診断。
紙が、サトシに手渡される。
『診断結果
・心身ともに極めて頑丈
・魔族基準でも優秀
・ただし――』
サトシはごくりと唾を飲む。
『頭脳:うっかり傾向あり(重度)』
「そこ太字にする必要あります!?」
「はい、お疲れ様でした」
医者がにこやかに言う。
「健康の証として、こちらをどうぞ」
渡されたのは――
禍々しい果実。
トゲ。
匂い。
圧倒的存在感。
「魔界特産、“精力増強・激辛ドリアン”です」
「絶対ヤバいやつ!!」
医務室を出た廊下。
サトシは、それを手に呆然と立ち尽くしていた。
「……健康って、何だろうな……」
ぽつり。
恐る恐る、かじる。
次の瞬間。
「ぐああああああああああああああ!!」
涙と汗と、よく分からない何かが一斉に噴き出した。
数分後。
何事もなかったかのように。
サトシは皿を洗っていた。
いつも通り。
完璧に。
無駄なく。
ピカピカに。
ただ一つ違うのは――
「……なんか今日、やたら元気だな僕……」
顔が、ほんのり赤い。
動きが、無駄にキレている。
そして遠くから。
ベルが静かに手帳を開く。
『勇者サトシ
・耐久性能:さらに向上
・食後効果:異常活性』
一行、追記。
『魔王軍への帰化率――四五パーセント』
ペンが止まる。
小さく、呟く。
「……時間の問題だね」




