第6話:拾った卵から、変なのが生まれた
遺失物管理センターの奥。
普段は誰も気に留めない棚の隅で――それは、静かに光っていた。
「……ねえ主任」
ルルがしゃがみ込み、指でつつく。
「これ、どう見ても“生もの”だよね?」
そこにあったのは、ラグビーボールほどの大きさの卵。
表面には複雑な魔導紋様が走り、淡く脈打つように発光している。
そして――
コトッ。
内側から、小さな音。
「……動いたねぇ」
「動きましたね」
ルルとベルが同時に呟く。
「またサトシ君の落とし物かな。ベルさん、確認してみてよ」
「確認済みだ」
ベルは書類をめくりながら淡々と言う。
「彼は昨日、『夕飯の買い出し中に、スーパーの袋から何かが転げ落ちた気がする』と供述している」
「供述なんだ」
「なお、スーパーにこのサイズの卵は存在しない」
「だよねぇ」
その時。
「え、あ、それ」
背後からひょこっと顔を出したサトシが、卵を見て指差した。
「僕のです」
「やっぱりか」
「道端で拾ったんです。なんか“レアっぽい”なって思って」
「で?」
「重かったんで、途中で無意識に捨てた……いや、置いたみたいで」
「それを世間では“紛失”と呼ぶんだよ、サトシ君」
ぴしっ。
その瞬間だった。
卵の表面に、細い亀裂が走る。
空気が、変わる。
「……来るよ、これ」
ルルの声が低くなる。
指先に、小さな爆炎が灯る。
「ドラゴンか、魔獣か、それとも――」
サトシも反射的に構える。
おろし金付き聖剣が、ギラリと光る。
「ちょ、ちょっと待って! 僕の拾い物なんだけど!?」
「なおさら危険だねぇ」
「なんで!?」
ピキッ――
パキッ――
そして。
パカンッ!!
勢いよく殻が弾け飛んだ。
一瞬の静寂。
全員の視線が、そこに集まる。
「…………」
「…………」
「…………」
そして。
「……クワッ?」
出てきたのは――
一羽の、白いアヒルだった。
つぶらな瞳。
ふわふわの羽。
そして――
やけに長い脚。
無駄に引き締まった筋肉。
妙に“完成された”立ち姿。
「……アヒル、ですね」
「アヒルだねぇ」
「アヒル……なのか?」
微妙な沈黙。
その空気を破ったのは――サトシだった。
「か、かわいい……かな?」
そっと指を伸ばす。
次の瞬間。
――シュバッ!!
風が裂けた。
「……え?」
アヒルが、消えた。
いや。
“速すぎて見えなかった”。
次の瞬間には――
ガガガガガガッ!!
棚の間を閃光のように駆け抜け、
トンッ!!
ルルの頭を踏み台にし、
「ちょっ」
ピッ!!
ベルの眼鏡を奪い取り、
「……は?」
スッ……
何事もなかったかのように、サトシの目の前に着地した。
くちばしには、しっかり眼鏡。
ここまで――
約、一秒。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
最初に口を開いたのは、サトシだった。
「は、速い……」
震える声。
「勇者の僕の動体視力でも……一切、見えなかった……」
「主任」
ルルが目を輝かせる。
「これ“神速のアヒル”だよ。絶対そう」
「分類としては、そうなるね」
ベルは無表情のまま、アヒルから眼鏡を回収する。
「伝書鳥としては最適解だ。捕まらない、届く、ついでに煽る」
「最後いらないよね?」
アヒルは胸を張る。
なぜか誇らしげだ。
「名前は『アヒ丸』でいい」
「雑!!」
「サトシ君」
ベルの視線が刺さる。
「今日から君の業務に、“アヒ丸の散歩”を追加する」
「え?」
「運動管理だ。暴走すると施設被害が出る」
「いや無理ですよ!? 今の見ました!?」
「ただし条件がある」
ベルは淡々と言う。
「君が“追いつけること”だ」
「無理ですって!!」
「追いつけなければ?」
「迷子になりますね」
「僕が!?」
アヒ丸が、くわっと鳴く。
――クワッ!
どこか楽しそうに。
サトシは、ゆっくりと後ずさった。
「これ……散歩させてるのか……」
ごくり、と唾を飲む。
「それとも……僕が散歩させられてるのか……?」
答えは出なかった。
こうして。
魔王城に、新たな存在が加わった。
神速で駆ける、謎のアヒル――アヒ丸。
そして勇者サトシは。
皿洗いに加え、
走る。
追う。
迷う。
という新たな業務を課されることになる。
その日以降。
魔王城の廊下では、こういう光景が頻繁に目撃されるようになった。
「待ってぇぇぇぇ!!」
「クワァァァ!!」
全力疾走する勇者と、
それを嘲笑うかのように駆けるアヒル。
――体力だけが、無駄に鍛えられていった。




