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第4話:魔王様のプライベート、流出の危機

――ギギィ……。

 遺失物管理センターの重厚な扉が、地下の静寂を引き裂くように開いた。

「……ベルよ。おるか」

 低く、よく通る声。

 現れたのは、禍々しい角と漆黒のマントを纏った巨躯――この城の主、魔王その人である。

 空気が、一瞬で“支配された”。

「おや、魔王様。わざわざこのような地下まで。珍しいですね」

 しかしベルは、書類から目も上げない。

 淡々。無感情。いつも通り。

 その隣で――

「ひぃっ……!」

 サトシは藁人形のトゲを抜く手を止め、全身を小刻みに震わせていた。

(で、出た……ラスボス……!)

 思わず棚の陰に滑り込む。

 勇者とは思えない速度だった。

「いや……その……」

 魔王が、咳払いを一つ。

「……大事な『手帳』を、どこかに落としてしまったようでな」

 沈黙。

 サトシは棚の陰で固まる。

(……え、手帳?)

「手帳、ですか。それなら」

 ベルがペン先で奥を指す。

「先ほど、ルルが廊下で拾ってきましたが」

「なに?」

 魔王の視線が動く。

 そして――固まった。

「わあ、魔王様ー!」

 そこには。

 黒い革張りの手帳を、全力で“楽しんでいる”ルルの姿があった。

「この『かっこいい決めポーズ集』の自撮り、すごくいいですね! このページ、特に好きです!」

「や、やめろルル!」

 魔王、即座に狼狽。

「それは、その……軍勢の士気向上のための、参考資料で――」

「この月をバックにマント翻してるやつ、めっちゃナルシスト感あって最高です!」

「褒めてるのか貶してるのかどっちだ!?」

 ルルはページをめくる。

 めくる。

 めくる。

「あ、これ日記だ」

「閉じろぉ!!」

 間に合わない。

「えーっと……『今日のご飯、オムライスが食べたいけど威厳的に言えない』……」

 沈黙。

「……かわいい」

「やめろぉぉぉぉ!!」

 魔王、絶叫。

 威厳、完全崩壊。

 棚の陰でサトシはそっと呟いた。

(あ、この人……仲間だ……)

 ――その時。

「困りましたね」

 ベルがようやく顔を上げた。

「実はその手帳、ルルが拾う前に一度、人間界の商人に目を付けられていまして」

 空気が変わる。

「……なに?」

「どうやら“売れる”と判断されたようです。現在、人間界のフリマ会場での出品準備が進んでいるとか」

 沈黙。

 魔王の顔から血の気が引く。

「余の……プライベートが……」

 震える声。

「世界に……?」

「はい。特に“オムライス”のくだりは、高値が付きそうですね」

「やめろ」

 魔王、膝から崩れ落ちる。

 ドン、と鈍い音が地下に響いた。

「ベルよ……どうすればいい……」

 完全に“弱い人”の声だった。

「余が動けば、余計に注目を浴びる……だが、あれが広まれば……余は……余は……」

「オムライス王になりますね」

「ならん!!」

 即答だった。

 ベルは淡々と頷く。

「ご安心ください。こういう時のために」

 す、と視線が動く。

「ちょうどいい人材を、確保しております」

 その先。

 棚の陰。

「……え?」

 サトシ、見つかる。

「サトシ君」

「はいぃっ!?」

「君が人間界のフリマ会場へ潜入し、魔王様の手帳を回収してきなさい」

「いやいやいやいや!!」

 即座に全力拒否。

「なんで僕!? もっとこう、強そうな人とかいるじゃないですか!」

「目立つから却下です」

「僕は目立たないから採用なんですか!?」

「はい」

 即答だった。

「成功報酬として、君の聖剣(おろし金付き)に装着する“特製カバー”を授けましょう」

「ただの布ですよねそれ!?」

「高級です」

「何が!?」

 ベルはすでに書類を書き始めている。

「なお、潜入資金および装備として、私のジャージを貸与します。経費で落としますので」

「ちょっと待ってください、そのジャージ嫌な予感しかしないんですけど!」

「あと交通費は自己負担で」

「ブラック!!」

 魔王が、ゆっくりと顔を上げた。

 そして――サトシを見る。

 その目は、必死だった。

「……頼む」

 静かに。

「余の……オムライスを、守ってくれ……」

「そこなんですか!?」

 こうして。

 魔王の威信と、

 乙女な秘密と、

 謎の自撮り集を守るための――

 極秘任務。

 『フリマ潜入作戦』が、

 この世で最も頼りない勇者に託された。


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