第2話:勇者サトシの「落とし物」電話
「はい、こちら魔王城・遺失物管理センター、ベルでございます」
ベルが受話器を取った瞬間——
向こう側から。
『ヒッ……!』
短く、鋭い悲鳴。
完全に“敵に繋がったときの声”だった。
「……回線は正常ですね」
事務的に確認するベル。
数秒の沈黙のあと、か細い声が戻ってくる。
『あ、あの……昨日はどうも。その、お忙しいところ恐縮なのですが……』
「はい、ご用件をどうぞ」
一拍。
「あ、勇者サトシ様ですね。声紋一致しました」
『えっ!? 声でバレてる!?』
「当センターではクレーム対策として全勇者の声を記録しております」
『怖いよ!?』
ベルはすでに台帳を開いている。
ページの一番上。
【聖剣(折損)/現在:漬物石として運用中】
ペンで書いたばかりの文字が、まだ乾いていない。
『えっと……昨日、そちらの玉座の間にお邪魔した際、その……“光る棒”というか……剣を……』
「はい、ゴミですね」
『違うよ!!?』
「失礼。“元・武器”ですね」
『言い方ァ!!』
ベルは冷静にページをめくる。
「確認いたします。黄金色で、途中から人生のように折れている剣」
『例えがつらい!! そうですそれです!!』
「ええ、確かに届いております」
間。
『あぁ……よかった……』
電話の向こうで、崩れ落ちる音。
『昨日それなくしたと思って……一睡もできなくて……』
「それは健康によろしくありませんね」
『いや原因そっちだからね!?』
ベルは淡々と続ける。
「ですがサトシ様。当センターの規約により——」
書類を一枚めくる音。
「遺失物の返還には『本人確認書類』『保管料』『着払い伝票』が必要です」
『保管料!?』
「はい。現在、“特殊保管扱い”となっておりますので」
『なにそれ!?』
「通常保管:棚に置く」
「特殊保管:大根の上に置く」
『やめてぇぇぇぇ!!?』
ベルは無慈悲に補足する。
「現在、かなりいい感じに漬かっております」
『進行状況報告いらない!!』
「なお、魔王城はホワイト企業化しておりますので、無償返還は禁止されております」
『魔王側がホワイトってどういうこと!?』
「残業ゼロです」
『世界観どうなってるの!?』
『じゃ、じゃあ今から取りに行きます!』
「おやめください」
即答。
「現在、正面玄関は外壁塗装中です」
『なんでそんな生活感あるの!?』
「魔王様が“見た目も大事”と」
『美容意識高いな!?』
「無断侵入は不法侵入扱いとなり、勇者ライセンスに傷がつきます」
『うっ……』
勇者、社会的に詰む。
『じゃあ……どうすれば……』
声が完全に弱る。
『あれ……おじいちゃんの代から伝わる聖剣で……まだローンも……』
「ローン」
ベルの手が止まる。
ほんの少しだけ、人間味が出た。
「……それは重いですね。物理的にも、経済的にも」
『うまいこと言わないで!!』
ベルは静かに提案する。
「方法が一つだけあります」
『……!』
「当センターの“臨時清掃員”として登録していただきます」
『は?』
「従業員証を発行いたしますので、それを提示して通用口から入場」
「その後、ご自身の遺失物と“合法的に再会”できます」
『いやそれって——』
「働け、ということです」
『やっぱりじゃん!!』
ベルはさらに淡々と追い打ちをかける。
「業務内容は簡単です」
「棚の埃取り」
「床のモップ掛け」
一拍。
「あと“大根の天地返し”」
『それ絶対メイン業務だよね!?』
「現在、最も重要な工程です」
『なに作ってんの!?』
ベルはさらっと爆弾を落とす。
「聖なる浅漬けです」
『食べ物にしてるぅぅぅ!!』
数秒の沈黙。
サトシの中で何かが戦っている。
誇り。尊厳。ローン。
『……ちなみに』
「はい」
『その浅漬け……美味しいんですか……?』
ベルは、ほんのわずかに間を置いた。
「……神を超えました」
『評価バグってる!!』
「福利厚生として、夕食に提供されます」
沈黙。
長い沈黙。
『……行きます』
決断の声。
『今すぐ行きます!!』
「ありがとうございます。では裏口にてお待ちしております」
ガチャ。
通話終了。
ベルは静かに受話器を置いた。
そして、台帳に一行書き加える。
【備考:勇者、労働により回収予定】
「主任」
ルルがひょこっと顔を出す。
「また人手増やしたの?」
「戦力ではない。労働力だ」
「言い方ひどいなぁ」
ベルは立ち上がる。
「さて。大根が呼んでいる」
「呼ばないよ!?」
その頃。
魔王城の裏口に——
全力疾走でやってくる勇者の姿があった。
「はぁ……はぁ……働けば……剣が……!」
こうして。
世界を救うはずだった勇者サトシは——
まず、自分の剣を救うために働くことになった。
なお、この選択が。
後に世界の食文化を破壊することになるとは、
この時、誰も知らなかった。




