第13話:迷子のちびっこ勇者
その日、魔王城の庭は――
いつも通り、平和だった。
アヒ丸が水路を爆走し、
魔王がそれを追いかけ、
サトシがそのさらに後ろを追いかけていた。
「待ってくださいアヒ丸ぅぅぅ!!」
「クワァァァ!!」
「ははは! 捕まえてみよ勇者よ!」
「なんで魔王様も参加してるんですか!?」
そんな、いつもの光景。
その“いつも”を壊したのは――
「……あの」
小さな声だった。
庭の端。
そこに、一人の子どもが立っていた。
人間の、男の子。
小さなリュックを背負い、不安そうに辺りを見回している。
「……え」
サトシが止まる。
「え、ちょっと待って。なんで人間の子どもがここにいるの!?」
「侵入者だねぇ」
ルルが軽く言う。
「いや軽く言う話じゃないですよね!?」
「おい、坊主」
魔王が一歩前に出る。
威圧感。
圧倒的存在。
「ここがどこか、分かっておるのか?」
子どもは、びくっと肩を震わせた。
だが。
「……まおうじょう、です」
はっきりと答える。
「ゆ、ゆうしゃになるために、きました」
沈黙。
「……え?」
サトシが固まる。
「ゆうしゃ?」
ルルが首を傾げる。
「こんなとこに?」
「はい!」
子どもは、きゅっと拳を握る。
「ぼく、つよくなって……まおうをたおして……」
一拍。
まっすぐ、サトシを見る。
「あなたみたいな、ゆうしゃになります!」
「僕!?」
サトシ、動揺。
「え、ちょっと待って、今の僕見てそう思った!?」
後ろでは魔王が普通に水たまりで遊んでいる。
状況、最悪だった。
「……主任」
サトシは小声で言う。
「これ、どうするんですか」
「基本的には、追い返す」
ベルが即答する。
「ここは子どもが来る場所ではない」
「ですよね」
「だが――」
ベルの視線が、子どもの手元に向いた。
「その持っているものは何だ」
「これ?」
子どもは、リュックから一枚の紙を取り出す。
「まおうじょうのちず!」
「えっ」
サトシの顔が引きつる。
紙が、広げられる。
そこには――
詳細すぎる地図。
廊下。
部屋。
構造。
そして。
「……ちょっと待って」
ベルの声が、低くなる。
「この印はなんだ」
「あ、それ?」
子どもは、無邪気に答える。
「かくしつうろ!」
沈黙。
完全な、沈黙。
「……ルル」
「うん」
「サトシ君」
「はい……」
「魔王様を安全な場所へ」
「急に!? なんで!?」
「この地図」
ベルの指が、紙を叩く。
「“正確すぎる”」
空気が、一変する。
「……え、そんなにですか?」
サトシが覗き込む。
そして。
「……うわ」
気づいた。
見覚えがある。
全部。
「これ、センターの裏通路……」
「こっちは厨房の搬入口……」
「え、これ魔王様の近道じゃ……」
冷や汗が流れる。
「ぼく、いっぱいしらべたんだ!」
子どもは誇らしげに言う。
「まちのひとが、“ここからはいれるよ”っておしえてくれて!」
「誰だそれぇぇぇぇ!!」
サトシ絶叫。
その時。
ドドドドド……!!
重い足音。
現れたのは――
鎧に身を包んだ、魔王軍の精鋭。
セキュリティ担当部隊。
「ベル主任!」
「どうした」
「侵入経路が特定されました!」
「だろうね」
冷静すぎる。
「ですが――」
隊長の顔が、青い。
「この地図に記載されている経路……すべて一致しています」
「うん」
「隠し通路まで、完全に把握されています」
「うん」
「どういうことですかこれ!?」
「情報漏洩だね」
即答だった。
「え、僕のせいですか!?」
サトシがなぜか焦る。
「君は何もしていない」
「よかった……」
「だが、この城の“誰か”はやっている」
「よくない!!」
「ねえねえ」
子どもが袖を引く。
「ゆうしゃって、どうやったらなれるの?」
「え?」
サトシはしゃがみ込む。
目線を合わせる。
少し、考える。
そして。
「……まずはね」
一拍。
「ちゃんと“帰ること”かな」
「え?」
「ここ、危ないから」
笑う。
「僕みたいになっちゃうよ?」
「それはそれで楽しそう!」
「やめて!?」
その後。
子どもは、無事に城の外へと送り届けられた。
最後まで、笑顔で手を振りながら。
「またくるねー!」
「来ちゃダメぇぇぇ!!」
静寂。
残されたのは――
重い空気。
「……主任」
セキュリティ隊長が言う。
「どう対処を」
「全面見直しだね」
「ですよね」
「あと」
ベルは手帳を開く。
「情報源の特定」
「最優先で」
そして、ぽつり。
「……あの子、どうやってあの地図を?」
誰も、答えられなかった。
その夜。
ベルの手帳に、新たな記録が加えられる。
『勇者サトシ
・対子供対応:良好
・危機察知能力:やや不足
・責任感:微増』
一行、強く書き込まれる。
『魔王城セキュリティ――重大な欠陥あり』
そして。
『魔王軍への帰化率――六〇パーセント』
ページが、ゆっくりと閉じられた。




