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魔王軍の落とし物係 〜勇者が忘れていった伝説の剣(折れ)〜  作者: 白兎 ななせ
第2部:広がる忘れ物の輪と魔界の休日
11/14

第11話:忘れられた「ラブレター」

それは、ひどく場違いなものだった。

 血塗られた呪物や、正体不明の魔導具が並ぶ棚の中に――

 一通の、白い封筒。

「……主任、これ」

 ルルがそれを摘み上げる。

「どう見ても“普通の手紙”なんだけど」

 封は丁寧に閉じられている。

 ほんのりと、いい香り。

 そして宛名には――

『恐ろしい魔王様へ』

「……ほう」

 ベルの眉が、わずかに動いた。

「珍しいね。魔王様宛の遺失物か」

「しかも手紙だよ?」

 ルルは封筒をひらひらさせる。

「これってさ……もしかして」

 一拍。

「ラブレターじゃない?」

 沈黙。

 そして――

「……は?」

 サトシが固まった。

「ちょっと待ってください」

 サトシは慌てて口を挟む。

「魔王にラブレターってどういう状況ですか!? 命いくつあっても足りないですよ!?」

「いや、案外あり得る話だよ」

 ルルが楽しそうに言う。

「ほら、強くて、怖くて、でもちょっと抜けてるとこあるじゃん?」

「抜けてるとこは否定しないんですね!?」

「ギャップ萌えってやつだね」

「萌える対象なんですかあれ!?」

 ベルは封筒を軽く指で叩く。

「差出人は不明。だが、この書き出し……」

 ゆっくりと読み上げる。

「『あなたのことを思うと、胸がドキドキして夜も眠れません』」

「完全にラブレター!!」

「『その圧倒的な存在感に、私はいつも心を奪われています』」

「表現がガチすぎる!!」

 ルルの目がキラキラしていた。

「やばいねこれ。魔王様、モテ期来てるよ」

「来なくていいです!!」

「面白い」

 ベルは即断した。

「これは直接、魔王様に届けよう」

「えっ!?」

「本人確認は必要だ」

「絶対違う方向に話進んでますよね!?」

 数分後。

 謁見の間。

 重厚な扉が開く。

 中には――

 いつも通り、威厳たっぷりに玉座に座る魔王。

「……何用だ」

 低い声。

 空気が張り詰める。

「魔王様」

 ベルが一歩前に出る。

「遺失物として、こちらが届けられております」

 差し出される、白い封筒。

「……手紙?」

 魔王が受け取る。

 そして宛名を見る。

「『恐ろしい魔王様へ』……?」

 一拍。

「なんだこれは」

「ラブレターの可能性があります」

「なに?」

 空気が、止まった。

「ラブレターだと!?」

 魔王、立ち上がる。

 マントが翻る。

「余に……そのようなものが……?」

 わずかに声が揺れる。

「はい」

 ベルは冷静だった。

「内容からして、かなり好意的です」

「……ふむ」

 魔王は咳払いを一つ。

 妙に姿勢を正す。

「べ、別に動揺しておらぬが?」

「してますよね?」

「しておらぬ!!」

 ルルがニヤニヤしている。

「読んでみてよ魔王様ー」

「う、うむ……」

 魔王は封を切る。

 紙を開く。

 目を走らせる。

 そして――

「……む?」

 一行目。

「『きょうせんじょうをおくります』」

「……?」

 首を傾げる。

「二行目……『あなたのくびをとるため、いつでもいきます』」

「物騒!!」

 サトシが叫ぶ。

「三行目……『そのために、あなたのことをずっとみてます』」

「言い方ァ!!」

 ルルが吹き出した。

「これさ……」

 ベルが静かに言う。

「ラブレターではないね」

「ええ、違いますね」

「完全に挑戦状だね」

 沈黙。

 魔王が、ゆっくりと紙を見つめる。

 そして。

「……なんだこれは」

 低い声。

「誤字が多すぎる」

「そこ!?」

 サトシの心臓が跳ねた。

「“挑戦状”が“きょうせんじょう”になっておる……」

「かわいい誤字やめてください!!」

「文脈もおかしい……情緒が安定していない……」

「全部僕に刺さる!!」

 魔王は紙を折りたたむ。

 そして、静かに言った。

「……だが」

 一拍。

「悪くない」

「え?」

「“ずっと見ている”……か」

 少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 口元が緩む。

「熱意は、伝わった」

「ポジティブ解釈やめてください!!」

「差出人を探す必要がありますね」

 ベルが淡々と告げる。

「これは明確な敵対行為です」

「はい」

 サトシは、全力で目を逸らした。

 冷や汗が止まらない。

「……サトシ君」

「はい!?」

「何か、心当たりは?」

「ありません!!」

 即答。

 食い気味。

 不自然。

 その時。

 ルルが、ふと紙を裏返した。

「……あれ?」

「どうした」

「ここに名前書いてあるよ」

 全員の視線が集まる。

 そこには、小さく。

 震える字で。

『さとし』

 沈黙。

 完全なる、沈黙。

「……」

「……」

「……」

 サトシは、ゆっくりと顔を上げた。

「……あの」

 笑う。

 引きつった笑顔で。

「これ、同姓同名の別人じゃないですかね?」

「サトシ君」

 ベルが言った。

「筆跡が一致している」

「ですよねー!!」

 魔王が、ゆっくりと立ち上がる。

 影が落ちる。

「勇者よ」

「はいぃっ!!」

「これは、どういう意味だ」

「誤字です!!」

 即答。

「全部、誤字です!!」

「全部か!?」

「全部です!!」

 全力だった。

 沈黙。

 そして。

「……ふっ」

 魔王が、小さく笑った。

「よい」

「え?」

「そこまで必死に“想い”を伝えようとする姿勢……嫌いではない」

「だから違いますって!!」

 こうして。

 一通の手紙は――

 ラブレターとして誤解され、

 挑戦状として処理され、

 最終的には。

 「少し好感度が上がる」という、謎の結果を残した。

 その夜。

 ベルの手帳に、新たな一行が加えられる。

『勇者サトシ

・筆記能力:要改善

・交渉能力:壊滅的

・魔王好感度:微増(原因不明)』

 そして。

『魔王軍への帰化率――五〇パーセント』

 ページが、静かに閉じられた。


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