第11話:忘れられた「ラブレター」
それは、ひどく場違いなものだった。
血塗られた呪物や、正体不明の魔導具が並ぶ棚の中に――
一通の、白い封筒。
「……主任、これ」
ルルがそれを摘み上げる。
「どう見ても“普通の手紙”なんだけど」
封は丁寧に閉じられている。
ほんのりと、いい香り。
そして宛名には――
『恐ろしい魔王様へ』
「……ほう」
ベルの眉が、わずかに動いた。
「珍しいね。魔王様宛の遺失物か」
「しかも手紙だよ?」
ルルは封筒をひらひらさせる。
「これってさ……もしかして」
一拍。
「ラブレターじゃない?」
沈黙。
そして――
「……は?」
サトシが固まった。
「ちょっと待ってください」
サトシは慌てて口を挟む。
「魔王にラブレターってどういう状況ですか!? 命いくつあっても足りないですよ!?」
「いや、案外あり得る話だよ」
ルルが楽しそうに言う。
「ほら、強くて、怖くて、でもちょっと抜けてるとこあるじゃん?」
「抜けてるとこは否定しないんですね!?」
「ギャップ萌えってやつだね」
「萌える対象なんですかあれ!?」
ベルは封筒を軽く指で叩く。
「差出人は不明。だが、この書き出し……」
ゆっくりと読み上げる。
「『あなたのことを思うと、胸がドキドキして夜も眠れません』」
「完全にラブレター!!」
「『その圧倒的な存在感に、私はいつも心を奪われています』」
「表現がガチすぎる!!」
ルルの目がキラキラしていた。
「やばいねこれ。魔王様、モテ期来てるよ」
「来なくていいです!!」
「面白い」
ベルは即断した。
「これは直接、魔王様に届けよう」
「えっ!?」
「本人確認は必要だ」
「絶対違う方向に話進んでますよね!?」
数分後。
謁見の間。
重厚な扉が開く。
中には――
いつも通り、威厳たっぷりに玉座に座る魔王。
「……何用だ」
低い声。
空気が張り詰める。
「魔王様」
ベルが一歩前に出る。
「遺失物として、こちらが届けられております」
差し出される、白い封筒。
「……手紙?」
魔王が受け取る。
そして宛名を見る。
「『恐ろしい魔王様へ』……?」
一拍。
「なんだこれは」
「ラブレターの可能性があります」
「なに?」
空気が、止まった。
「ラブレターだと!?」
魔王、立ち上がる。
マントが翻る。
「余に……そのようなものが……?」
わずかに声が揺れる。
「はい」
ベルは冷静だった。
「内容からして、かなり好意的です」
「……ふむ」
魔王は咳払いを一つ。
妙に姿勢を正す。
「べ、別に動揺しておらぬが?」
「してますよね?」
「しておらぬ!!」
ルルがニヤニヤしている。
「読んでみてよ魔王様ー」
「う、うむ……」
魔王は封を切る。
紙を開く。
目を走らせる。
そして――
「……む?」
一行目。
「『きょうせんじょうをおくります』」
「……?」
首を傾げる。
「二行目……『あなたのくびをとるため、いつでもいきます』」
「物騒!!」
サトシが叫ぶ。
「三行目……『そのために、あなたのことをずっとみてます』」
「言い方ァ!!」
ルルが吹き出した。
「これさ……」
ベルが静かに言う。
「ラブレターではないね」
「ええ、違いますね」
「完全に挑戦状だね」
沈黙。
魔王が、ゆっくりと紙を見つめる。
そして。
「……なんだこれは」
低い声。
「誤字が多すぎる」
「そこ!?」
サトシの心臓が跳ねた。
「“挑戦状”が“きょうせんじょう”になっておる……」
「かわいい誤字やめてください!!」
「文脈もおかしい……情緒が安定していない……」
「全部僕に刺さる!!」
魔王は紙を折りたたむ。
そして、静かに言った。
「……だが」
一拍。
「悪くない」
「え?」
「“ずっと見ている”……か」
少しだけ。
ほんの少しだけ。
口元が緩む。
「熱意は、伝わった」
「ポジティブ解釈やめてください!!」
「差出人を探す必要がありますね」
ベルが淡々と告げる。
「これは明確な敵対行為です」
「はい」
サトシは、全力で目を逸らした。
冷や汗が止まらない。
「……サトシ君」
「はい!?」
「何か、心当たりは?」
「ありません!!」
即答。
食い気味。
不自然。
その時。
ルルが、ふと紙を裏返した。
「……あれ?」
「どうした」
「ここに名前書いてあるよ」
全員の視線が集まる。
そこには、小さく。
震える字で。
『さとし』
沈黙。
完全なる、沈黙。
「……」
「……」
「……」
サトシは、ゆっくりと顔を上げた。
「……あの」
笑う。
引きつった笑顔で。
「これ、同姓同名の別人じゃないですかね?」
「サトシ君」
ベルが言った。
「筆跡が一致している」
「ですよねー!!」
魔王が、ゆっくりと立ち上がる。
影が落ちる。
「勇者よ」
「はいぃっ!!」
「これは、どういう意味だ」
「誤字です!!」
即答。
「全部、誤字です!!」
「全部か!?」
「全部です!!」
全力だった。
沈黙。
そして。
「……ふっ」
魔王が、小さく笑った。
「よい」
「え?」
「そこまで必死に“想い”を伝えようとする姿勢……嫌いではない」
「だから違いますって!!」
こうして。
一通の手紙は――
ラブレターとして誤解され、
挑戦状として処理され、
最終的には。
「少し好感度が上がる」という、謎の結果を残した。
その夜。
ベルの手帳に、新たな一行が加えられる。
『勇者サトシ
・筆記能力:要改善
・交渉能力:壊滅的
・魔王好感度:微増(原因不明)』
そして。
『魔王軍への帰化率――五〇パーセント』
ページが、静かに閉じられた。




