リーナ3
緊急事態が発生した。
兄様に、気になる女性が現れた。
あのお兄様に、気になる異性が出来てしまった!
「クレア、シズク、トウリ、学園に通うくノ一部隊を使い、ミレイ・リンレイという騎士科の女生徒を調べ上げなさい! 情報なら何でも良いわ! 人柄から、幼少期の様子、好きな食べ物に嫌いな物、好みの異性、どのような人生を歩んで来たのか、徹底的に調べ上げなさい!」
「はっ!」
一大事だ。
これまで、一切異性に興味が無く、気になる異性を尋ねても「……いないな」で終わっていたのに、はっきりと名前を告げたのだ。
「問題が無ければ、婚約者になるよう父様から打診してもらいましょう。いえ、いっそのことリンレイ子爵を私の配下に加えて、言うことを聞かせる手も……。駄目ね、無理強いをすれば兄様が黙っていない。ここは正面から距離を縮めてもらって、告白の流れまで持って行くのはどうかしら? くノ一部隊で支援すれば、今月中には行けるのではないかしら? あなた達はどう思う?」
そう、横に並ぶメイド達に尋ねてみる。
「すべてはリーナ様の御心のままに」
「面倒だからって、そういう返事はやめてちょうだい。率直な意見が知りたいの」
この屋敷で働くメイドは、皆くノ一部隊である。
基本的に私の意見は肯定するのだけれど、意見を求める時は、こうして告げなければならない。
「……では、一個人の意見としてお聞き下さい。他人の恋路に入り込む奴は、馬に蹴られて死んじまえ。という言葉が思い浮かびました」
「貴重な意見をありがとう。でもこれは、世界の存亡にも関わる出来事。たとえ馬に蹴られようと、必ずやり遂げなければならないのよ」
そう、これは遊びではない。
ただの恋路でもない。
兄様が恋を知り、他者を愛しむ心が芽生えたら、この世界はこの先も平和が約束される。人類繁栄の為にも、これは成功させなければならない。
馬に蹴られる程度で済むのなら、いくらでも蹴られよう。
いや、やっぱり馬には蹴られたくないわね。
「他に意見は無い?」
「どこまで介入致しますか? ルーク様ならば、我らの存在を察知してもおかしくはありません。正直、怖いです」
「大丈夫よ、兄様はあなた達に興味が無いから。顔を覚えているかも怪しいわ。ああ安心して、くノ一部隊の証である紋章、これを持っていれば味方だと言い聞かせているから」
そう告げると、複雑そうな顔をしながらも安堵していた。
くノ一の紋章。
それは、クナイの形をした小さなアクセサリー。
私の魔力を滲ませており、複製したとしても本物かどうか見分けられる。
この紋章をどのような形であれ持っていれば、兄様に間違って殺される心配は無い。
「やはり、婚約という手段は取っておいた方がよろしいのではないですか? 恋愛のスパイスにもなりますし、デートに誘う口実にもなります」
「そうね、婚約する方向で話を進めましょう。破談になっても、兄様は気にしないでしょう。では、ストロング伯爵より縁談を持ち掛けてもらいます」
良い案ね。そう思ったけど、他のメイドからある指摘が上がる。
「あの、ミレイさんには、すでに婚約者がいたはずです」
「……それを先に言いなさい」
これまでの話が、全て無駄になってしまった。
それにしても、婚約者は騎士科に所属するのを許しているのだろうか?
あそこは、女だからといって優しくしてくれる場所ではない。
生きるか死ぬかの戦いを学ぶ場であり、怪我一つなく終われるほど優しくはない。
「もしかして、仲は良くないのかしら? その婚約者というのはどなた?」
「特別科三年のアスト・サモントさんです」
「サモント……」
その名を聞いて、ココを見てしまう。
ココは相変わらず、不死鳥のククと遊んでいる。そろそろ、教育を始めるべきだろう。
なんてのは今は良いとして、サモントは召喚師の家系の名だ。
そして、アストは三世代に一人の召喚師でもある。
「どうして召喚師の家が…………ミレイさんには、召喚師の資質がある?」
そればかりは、直接会わなければ何とも言えない。
ただ少なくとも、サモントと一緒になっても幸せな結婚生活は望めないだろう。
「リーナ様、一つご提案が」
「なに?」
「ミレイさん略奪作戦なのですが、やはりここは力を見せ付けて、無理矢理押し倒すくらいのことはやるべ……」
「あなたは何を言っているの?」
「お気に召しませんでしたか? では、運命の出会いを演出する方法はいかがでしょう? 暴漢役は、冒険者の知り合いに頼めばやってくれます。懸念材料はルーク様に殺されないかですが、話を合わせてもらえたらと……」
「だから、さっきから何を……」
困惑していると、また別のメイドから意見が上がる。
「リーナ様、私めのプランは、ルーク様のルックスを活かした正攻法で勝負を仕掛る方法です。ミレイさんは鍛えてはいますが、ごく普通の女性です。ならば、その感性も普通のはず。ここで、ルーク様の中で唯一まともな顔を全面的に出して行くべきなんです!」
「あなた達、馬に蹴られてとか言ってたのに、思いっきり楽しんでいるわね」
「そんな滅相もない。これもルーク様には上手く行ってもらいたいと、我らくノ一部隊の総意で御座います」
「本音は?」
「他人の恋路は最高の娯楽です」
満面の笑みを浮かべるメイド一同。
何も分かっていないココは、眠そうにベッドに潜り込んで行った。
「まったく、主人の兄に向かってなんてことを言うの……」
とはいえ、娯楽というのには同意する。
「では、上手く行った暁には、皆にボーナスを出しましょう! 有給も二日追加! 更に、ミレイさんの情報収集後に恋愛プランを募集します。これに採用された者には、金貨百枚に加えて、有給五日間もプレゼント致したましょう‼︎」
「きゃー!」
メイド達から嬉しそうな歓声が上がる。
どうせ楽しむのなら、みんなで徹底的に楽しもう。
こうして、兄様の恋愛作戦は立ち上がったのだけれど、ある事件が発生してしまった。




