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【ルーク・ストロング、アンドレア・カーニバル、アブロ・マンドラ、セリア・ノルドの四名は、翌週に行われる騎士科の演習に参加すること。】
模擬戦があった翌日に通達があった。
騎士科の演習では、郊外の森で魔物との実戦がある。
一月に一度、周辺の魔物の間引きを目的にも計画されている。
これは地域の安定にも必要な演習、なのだと以前の授業で習った覚えがある。
「……ルークって強かったんだね」
隣に立つジールが呟く。
「たまたまだ。苦し紛れに腕を掴んだら、相手が一回転しただけだ」
「うーん……苦しいね」
「……そうか」
実力は隠して生きて行く、発揮するのは忍び装束の時のみ。
このルールは絶対であり、違えることはない。
模擬戦でも大した力を発揮していないのだが、それでも十分過ぎる成果を出してしまった。
「……なんだか……つまらないな」
模擬戦が終了すると、セガール様や騎士科の生徒達から称賛された。
それが、とてもつまらなかった。
前回の追試で得た達成感の方が、よほど素晴らしい感動を与えてくれた。
元々持っている物と、努力で得た成果は、これほどまでに得られる物が違うのかと思ってしまう。
◯
「そうですか。確かに、努力で得た物は素晴らしいと思います。ですが、追試の予想問題を作ったのは私なので、兄様の達成感はかなり間違っていますね」
「いや、リーナが作ってくれた問題文と回答を必死に覚えたんだ。これも立派な努力だろう」
今はリーナに呼び出されて、屋敷にお邪魔している。
リーナの近くで、頭に小鳥を乗せた獣人の子供が遊んでいるが、まあ気にする必要は無いだろう。
紅茶が提供されて、早速学園での出来事を話たのだが、リーナに否定されてしまう。
「ならば、次は兄様の力で赤点を回避なさって下さい」
「ああ、そのつもりだ」
話は終わったと椅子から立ち上がる。
「お待ち下さい、まだ何も話ていません」
「今ので終わりじゃないのか?」
「それは兄様の話でしょう、次は私の番です」
そう言われて、再び椅子に座る。
リーナは紅茶を啜ると、目を細めて俺を見た。
「兄様、お師匠様が決められたルールは守っていますか?」
「当然だ。今回の出来事で、師匠の言葉が正しかったのだと実感した」
「ならば良いのです。ですが、今回騎士科の生徒をを倒したことで、兄様は目立ってしまいました。これは忍者としてあるまじき行為です」
「なっ⁉︎ なんだと……騎士科を倒すことがか……」
「違います。目立つことがです。これまで上手く立ち回り、忍者という存在が露見することはありませんでした。ですが、兄様自身が目立ってしまっては、姿を現した時に看破される恐れがあります」
「何? 忍び装束を着ていてもか?」
「ええ、ロイヤルガードの中には、変装を見破るのを得意とする者がいます。彼女の目は、特殊な魔眼です。たとえ顔を隠していようと、兄様だとバレるでしょう」
「そんなの能力を持った者がいるのか? ……ところで、どうしてリーナが知っているんだ?」
「その彼女と会ったからです」
「そうか、リーナは誤魔化せたのか?」
「え? 私は別に変装していませんけど」
「そうか、力まで見破られるわけではないんだな」
「ええ、そこまで万能な力ではありません。遠方を見るのと、透過するだけです」
「そうか……先に消すという選択は?」
「ありません、彼女は善人なので」
「そうか」
憂を排除出来ないかと考えたが、それは不可能なようだ。
残念ではあるが、善人ならば良し。その彼女というのは、生かすべき人物なのだから。
「そういえば、今度騎士科の演習に同行することになったんだが、セリア・ノルドという人物は知っているか?」
あの中に、知らない人物の名前があった。
通達があった名前は、あの日模擬戦で活躍した人物のはずだ。だが、そこにセリア・ノルドなる人物はいなかった。
「セリアさんですか……」
「なんだ? 何かあったのか?」
「いえ、どうにも彼女、私をセガール殿下の婚約者だと思っているようなんです」
「…………リーナは婚約してたのか?」
「していません。これまで、全てを断っているんです。たとえ王族であろうと、受けるつもりはありません」
それは大丈夫なのかと思うが、俺も婚約者はいないのでそんな物なのだろう。
俺も、いずれは誰かと婚約して結ばれるのだろうか?
「……無いな、想像出来ん」
「どうかなさいました?」
「いや、俺が誰かと結婚する姿が想像が出来なくてな」
「まあ……、確かに想像出来ませんね。いざとなれば、くノ一部隊の誰かしら娶ればよろしい」
リーナがそう告げると、並んでいたメイド達がビクッと震えた。
「まあ、冗談ですけどね。兄様には、気になる方はいないのですか?」
「気になる? 気になるか……ジールだな、あいつがどうして実力を隠しているのか気になる」
「いえ、そうではなく、異性ではいませんか?」
「異性か……」
俺に異性の知り合いは少ない。
リーナの配下であるくノ一部隊は知り合いではあるが、それは妹の配下として知っているだけだ。俺は、その顔も名前もほとんど覚えていない。
とてもではないが、知り合いとは言えないだろう。
じゃあと考えて、アンドレア様の顔が浮かぶが、彼女は兄上の婚約者でいずれは身内になる存在。知り合いとは少し違う気がする。
「あの……そこまで真剣に悩まなくてもいいですよ……。尋ねただけですから……」
リーナを無視して、更に考えてみる。
すると、一人だけ思い浮かんだ。
「ああ、いたな。ミレイ嬢だ」
騎士科との模擬戦で相手になった人物。
手合わせをしたのなら、十分に知り合いと呼べる範囲だろう。
「まあ⁉︎ まあまあまあまあ⁉︎ それはまた良いことです‼︎ 兄様も異性に興味があるのですね‼︎ クレア、直ぐに調べてちょうだい‼︎」
「はっ、はい!」
いつもは動じないメイドが、驚いた表情を浮かべて出て行ってしまった。
何をそんなに焦っているのだろうか?
「ふふふっ、なんだか楽しいことになりそうですね」
「何を言っているんだ? 話が終わりなら帰らせてもらうが良いか?」
「あっ、お待ちを。来週の演習には、忍び装束を収めた腕輪を持って行って下さい」
「何故? 正体がバレると言っていたではないか」
「念の為です。先ほど名前が上がったセリアさんなのですが、『今度の演習でイベント』と呟いていましたので、もしや何か企んでいるやも知れません」
「そいつは悪人なのか?」
ならば殺せばいい。だが、返答は否定だった。
「そうではないのですが、どうにも不気味で……。身分の高い男性の元に行く以外、何もしていないのに、自信に満ち溢れてるのです」
「リーナがそう感じるのであれば、そうなのだろう。極力接触は避けた方が良さそうか?」
「はい。……もし不穏な動きをするようなら、兄様の判断で対処願います」
「ああ、分かった」
これでようやく話は終わりだと椅子から立ち上がる。
その足で部屋を出ようとして、一つだけ気になることが出て来た。
「そういえば、どうしてロイヤルガードの情報を持っているんだ」
ロイヤルガードは騎士の中でも最上位の存在だ。
個人情報に関しては、様々なガードが施されていると思っていた。だが、それをリーナは知っている。
だから質問したのだが、リーナは驚いた表情を浮かべて俺を見る。
「申し訳ありません、報告しておりませんでした」
「報告?」
「はい、一昨年前よりロイヤルガードに任命されております」
「…………リーナが?」
「はい、私が」
「…………」
リーナがロイヤルガードになったことを、少しだけ考えてみる。
考えてみたのだが、どうにも腑に落ちない。
「どうかなさいましたか?」
「いや、権力には興味無いと思っていたからな。結構驚いている」
「兄様、何事にも力は必要なんですよ。権力も財力も武力も全て揃わなければ、人の世では出来ないことがあるんです」
「……そうだな……それもそうか」
俺よりも広い視野を持っているリーナだ。
きっと素晴らしいことをやってくれるのだろう。
「あっ、公表は学園卒業後を予定されていますので、誰にも話さないで下さいね」
「ああ」
頷いて、今度こそ屋敷を後にした。




