リーナ1
星が落ちて来たあの日、私の人生は一変した。
どこまでも強く、どこまでも賢く、どこまでもカッコいい兄様は、私達とはかけ離れた存在なのだと、幼いながらに理解していた。
きっと兄様は、一人でどこかに行ってしまう。
そんな予感がずっとしていた。
いなくならないで欲しい。
ずっと側にいて欲しい。
そう思っていたからか、突然走り出した兄様を必死に追い掛けていた。
星が落ちて来る。
とても信じられない光景に恐怖して、震えて動けなくなってしまう。
そんな私に、兄様は優しく声を掛けてくれる。
「大丈夫だよ、僕が何とかするから」
星に向かって手を伸ばす兄様。
その姿がとても美しくて、心が奪われてしまう。
しかし、そこから現れた魔法陣を見て、どうしようもない不安に駆り立てられる。
「兄様……?」
視認出来るほどの膨大な魔力が溢れ出す。
知識の無い子供だった私でも、それは危険な行為だと直感的に理解した。
兄様が死んでしまう。
でも、止める術を知らない。
私は見ていることしか出来なかった。
誰か兄様を止めて! と必死に願いながら、ただ眺めていることしか出来なかった。
でも、この願いが届いたのか、奇跡が起きる。
「ったく、ガキに命を懸けさせんなよ」
いつの間にか、男の人が兄様の隣に立っていた。
その人は、兄様の魔法陣を霧散させて、この世で一番美しい光で星を消滅させてしまった。
何をやっているのか理解出来なかったけれど、とりあえず助かったのは理解出来た。
男の人は、半蔵さんと名乗り、後にお師匠様と呼ぶようになる人だった。
◯
私はどこで間違えたのだろうか?
兄様がいなくなりそうで、「兄様と一緒がいい!」と連呼してしまったからだろうか?
お師匠様の力が私の中に流れ込んで来る。
最初は微弱で、それが何か分からなかったけれど、高純度の超絶な魔力なのだと後で判明した。
私の魔力は作り変えられ、通常の人では信じられないような魔術を使えるようになってしまった。
「リーナちゃん、寂しくなったら家に帰っていいからな。ちゃんと送ってあげるからな。だから無理するなよ」
「大丈夫です! 兄様も一緒だから平気です!」
無知な子供の言葉なのだから、お師匠様も無視して帰してくれても良かったのではないかと思う。
勉強と訓練の日々の中で、お師匠様から口酸っぱく言われたのは兄様のことだった。
「いいかリーナちゃん、ルークは普通の人とは違う。それは分かるな? 人の肉体だが、その魂は高次の存在だ。どれだけ人として生活しようとも、その価値観は乖離する。対話をしなければ、ルークは人を路傍の石と認識するようになるだろう。そうなると、人類滅亡の危機だ。ルークはあくまで世界を守る存在であって、人類に価値があるなんて認めちゃいない」
「? よく分かりません」
「だよなー!」
当時は分からなかった言葉の意味が、今ならはっきりと分かる。
兄様は、人を殺すのを躊躇しない。
人に価値を見出していない。
ただ作業として悪人を殺す。
そこに後悔も達成感も無い。
唯一の救いは、理不尽に捕まっている人を助けることだろうか。それも、ルールに抵触すれば破棄される程度の物でしかないが……。
◯
「クレア、彼女を檻から出して上げなさい」
「はっ」
私が告げると、桃色の髪のメイドがどこからともなく現れ、短刀を手に檻に歩み寄る。そして、一息吐く間もなく鉄格子は切り払われた。
檻の中にいるのは、気を失った獣人の少女。
刻印を見るに、奴隷となってそう経っていない。
クレアは、獣人の少女を抱き抱えると私の下にやって来る。
「クロシア族の子ね、怪我も酷い……ヒール」
クロシア族は、黒猫の獣人族。
珍しい種族ではなく、この町にも数人いる。
どうして奴隷に落ちているのだろうか? そんな疑問が湧き起こるが、それよりも気になることがある。
「この子、魔力が多い……」
魔力の純度も高く、獣人にしては珍しいタイプだ。
優れた身体能力を持つ獣人は、身体強化の魔術を得意としている。というか、ほとんどそれしかしない。
それだけでも十分強く、過去には獣神ライアンと呼ばれる獅子族が、単騎で一国を滅ぼしたと伝えられている。
「んっ、んん〜〜……はっ⁉︎ 化け物⁉︎」
獣人の少女は目覚めると、クレアを掴みながら辺りを警戒する。
よほど怖い目に遭ったのだろう、その目はとても怯えていた。
「もう大丈夫よ、ここにあなたを傷付ける人はいないわ」
「黒い化け物⁉︎ あいつが来る⁉︎ みんな殺される⁉︎」
「……」
ああ、怯えているのはそっちなのね。
パニックになっている少女の頭を撫で、落ち着くよう促す。
「安心して、彼は敵じゃない。あなたを救いに来てくれたのよ」
「っ⁉︎ …………誰⁉︎」
「……どうやらまだ時間が必要なようね。クレア、この子に食事と入浴を、話はその後にします」
クレアは頭を下げると、獣人の子供を連れて屋敷に入る。
それを見届けると、私は取り残された檻に向かって手を伸ばす。
「この屋敷のオブジェには向かないわね」
手から力場を生み出し、檻を包み込むと一気に握り潰した。
小さな球体となったそれは、他のメイドがやって来て即座に回収してしまう。
この屋敷で働いているメイド達は、全て兄様が助け出した者達だ。
獣人の少女のように奴隷にされていた者から、無実の罪で犯罪者に仕立て上げられた女性。連れ去られた子や、食うに困って親から売られた子、貴族家から追い出された子、故郷を奪われた子達、錬金術師に人体実験にされていた子など様々な理由がある。
行き場を失った彼女達は、その場は救われたとしても、結末は全て同じだっただろう。
帰る場所が無く、頼れる肉親も友もいない。生きて行く為の力も金も知識も無い。全てが足りていない。
恵まれてしまった私が、そんな子達を見捨てられるだろうか?
出来るはずがない。
それに、お師匠様が去る時に、私に告げた言葉がある。
『力ってのは、所詮道具でしかない。それで何をするかによってそいつの価値が決まるんだ。ルークに、この価値観は理解出来ないかも知れないが、リーナちゃん君は違う。救うんだ。その力を最大限利用して、多くを救い導け。君にはそれが出来る力も資質もある』
子供になんてことを言っているのだろうかと神経を疑いたくなるが、お師匠様は私を信じてくれたのだ。
ならば、やって見せよう。
「とはいえ、まずは兄様のテスト対策ね」
居室に戻り、テストの予想と回答を記していった。




