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俺が追試を無事に乗り切ってから、メノウ学園はある話題で持ち切りになっていた。
「セガール殿下が、正式に勇者に任命されたんだって」
「教会も認めたらしいよ」
「やっぱりセガール殿下凄い!」
「誰が仲間になるのかな?」
「もう目ぼしい人には声を掛けているらしいよ。やっぱり、ベルモット様は欠かせないよな!」
「あとや騎士科のミレイとアンドレア様も間違いないんじゃないか? リーナ嬢だって選ばれているだろう!」
「いやいや、学生よりもロイヤルガードから選出されるでしょう」
などと、セガール様の勇者任命と誰が仲間になるのかで持ち切りになっていた。
こういう噂が大好きなはずのジールだが、
「大丈夫かジール、顔色悪いが?」
「あはは、大丈夫だから気にしないで……」
元気が無く塞ぎ込んでいた。
元気が無い理由は、リーナから聞いて知っている。
そんなに嫌なら断ればいい。そう言ってやりたいが、まだ表に出てない情報を出すべきではないだろう。
それに、ジールは平民だ。貴族からの誘いは断れないだろう。
まあ、悪いことばかりではない。もし王族と親しくなり、魔王討伐という功績を上げれば、将来貴族位を得てもおかしくはない。
それも死んでしまったら意味は無いが、リーナが人員を送り込んでいる以上、その心配も無いだろう。
「ジール」
「なに?」
「心配するな、きっと上手くいく」
「ごめん、何を言っているのか分かんないや」
ジールは困惑しているが、まあいい。それよりも、近付いて来た同級生の相手をしよう。
「おい落ちこぼれ。貴様、まさか選ばれたりしていないよなぁ?」
マブロが取り巻きを連れてやって来る。選ばれたというのが、何を指し示しているのか聞くまでもない。
「いや、俺は選ばれていない。マブロはどうだ?」
「ちっ‼︎ 落ちこぼれが質問してんじゃねーよ‼︎ マグレで善戦したくらいで調子に乗んなよ‼︎」
「ああ、大丈夫だ。俺は調子に乗ったりしない。それより、どうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?」
明らかに、いつもより怒っている。俺を侮蔑した目で見ていても、怒りを宿した目で見て来ることは滅多になかった。
だから聞いたのだが、どうやらマブロはそれが気に入らなかったらしい。
俺の胸ぐらを掴んで、顔を近付けて来る。
「そういう所が気に入らないんだよ! 何澄ました顔してんだ、落ちこぼれなら落ちこぼれらしく下向いて黙ってろよ‼︎」
「それは出来ない。何故なら、下を向いては相手の意思が見えないからだ」
「テメー‼︎ また馬鹿にして‼︎」
拳を振りかぶるマブロだが、以前と同じように取り巻きが止める。
「待って下さい! こいつ、マジでそう思って言ってます!」
「まともに相手しないで下さい! メンタル持ちませんよ!」
酷い言われようである。
事実を告げただけだというのに、まさかここまで言われるとは思っていなかった。
とはいえ、マブロに不快な思いをさせてしまったのも事実。誠心誠意謝罪しなければならないだろう。
「すまない。単に、マブロが追い詰められているように見えたんだ。他意は無かった。どうか、謝罪を受け入れて欲しい」
頭を下げてマブロの反応を待つ。
「……くっ⁉︎」
マブロは動きを止めて、怒りで震えていた。
しかし、その怒りの向け先は俺ではない。もっと別の、不確かな誰かに向けられているようだった。
「貴様に何が分かる‼︎ 優秀な兄と妹がいる貴様にっ⁉︎ くそっ‼︎」
悪態を放ったマブロは、途中で失言に気付き悔しそうに去って行った。
一体何があったのだろうか?
「マブロ君、滅茶苦茶荒れてたね。何かあったのかな?」
同じことを思ったのか、ジールが尋ねて来る。
「何があったのかは知らないが、言ってくれたら相談くらい乗るのにな」
「それ、絶対本人の前で言わないでね。もっと怒らせるから」
何故かジールに止められてしまう。
どうやら俺が、誰かの相談に乗ると酷く怒らせてしまうと思われているようだ。
それはとても心外だ。
「そんなことはない。ジール、試しに何か相談してみてくれ」
「え? じゃあ、友達が変わり者なんだけど、どうしたら分かってくれるかな?」
「それは良く対話をするべきだ。一人一人違う意思を持って生きている。ならば、違う考え方や結論に至るのは当然だ。その意思のすり合わせこそが、人が他者と交流を深め、理解し合える方法だ。ジール、そういう友人とは、しっかりと話し合えばきっと分かってくれるはずだ」
「おお……、なんかまともなこと言ってる気がする。でも、当の本人には届いてなさそう」
どうやらジールの友人は、それほどまでに変わり者のようだ。
そんな会話をしていると、ジールが先生に呼ばれる。
「ジール、職員室まで来てくれ」
「あっ、はい! じゃあ、行って来るよ。マブロ君と喧嘩しないようにね」
「ああ、喧嘩なんて一度もしたことないから安心しろ」
「……凄い不安」
半眼で俺を見るジールは、再度促されて教室から出て行った。その直後に、アンドレア様がやって来る。
「ルーク、ジールはどんな様子?」
「これはアンドレア様。ジールは悩み事があるようですが、いつも通りです」
「そう、それならいいわ。戻って来たら、放課後私の所に来るよう伝えてくれない? 待ち合わせはそうね……リーナの研究室がいいかしら」
「ジールをですか?」
「ええそうよ。何か文句でもある?」
「いえ、ジールには伝えておきます」
ジールは嫌がるだろうが、アンドレア様の頼みを無碍には出来ない。何の用事か知らないが、まあ悪い話ではないだろう。
それにしても、リーナの研究室というのは何だろうか? もしや、この学園では有名な場所なのだろうか?
今度、リーナに聞いておこう。
戻って来たジールに伝言を伝えると、あからさまに嫌な顔をしていた。
◯
「アンドレア様、お呼びでしょうか?」
ジールは、アンドレア・カーニバルの下を訪れていた。
呼び出された場所には、アンドレアだけでなく学園始まって以来の天才、リーナ・ストロングがいた。
「ええ、待っていたわ。そこに座りなさい」
促されて席に着くのだけれど、ジールはどうにも居心地が悪くて逃げ出したくなった。
その理由は、リーナが不機嫌だからだ。
「あの、アンドレア様。せめて使う前には、連絡を入れていただけませんか?」
えっ、無許可で使ってるの? まさかの状況にジールは戦々恐々とする。
いくら研究室とはいえ、ここには女性しかいない空間。口枷の無い者が見れば、密会していたなどと噂を流されて、醜聞の類になってしまう。
そうなれば、アンドレアもリーナも立場が無くなり、平民であるジールは秘密裏に始末される恐れがある。
もちろん、反抗するし殺されるつもりも無いのだけれど、面倒な事態になるのは間違いない。
というより、予め許可を取るのが常識ではないだろうか。
「いいじゃない、ここじゃないと他の人に聞かれそうなのよ」
「……私が聞いてもいい内容なのですか?」
「ええ、リーナなら構わないわ。むしろ、貴方にこそ聞いておいて欲しいのよ」
「そっ、それなら、僕は聞かない方が良さそうですね。ははっ……じゃあ、失礼します」
絶対に面倒な話だと思い、ジールは席を立つ。
本来の立場からしたら、絶対に聞かなければならないのだろう。だが、平民という偽りの身分である以上、厄介ごとに巻き込まれるのは悪手でしかなかった。
情報なら、後で手に入れたらいい。
だから去ろうとしたのだが、それは許されなかった。
「待ちなさい、帝国のスパイさん」
「……え?」
何を言われたのか直ぐに理解出来なかった。きっと、和やかな日常に密偵としての感覚が鈍っていたのだろう。おかげで、即座に行動することが出来なかった。
「驚く必要は無いわ、カーニバル公爵家は情報を集めるのが得意なの。コーダイ帝国から何人紛れ込んでいるのか、全て把握済みよ」
「なっ⁉︎ 何をおっしゃっているんですか⁉︎ 僕がスパイ⁉︎ そんなわけ無いじゃないですか⁉︎」
全力で否定するが、アンドレアは澄ました顔で動じた様子は無い。
この情報が正解だと確信を持っているのだろう。
ジールは何とか否定しようと、言葉を続ける。
「ぼっ、僕がスパイなら勇者パーティに選ばれるわけないじゃないですか⁉︎ 僕が嫌々加わったのだって、アンドレア様も知っているでしょう⁉︎」
「ええ、知っていて見逃したのよ。魔王という人類共通の敵を相手にするんだもの、帝国にだって負担してもらわないと不公平でしょう?」
「はっ? え?」
驚き過ぎて言葉が出て来ない。そんなジールを無視して、アンドレアは言葉を続ける。
「ジール、リーナ、二人にお願いがあります。暴走するカーニバル公爵家を滅ぼして欲しい」
その言葉は、余りにも衝撃だった。




