リーナ9
魔王軍四天王のスカルビカンテの襲撃を受けて、メノウ大会は中止が発表された。
中止とはいっても、残り一試合と表彰だけだったので、かなりの不満が……出なかった。
魔王の復活。
魔王アスモデウスからの宣戦布告。
四天王スカルビカンテの圧倒的な力。
そして、突然現れた忍者なる存在と、神話でしか語られなかった神龍の顕現により、それどころではなくなってしまった。
神龍の姿は、遠くにある王都からも確認されており、教会側からも何が起こったのかと説明を求められている。
「かなりの騒動になってしまったわね」
「それも仕方ないかと。ルーク様が力を使われては、隠蔽するのも難しいですから」
報告書に目を通していると、クレアがお茶を出してくれる。
紅茶の香りが心を落ち着けてくれ、一口だけでも頭がスッキリする。
しかし、次の考えが浮かんでしまい、また元に戻ってしまう。
「セリアさんの話では、あそこで獅子王様が亡くなり、聖剣がセガール殿下に引き継がれる。私は四天王に連れ去られ、魔王の憑代に使われる。というシナリオだったみたいだけど、大きく外れてしまったわね……」
「当初の計画が台無しになってしまいましたね……」
はあっと二人でため息を吐く。
セリアさんの話を聞いて、私達は天空城を取りに行った。
新たな拠点にするというのもあるけれど、魔王の元に行くには天空城が必要不可欠という話を聞いたからだ。
コーダイ帝国より北にある山脈。
その最奥の祠に、魔王アスモデウスが封印されているという。
復活される前に、サクッと始末してしまおうと考えたのだけれど、残念ながらそこには何も無かった。
祠はあるのだけれど、もぬけの殻になっていたのだ。
何者かが移動させたとは考えられない。
あるとすれば、仮の肉体を手に入れ復活しているということだろう。
だからこそ、メノウ大会で四天王が誰を狙うのか見定め、強襲して魔王の居場所を聞き出すつもりだったのだ。
「まさか、兄様が怒るだなんてね……」
「あれには震えましたね」
兄様は怒らない。
別に感情が無いのではなく、単に怒る機会に恵まれなかった。
人や動物、魔族や魔物、魔王でさえも兄様に取って格下の存在だ。
何か嫌がらせをされたとしても、兄様からしたら幼子のいたずら程度にしか感じない。殴られたとしても、蚊に刺された程度にしか感じない。
そんな格下の存在に怒るはずがない。
兄様は否定するかもしれないけれど、これは事実だ。
見下しているとかではなく、これは自然なこと。
人の姿をした別の存在。
それが兄様なのだ。
対等に渡り合える神や魔神は、お師匠様の件もあり接触しようとしない。
唯一、対等に会話を出来るのは私だけ。
だから、兄様には誰か親しい人を見付けて欲しいと思っていた。
ミレイさんとの婚姻を計画したのも、その為だ。
「とはいえ、これは喜ばしいことでもある。兄様が怒るということは、何かに心を動かされていた証。それを踏んでしまった四天王には悪いけど、良い兆候だわ」
あれだけの騒動を起こさなかったらだけどね。
グッと手を握ると、少しだけ痛む。
傷は治っているのだけれど、まだ兄様の神力が残っていた。
「大丈夫ですか⁉︎」
どうやら顔に出ていたようで、クレアに心配される。
「ええ、兄様に治してもらったから大丈夫よ。あとは時間を掛けるしかないわね」
マリーベル様を庇った時に負った傷は、普通の回復魔術では治らなかった。私の魔術でも少しずつしか治らず、兄様にしか治せる物ではなかった。
「それにしても……」
兄様の神力がじわじわと馴染んで行き、私の力が強化されて行く。これは、お師匠様の魔力の影響。私は、誰かの魔力を取り込み、自分の物に出来るようになっていた。
「兄様は凄いわね」
「……」
残念ながら、クレアから同意を得られなかったけれど、凄いのには間違いない。
まあ、身内の自慢はそれくらいにして、次の問題だ。
「クレア、セリアさんとココを連れて来てちょうだい。二人にやってもらいたいことがあります」
「はっ」
私の手元には、セガール殿下が率いる勇者パーティの候補者リストがある。そこにはミレイさんやアンドレア様、アストにピスターブ、ジールにジック・プレットの名前が並び、ベルモット兄様の名前まである。
これらは、メノウ大会で活躍した者達だ。
各勢力のバランスを考えて、ベルモット兄様とジックさんは参加するだろう。ミレイさんとアンドレア様は、国の交渉次第。
あの戦いを見るに、セガール殿下との連携も取れているので、是非とも参加してもらいたい。その方が、アンドレア様の身の安全も向上する。
あとは、帝国のスパイであるジール。あの国がどう動くか把握する為にも、パーティには加わってもらう。
「お二人には、勇者パーティに参加してもらいます」
「え?」
「ほっ?」
やって来たセリアさんとココに告げる。
魔王がどこにいるのか分からなくなった以上、セガール殿下達が動いて誘き出してもらいたい。
「えっ私? もう私じゃなくて、他の人でも良くない?」
「まおうってなに?」
「何を言っているんですか? あんなノリノリで騎士科に取り入っていたのに、今更引き返せるわけないでしょう。あと魔王はね、害虫よ。パチンッて潰さないといけないの」
「うっ、そう言われると何も言い返せない」
「おお虫か! ココ虫好き!」
「残念だけれど、カッコいい虫じゃないの。ゴキブリみたいな奴よ」
「うえ、ココ、ゴキブリ嫌い」
ココは可愛いらしい顔を歪めている。
それに呼応するように、頭の上の小鳥が鳴き、肩に捕まるトカゲが舌を出し、足下にいる子犬がワンと鳴いた。
この三体は、ココ召喚獣だ。
セリアさんが言った通り、ココにはフェンリルとバハムートまで召喚する力があった。
これだけの力があれば、四天王くらいなら倒せるだろう。
「可能なら、くノ一部隊の誰かを参加させたかったのだけれど、ここで急に出て来ても警戒されてしまう。その点、騎士科と交流のあるセリアさんならば、参加しても問題ありません。ココは、私の弟子として加わってもらいます」
後は、教会側から人員を出すかどうかだろう。
「あの、参加するのはいいんだけど、リーナちゃんはどうするの? 正直、リーナちゃん一人いればゲームクリアしそうなんだけど……」
「私は、忍者対策を任されたので、国から動けなくなってしまいました」
そう、今回の騒動で最も警戒しなくてはならないのは魔王、ではなく忍者。
四天王を神龍召喚という理外の力で倒した。その上、以前に現れた別の四天王も倒している。警戒するなという方がおかしな話だ。
明確な人類の敵より、正体不明の存在の方が恐ろしい。
それは、どこの国でも同じことだろう。
「勇者パーティに参加してもらいますが、その目的は魔王の捜索です」
「えっ、コタール山脈にいるんじゃないの?」
「残念ですが、セリアさんから教えて貰った場所にはいませんでした。恐らく、すでに復活して力を溜めているものと思われます」
「それって、私のせい?」
前世の知識を出したせいで、改変されたと思っているのだろう。
「いえ、兄様の影響でしょう。龍将ヴェルダンドンがやられた時点で、動いていたと思われます。ここからは、知識にないイベントも発生すると考えておいて下さい」
人側も一枚岩でない以上、事態は複雑化するだろう。
「正式な決定は後日行われますので、それまでは自由にしてもらって結構です」
「はい」
「はーい」
二人は了承すると、部屋から退出した。
魔王はセガール殿下が討伐してくれるのが一番だけれど、情勢次第では私が出て始末する。
アメトラス王国は、まだ国王派が力を持っているからいいが、公爵派の動きが怪しくなって来ている。
以前、兄様に粛清してもらったウラギ男爵も公爵派だった。
盗賊行為で得た資金は公爵派に流れており、その金で勢力を拡大していたようだ。もちろん、それだけで十分な資金が賄えるはずもなく、別のルートからの資金流入を確認している。
そこには、他国からの物もあり、油断出来ない状態になっていた。
「潰すのは簡単。でも、それによる混乱と戦禍を考えると下手に手出し出来ないわね」
被害を無視すれば、力尽くで抑え込める。
だけど、それでは私の使命に反してしまう。
「多くを救うとは、こうも難しいものなのね……。教会派も法王が代わり、体制の見直しも行われるでしょう」
神龍の顕現により、教会側の動きが読めなくなってしまった。
神が干渉して来ることはないと思いたいが、その時は容赦するつもりはない。混乱を最小限に止める為に、私も全力を出そう。
兄様が参戦したら、まあ、復旧の準備を始めよう。
とりあえず、やれるのは情報収集と戦力の強化。
「クレア、隠れ里からの報告は?」
「天空城の各種機能の再起動は完了しております。搭乗型ゴーレムのテスト運行も開始しております。解析は完了しており、テスト結果次第で量産を開始する予定です。それに関わる問題として、ドワーフ族との交渉は締結しました。今後は技術の交流と、酒類の輸出を主として交流を図る予定です。ゴーレムの製造に関わってもらうかは、リーナ様に判断してもらいたいとのことです。次に、エルフ族との交渉は難航しております。先にダークエルフ族との交渉を進めて……」
情報を頭の中で整理しながら、指示を出す。
それにしても、天空城に眠っていたゴーレムの技術は嬉しい誤算だった。これは、くノ一部隊の戦力強化にも繋がる。
指示を出し終えると、次の資料を手に取る。
内容を見て、はぁっとため息が出た。
「参ったわね……」
「どうしたんですか?」
「これよ」
クレアに見せたのは、婚約の申し込み。
差出人はマリーベル様で、私とセガール殿下の婚約を進めようとしていた。
「……私、サクッとやって来ますね」
「やめなさい。ちゃんと父様を通じてお断りしておきます。それにしても、直接断ったというのに、何を考えているのかしら?」
マリーベル様は当初、私を危険視していたというのに、どういった心変わりだろうか。
私に、王家への忠誠心は無いと知っているというのに。
「まあ何にせよ、問題は山積みね……」
冷めてしまった紅茶を飲み、次の資料を手に取った。




