17
王妃様に続いて入ると、自然と視線が向かう者がいる。
それは国王陛下、ではない。その隣に立つ老齢の男性。
腰にある剣からは独特な魔力が漏れており、聖剣だと分かる。それを使う男性も、相応の力を持っているのが立ち姿から窺える。
視線が合うが、それを切って国王陛下に一礼する。
再び視線を向けることはなく、俺は歩いて行く。
ストロング伯爵であるオスカルド・ストロングは実直な男だ。だが、悪く言うのなら融通の効かない男でもある。
兄上はああ見えて、周りを見て最良の選択をしようとする。それは、既存のルールを変更することも辞さず、新たな可能性を生み出そうとする。
しかし父上は、決められたルールの上で判断をする。
「父上、お話があります」
「……ルーク、貴様を呼んだ覚えはないぞ。誰の許可で入って来た」
不機嫌そうな男が俺を睨む。
父上はがっしりとした体型をしており、白髪を首元で結んでいた。
「マリーベル様より中に入れていただきました。ミレイ・リンレイとの婚約についてお話しが御座います」
「話を許可した覚えは無いぞ」
それは、あなたが俺の話を聞こうとしないからだ。
無理矢理にでも、聞いてもらう。
「どうしてもお聞きしたいのです。ミレイとの婚約を、俺は未だに聞いておりません。この話は事実なのですか?」
そう、この後に及んでも、俺は実家から何も聞かされていない。
ミレイから話を聞いて、伺いの手紙を出したのだが、それすら未だに返事は返って来なかった。
それに、ミレイの手紙にはストロング伯爵家からの申し出とあったと記されていた。それなのに、当人である俺に知らせが無いというのは、一体どういう了見だろうか。
「それがどうした。子の婚姻を決めるのは親の義務、知った時点で再び知らせてどうする。意味のない行為に、時間を割けというのか?」
「意味ならあります。ミレイとの関係の構築、周囲への配慮など様々です。それに、俺達の心構えが出来ていません……」
「心構えなど不要だ。ルークとミレイ嬢は結ばれる。これは決定事項だからな」
「……」
横暴な言い分。とはいえ、父上の意見がおかしいかというとそうでもない。他の貴族の家も、婚約を直前まで本人に黙っている話はある。特に古い価値観のある親世代では、顕著に現れる。
貴族にとって、婚姻は他家との繋がりを強化する手段であり、恋だ愛だと喜ぶものではない。
「話はそれだけか?」
「いえ、ミレイとの婚約を破棄していただきたい」
俺が告げた瞬間、周囲から視線を集める。
「……なんだと?」
父上は俺を睨む。
反抗されて、不機嫌になったのだろう。ここで喋るのをやめれば、この人は話を聞こうとしない。
なので、一気に要件を告げる。
「先ほどの決闘により、俺はミレイを幸せにしなければなりません。ミレイの願いは俺との婚約を破棄し、ロイヤルガードになる為に集中することです。俺はこれを履行しなければならない。どうか、婚約を破棄する許可をいただきたい」
お願いします。そう言って頭を下げるが、父上からの反応は無い。
だからといって怒りに震えているというのでもなく、目頭を抑えながら考えていた。
「……貴様の意見は分かった。だが、許可はせん。以上だ」
「何故ですか? 理由をお聞きしたいのですが」
「自分で考えよ。ただな、はぁ〜……そうだ、貴様は昔からそうだったな。ミレイ嬢の幸福を願うのなら婚約破棄しないことだ。あとのことはリーナに聞け、私よりも適切に説明するだろう」
説明を放棄して、子に頼るというのはどういう了見だろうか。
でも、リーナの名前を聞いて、ある可能性を考えてしまった。
「父上、最後にお聞きしたいのですが、この婚約を提案したのは誰ですか?」
「リーナだ」
「分かりました。ありがとうございます」
どうして先に考えなかったのだろうか?
これまで婚約の話なんて来たことなかったのに、突然言い渡された。これには、何者かの意図を感じる。
それは誰か?
現在のストロング伯爵家では、父上に意見が出来て要求を飲ませられるのはリーナしかいない。
これは、兄上でも不可能な行為だ。
話すべきは父上ではなくリーナだった。
◯
「面白い話をしていたわね」
ここに入室する時に言われた通り、王妃様の下を訪れた。
「はい、これから妹と話をしなければなりません」
「リーナさんとは仲がいいのね」
「兄妹なので、仲は良い方だと思います」
「じゃあ、妹のことはよく知っているのね?」
「どうでしょうか、リーナは一人でいろいろとやっていますので、何をしているのか全ては知りません。今日も、初めて知ることがありましたので……」
「へえ、それはなに?」
「リーナは教員の席に座っていました。まさか、教師として教えているとは思いませんでした」
リーナの能力を知っているので、教鞭を取っていること自体に驚きは無い。だが、当たり前のように教員の席に座っているのには驚いた。
中年が多い中に、一人だけ子供がいたら普通に驚く。
「まあ、あの子は教えてくれないのね。兄妹だというのに冷たい。婚約もあの子の提案のようだけれど、どういう意図があってと考えているの?」
「分かりません。俺には、リーナが何を考えているのか想像出来ません。ただ……」
「ただ?」
「あいつは、俺が嫌がることはしません。リーナが何かをする時は、必ず理由があります」
「信用しているのね」
「はい、あいつほど頼りになる妹はいませんから」
師匠が去った以上、この世界で最も信用しているのはリーナだ。
同じ師匠を持ちながら、俺とは正反対の使命を渡された妹。
【多くを救え】
とてもではないが、俺にこの使命を果たすのは不可能だ。
人を本当の意味で理解出来ない俺では、どうすれば救いに繋がるのか分からないからだ。
今も多くを救う為に、リーナは頭を巡らせているだろう。
俺に出来るのは、あいつの指示に従うことくらいだ。
「でも、婚約を一方的に決められたのでしょう? 何か思うところは無いの?」
「あります。なので、これから文句を言いに行くつもりです」
信頼していても、それとこれとは話は別だ。
「ふふっ、文句は言ってもいいけど、婚約破棄しちゃダメよ」
「何故ですか?」
「ミレイさんの為よ。この短期間に二度も婚約を破棄しては、彼女の名誉を傷付けることになる。周囲は、ミレイさんにこそ問題があると考えて、縁談の話を持って来ることは無くなるでしょうね」
「しかし、ロイヤルガードになる為には枷になるのでは……」
「その程度が枷になるのなら、ミレイさんはロイヤルガードにはなれない。ロイヤルガードとは、どのような障害であろうと受け入れ、乗り越えて行く者こそが成れるの。それに、隣に誰かがいてくれるというのは、案外心強いものよ。あなたも分かるでしょう?」
「……そうですね、確かに誰かがいると安心します」
世界との繋がりが断ち切れた時、どうしようもないほどの孤独感に襲われた。それを乗り越えられたのは、師匠の存在が大きい。
それに、リーナも側にはいてくれて、とても安心出来た。
もしも一人だったら、俺はどうなっていただろうか?
そう考えると、少し怖くなった。
「分かったら、文句を言う前にミレイさんを支えて上げなさい。決闘で幸せにすると誓ったんでしょう?」
「はい、俺にやれることをやってみようと思います」
何が出来るのか、まだ分からないけれど、精一杯やってみよう。
ミレイがロイヤルガードになれるよう、尽力しよう。
「そう、頑張りなさい。……あっ、言うのが遅れたわね、決闘お見事でした。学生が召喚獣を倒せるとは思っていなかったわ」
「ありがとうございます」
「召喚獣の対策も完璧だったし、何が召喚されるか知っていたみたいね。誰かから聞いていたの?」
「いえ、あれくらいなら騎士科の生徒なら誰にでも出来たはずです」
「騎士科の子が怒りそうな言葉ね。あんなの、知識があっても相応の経験を積まなければ無理よ。もしくは、よほどの戦いの天才か……」
視線が父上に向けられるが、父上は無反応だ。
見られているのに気付いているが、敢えて無視しているのだろう。
「ストロングの名に恥じぬ強さ、血筋とは恐いものね……」
ストロング伯爵家は、武門の家として知られている。
貴族としての成り立ちが、戦で武勲を上げた功績により家をお越した。それから代を重ねるごとに武勲の数は増えて行き、今では伯爵まで上り詰めている。
そして、次期当主たる兄上は、公爵家より嫁をもらう。
この後の世代では、王族の誰かと婚姻を結んでもおかしくない所まで来ていた。
「学園を卒業したら、何をするのか決まってるの?」
「確定ではありませんが、兄上のお手伝いが出来たらと考えております」
「そう、ストロング家の騎士になるのね。あなたがいれば、ベルモット君も心強いでしょう」
「いえ、文官になり、領地の発展に寄与出来たらと考えております」
「えっ? ……あっ、ああ、武官ね。ごめんなさい、聞き間違えちゃった」
苦笑を浮かべる王妃様。
私も歳かしらと、ご自分のお耳をお疑いのようだ。
だが、間違ってはいない。
「いえ、文官です」
そう告げると、王妃様は口元を扇で隠した。
「……マジ?」
「はい」
王妃様の視線が、再び父上に向く、
父上は眉間に指を当てて、何やら悩んでいる様子だった。
「…………まあ、頑張りなさい」
「はい」
王妃様より励ましの言葉をもらった。
闘技場の方を見ると、チーム戦に参加していたマブロが勝利する所だった。




