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ジールは観客席から、友人の戦う姿を見ていた。
他の観客も、喋るのを忘れて闘技場で繰り広げられる決闘に見入っている。
多くの召喚獣を使役するアスト・サモント。
サラマンダー、シルフィード、ノーム、ウンディーネ。そのどれもが強力な召喚獣で、使う攻撃は全て上級魔術レベル。
一軍を相手にしても戦える戦力を持っており、普通に考えたら勝てるはずのない相手だ。
「ルーク……凄い」
それなのに友人は戦い続けており、召喚獣を次々と撃破して行く。
特別に優れた身体能力は持っていない。
使う魔術も下級だけ。
騎士科になら、いくらでもいるようなスペック。
いや、それ以上なんてゴロゴロいる。
だが、召喚獣を倒せるかというと、そう簡単な話ではない。
ルークは『騎士科の人達なら同じことが出来る』そう言っていたが、それは間違いだ。
圧倒的な存在である召喚獣を前にして、大抵の人は全力を出せない。
広範囲の攻撃を目の前にして、避けようなんて考えない。
召喚獣の弱点を見抜いて、的確に攻撃など加えられない。
神がかった状況判断能力。
普通のスペックしか持たない彼は、それを武器に戦い続けていた。
ジールは考える。
これと同じことが、僕には出来るか?
その回答は『出来る』だった。
コーダイ帝国で幼い頃からスパイとして育てられており、戦闘技術なら誰にも負けない自信がある。
状況判断能力も優秀で、今のルーク以上に戦えるという自負はある。
だが、
「どうして、こんなに長時間戦えるんだ……」
決闘が始まって四半刻。ルークはペースを落とさずに動き続けていた。
召喚獣の相手は、一度や二度ならジールにも可能だろう。しかし、これだけの継戦脳力は無い。精神が擦り切れて、どこかでミスをする。そこを飲み込まれて、負ける姿が容易に思い浮かぶ。
ジールは知らず知らずのうちに拳を握っていた。
自然と親しくなった変わった友人。
伯爵家の子であるにも関わらず、平民にも平等に接する変わった友人。
どんなに勉強しても、赤点ばかり取る残念な友人。
そんなルークが、ジールを熱くさせていた。
「この戦い、ルークの勝ちだ」
ジールは友人の勝利を確信する。
ジールだけではない、この戦いを見ていた誰もがそう思っていた。
しかし、そうはならなかった。
「参った」
闘技場の中央で、圧倒的に優勢だったはずのルークが負けを宣言した。
◯
「大地の記憶に残る英霊よ! 我が呼び声に応えて顕現せよ! いでよカーヴァンクル!」
次に現れたのは、額に宝石を埋めた獅子。エメラルド色の鱗と白い毛が美しく、尾にある棘から目が逸れてしまいそうになる。
あの棘には毒があるな。
気を付けるべきはそれだけで、対処は十分に可能と判断する。
「とはいえ、もう限界だな」
俺ではない、アストの魔力が残り少なくなっていて、肩で息をしていた。
召喚をしている間も魔力は消費しており、このままでは、あと数分で倒れてしまうだろう。
迫るカーヴァンクルの尾を避け、強烈な爪を盾で受けて大きく下がる。
更に足止めをする為に、カーヴァンクルの目の前で火花を散らして警戒させる。
距離を取り睨み合うと、俺は剣と盾をその場に落とした。
「参った。俺の負けだ」
「なっ⁉︎ 貴様っ、私を馬鹿にしているのか⁉︎」
「馬鹿になどしていない、俺の魔力はあと一度でも魔術を使えば尽きる。そうなれば動けなくなり、その召喚獣に殺されるだろう。残念だが、俺に勝ち目は無い」
そう告げるが、アストは納得した様子は無い。
「カーヴァンクル‼︎」
アストの呼び掛けに従い、カーヴァンクルが疾走する。
俺はそれを眺めながら、凶悪な牙が迫るのを見ていた。だが、俺の体を貫くことはなく、カーヴァンクルは灰となって消えてしまった。
「……くそ‼︎ 納得出来るか‼︎ このような勝敗のつき方で、この私が! アスト・サモントが納得すると思うな‼︎」
杖先を俺に向けて激昂するアスト。
確かに真剣勝負ならば、このような決着のつき方は納得行くものではないだろう。
だが、そもそも真剣勝負ですらない。
アストは圧倒的な力で、一方的に俺を倒せると思っていたようだし、俺もミッションの一つ程度の認識しかない。
この決闘は、そもそも茶番なのだ。
主義主張も交わしていなければ、相手に飲ませる要求も決めていない。なあなあでやっているだけの、紛い物の決闘なのだから。
そんな決闘で、こいつは俺に何を望むのだろうか。
「納得するも何もない。俺が負けを認めた以上、これが覆ることはない。そうだろう審判?」
俺が問い掛けると、召喚獣による広範囲の攻撃から逃れる為、身を隠していた審判が驚いた顔をしていた。
まるで、「えっ私?」みたいな表情だが、お前以外誰がいるというのだろう。
転がるように出て来た審判は、メモ用紙を取り出して説明する。
『えー……決闘の定義上、一度負けを認めた者は、後で意見を変えても適用されることはありません。よって、勝者アスト・サモントォ‼︎』
そう宣言されても、会場は静かだった。
さっきまで歓声が上がっていたが、まるで熱が引いてしまったかのようだ。
『では、敗者は勝者の要望を聞かなくてはなりません。その命以外で、サモント様は何を望みますか?』
アストはワナワナと震えており、勝利した者とかけ離れた表情をしていた。
「くっ⁉︎ こんな勝ち方、認めない、認められるか‼︎ 侮辱だ! これは私に対する侮辱だ‼︎ ……だが」
怒りに満ちていた顔が、スッと平静に戻る。
いろんな顔をして忙しい奴だ。
「悔しいが、これは喜ばしいことでもある。……ルーク・ストロング。私にとってミレイは、妹のような存在だ。幸せになって欲しいと、心の中からそう願っている。もしも、貴様が弱い男ならば、そのまま消してしまうつもりだった。そんな奴に、ミレイは任せられないからな……」
「そうか」
「強さに関して言えば、お前は合格ラインだ。そこで問う、貴様はミレイ・リンレイをどう思っている⁉︎」
突然、何の質問だ?
とはいえ、勝者の言葉だ。答えなければならないだろう。
「ミレイか……美しい女性だ。目標に向かい、ひたむきに努力する姿は尊く、芯の通った尊敬すべき女性だと俺は思う」
そう答えると、アストは満足そうに頷いていた。
「お前は、ミレイのいい所をしっかりと見ているな……。私の要望を告げる! ルーク・ストロング、お願いだ、ミレイを幸せにしてやってくれ。どうか頼む……」
決闘の勝者が、敗者である俺に頭を下げる。
これが勝者の姿なのだろうか?
いや、ただ一人の女性の幸せを願う男の姿だ。
この姿を見て、俺は思わず【美しい】と思ってしまった。
真っ直ぐに誰かを思う心は、こうも美しいのか。
貴族という括りでしか見れない奴は、無様と評価するかもしれない。
でも、少なくとも俺は、彼の願いに応えてやりたいと思うほどの驚きを与えてくれた。
「ああ、任せろ」
そう告げた瞬間に、会場からこれまでにないほどの歓声が上がった。




