リーナ7
「世界の異物……?」
セリアさんは何を言われたのか、よく分かっていないようだ。
「あっ、別に悪口とかではないので安心して下さい。ただ、あなた達のような存在をそう呼ぶようなんです。別の世界から訪れた方は、異物として観測され排除しようと世界が動きます。魔族の四天王があそこにいたのも、セリアさんを排除しようとしていた可能性が高いです」
「えっ? えっ? ごめん、何を言っているのか分かんない……」
酷く混乱しているようだ。
それも仕方ない。もし、前世の記憶という物を思い出さなければ、普通の生活が送れていたのだから。
「ごめんなさい、気が回らなかったわね。クレア、お茶を用意してちょうだい。落ち着いてからお話をしましょう」
そう告げると、クレアとトウリはお茶の支度を始めた。
クレアは、廊下で待機しているメイドにお菓子を持って来るよう指示する。
少しすると、カートだけがゆっくりとやって来る。
珍しい魔術ね、ということはなく、背の小さなココがカートを押していた。
「お疲れ様、よく出来たわね」
「うん、ココ頑張った! えらい?」
「ええ、これご褒美よ」
「ん〜⁉︎ あまい!」
ココの口に飴を入れると、とでも喜んでいた。
頭に乗ったフェニックスのトトも「ピピッ」と鳴いており、一緒になって喜んでいる。
そんなココを見て、セリアさんが反応する。
「ココちゃん⁉︎ どうしてココちゃんがここに……」
「盗賊に囚われている所を、私どもが保護しました。親元に帰すことも出来ず、今はこうして暮らしているんです」
「保護? リーナちゃんって、やっぱり転生者なの?」
「違いますよ。この子を保護したのは偶然です。召喚師としての才能も後から知りましたから」
「嘘。召喚師の才能って、どうやったら分かるの? 知識が無かったら、絶対に気付かないよ」
「ゲームでは、アスト・サモントと出会わせて見出される。でしたか? ふふっ、わざわざそんな面倒なことしなくても、魔力の質を調べれば分かりますよ」
「魔力の質? そんなのゲームじゃ……」
「ええ、ここはゲームの世界じゃありませんから」
ゲームの知識を話してもらったけれど、その全てが曖昧で稚拙な理論だった。魔術の定義も無く、魔術式の意味も理解していない。魔力は一日眠れば回復するという、まるで無限に湧いてくるような表現までされていだけれど、そんな便利な物ではない。
死者を蘇生させるアイテムなどなく、セーブなんて存在しない。
「ここは現実です。あなたにどのように見えているのか知りませんが、この世界に住まう人々は、皆生きているんです」
ここは、あなたの遊技場じゃない。
そう告げると、セリアさんは「分かってる……」と小さく呟いた。
「さっき、世界が私を排除って言ってたけど、どういうこと?」
「そうですね。世界にも防衛反応がありまして、許可なく入った者を排除する機能が備わっているんです。実は私のお師匠様も、異物と呼ばれるお方なんですけど、セリアさんとは違い、一人で世界を滅ぼせるようなお方でした。その実力もあり、ご自分で危険を排除しておりましたね。これからセリアさんは、そんな世界の防衛反応に狙われます。ただ、運が良いことに、世界にはそれほど戦力が残されていないという点でしょうか。お師匠様が、神や魔神の類いまで始末してしまったので、今残されているのは、世界の運営に必要な神だけ。向かって来るのも、魔王やその配下くらいでしょうか」
「…………ごめん、何を言っているのか、理解出来ない」
「簡単に言うと、セリアさんは世界に殺されます」
「…………はっ、ははっ、そんなわけないじゃない……。私、主人公だよ。世界の主役なのに、死ぬわけ、ないじゃない……」
セリアさんの顔色が悪い。
よほど、私の言葉が受け入れられない物だったのだろう。
だけど、これは事実。今のままだとセリアさんは死ぬ。それも、遠くないうちに。
「……次のイベントは、メノウ大会でしたね。予定では四ヶ月後でしたが、急遽来月に変更になりました。ご存知でしたか?」
「メノウ大会が来月? ……そんなはず無い、だって私達、まだ準備出来てないじゃない」
メノウ大会開始までの間に、戦いの経験を積み、能力を上げておく。
そこから、物語りが動くのだと言っていた。
「魔物の襲来でしたね。四天王の一人が現れて、私を連れ去りに来る。……さて、この世界では、どなたが魔王の憑代になるんでしょうね?」
「え? それはリーナちゃんじゃ……」
「四天王であるヴェルダンドンは、魔王の憑代があの森にいると言っていたそうではないですか? 私は、あの森にいませんでした。では、誰を狙っていたんでしょうね?」
「それは……」
大体の予想はつく。
魔王の器になり得て、かつ乗っ取り可能な方は確かにいる。
「そっ、そうだ。あの忍者よ! あれだけの力があるなら、狙われてもおかしくないじゃない! そもそも、あの忍者なら四天王も魔王も倒してしまえるんじゃないの⁉︎」
「まず、彼を乗っ取るのは不可能です。そして、彼が魔王を倒すという保証はどこにもありません」
「どういうこと? それに、忍者を知っているみたいだけど……そうよ、あなたの師匠が私と同じとか言ってたけど、だったらその人にお願いしたら良いじゃない!」
机を叩いて、強く主張するセリアさん。
クレアとトウリが動こうとするけれど、大丈夫だと制止する。
「お師匠様は、ご自分の世界に帰られました。セリアさん、今はあなたのお話をしているんです。この意味が分かりますか?」
ジッと見つめると、言葉の意味を理解したようだ。
「まさか……私が、魔王の憑代ってこと?」
「異物であるせいか、セリアさんの肉体は他の方よりも強靭になっています。魔術の適正も高く、これからも成長する余地を残している。魔王が狙うには、十分な理由だと思います」
異物である以上、世界からも、神からも守られることは無い。
ある意味、最も狙いやすい存在ともいえた。
「そんな……」
セリアさんは椅子に座ると、自分を抱き締めるように腕を回す。
そして、余りの恐怖に震え出した。
「嫌、嫌だ、助けて、助けてよ……私、死にたくない、異物じゃない、普通の女の子だよ、やっと、友達が出来たんだよ……消えたく、ないよ……」
怯えたセリアさんを見て、この人なりに、世界に向き合ってたんだなと理解した。
なので、生きる道を示そう。
「セリアさん、あなたには生き残る道があります」
「……え?」
「でもこの道は、本来あるであろう明るい未来が潰えるかもしれません。それでも、選びますか?」
「それは……何をするんですか?」
「あなたの魂を、私の支配下に置きます。これは完全な隷属を意味しており、私には逆らえなくなります。代わりに、世界の目は誤魔化せるでしょう」
これは、魂の死と判断する人もいるだろう。
それでも、もうこれしかセリアさんを救う方法は無い。
……いや、もう一つあるのだけれど、それは兄様が首を縦には振らないだろう。
「そうすれば、私は生きていられるんですか?」
「はい、世界から狙われることは無くなるでしょう。でも、私から逃げられなくなります。それでもやりますか?」
この縛りは、他の子達よりも強力できつい物になる。
もし、反抗するようであれば、全身に激痛が走り、最悪死に至る。
「……リーナちゃんは、私に何かさせますか?」
「私達の存在を口外しないこと、前世の話、ゲームの話を一切せずに生きて行くこと。これらを守るのなら、私が何かをすることはありません」
「……それだけでいいの?」
「それだけ、と言われましても。かなりきつい縛りですので、逆らえば死に至ると思っておいて下さい」
「死ぬの⁉︎ いや、でも、どっちにしろ死ぬんだよね?」
「世界からの防衛反応を退けられたら、生き残れるかもしれません」
ほぼ不可能なことは分かっている。
それでも、可能性は確かにある。
「……うん、やって。隷属っていうのは怖いけど、リーナちゃんを信じてみる」
「……いいんですか? まだ会って間もないのに、私の話を信じるんですか?」
「うん、ゲームの中だけど、リーナちゃんの人柄は見て来たからね。セガール殿下に依存していなかったら、とても良い子なんだろうって思ってた。その私の目に狂いが無いのを信じて、リーナちゃんに懸けてみるよ」
諦めと、安堵が入り混じったため息をするセリアさん。
覚悟したのなら、私からこれ以上言うことは無い。
「分かりました。では、セリア・ノルドさん、目を瞑って下さい」
私は魔力を解放して、セリアさんを支配する魔術を行使する。




