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アメトラス王国にはメノウ王立学園という、将来有望な若者を集めて教育する場所がある。
このメノウ王立学園には貴族の子息だけでなく、他国からの留学生や平民も通っており、一千人を超える学生が在籍していた。
過去には、魔王を倒した勇者アレスや救国の英雄と呼ばれるドミニク、聖女と呼ばれるナミミナなどを排出しており、とても権威ある格式高い学園でもある。
そんな偉大な学園に通っている俺は、ルーク・ストロング。
アメトラス王国のストロング伯爵家の者だ。
残念ながら嫡男ではなく、妾の子である。
そんな俺は、いつも通り職員室に呼び出されていた。
「ルーク・ストロング、呼び出された理由は分かっているな?」
「はいマグニル先生、先のテスト結果に付いてですね」
「そうだルーク・ストロング。昨年は奇跡的に進級出来たようだが、次はそうもいかんぞ。全教科赤点では留年確定だ。……お前、ちゃんと勉強してんのか?」
途中まで真剣だったマグニル先生は、俺の答案用紙を見て素が出てしまっている。
「はいマグニル先生、俺は常に全力で勉強して挑んでいる。勉強の時間だけなら、そこらの学生には負けていない」
「いや、そうなんだろうけどな。一学年から見て来たから知っているけどな、どうして赤点になるんだ? ちゃんと問題解けていたじゃないか?」
「それは俺も知りたい」
眼鏡をクイッと上げてそう主張すると、マグニル先生は呆れたような顔をしていた。
「まあいい。良くはないが、こればかりはどうしようもないからな。来週追試を行う、もしまた赤点を取れば留年になるぞ。分かったら全力でやるように」
「了解だマグニル先生、これまで通り全力で挑もう」
「これまで通りじゃ駄目なんだよ。やり方を変えろ! 丸暗記するくらい教科書を頭に叩き込め! 分かったか⁉︎」
俺は頷いて肯定する。
疲れた表情のマグニル先生は、椅子にドカリと座ってもう行っていいと手を振る。
頭を下げて一礼すると、俺は職員室を出た。
扉を開いて出ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
美しい金糸の髪を腰まで伸ばしており、無表情ではあるが整った顔立ちをしている。意思の強い紫色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「兄様、また留年の危機ですか?」
「リーナ、その通りだ」
彼女の名はリーナ・ストロング。
俺と血の繋がった妹である。
リーナはメノウ王立学園の魔術科に所属しており、とても優秀な成績を収めている。他にも剣術を嗜んでいて、俺から見ても中々の腕前である。
「分かりました。テスト範囲を教えていただけませんか?」
「いや、今回は俺の力でやる。リーナは手出し無用だ」
そう進言するのだが、リーナはぐいっと近付いて来て、美しい笑みを浮かべる。
「それで合格出来ると思っているんですか? 早く教えて下さらなければ、兄様は留年、最悪退学の上伯爵家追放だってありえるんですよ」
だからさっさと教えろ。そうリーナの目が脅して来る。
俺は渋々赤点の答案用紙を渡す。
リーナは受け取ると、お返しに封筒を差し出した。
「例の場所が判明しました。あとはお任せします」
俺は頷くと、封筒を受け取った。
中身を即座に確認すると、炎を出して一瞬で燃やし尽くす。
そして、何事もなかったように教室に戻った。
メノウ王立学園には四つの学科がある。
まずは普通科、七教科に加えて魔術も剣術も学ぶ。卒業すると、主に文官になることが多い。
次に魔術科、文字通り魔術の習得、開発を行っている。その中でも優秀な成績を収めた者は賢者の称号が与えられ、身分関係なく王国の中枢に入り込める。
次に騎士科、アメトラス王国軍のエリートを養成する学科である。剣技を学び、槍術を学び、戦術を学び、魔術も学ぶ、そんな志しが高い人達が集う場所でもある。
最後に特別科。先の三つとは異なり、普通とは違う才能を持った人達の集まりである。先に述べた偉人も、この学科から排出されている。
そして俺の学科は、普通科だ。
将来文官になる為、日々勉強に勤しんでいる。
「よう、落ちこぼれルーク。退学でも言い渡されたか?」
教室に入って、早速声を掛けて来たのは、同級生のアブロ・マンドラだ。マンドラ伯爵家の嫡男で、取り巻きを連れており、何が面白いのかニタニタと笑っていた。
「いや、まだ留年は言い渡されていない。追試で合格点を取れば、まだここにいていいそうだ」
淡々と返すと、マブロは怒りの表情を浮かべていた。
「おい、落ちこぼれ。テメーみたいなのがいると目障りなんだよ! 無能な奴と並べられるこっちの身にもなれよ。テメーがいるだけで、俺達の価値が下がんだよ‼︎」
どうやらマブロは、とても怒っているようだ。
顎に手をやり、言葉の意味を考えてみる。
正直、勉強が出来ないのは否定しようがない。俺が目障りだというのは、それは個人によるもので何ともいえない。しかし、俺がいるから誰かの評価が下がるというのは初耳だ。そうか、それは悪いことをしてしまった。
俺は九十度の礼を持って謝罪する。
「申し訳ない。まさか、君がそこまで不利益を被っているとは思わなかった。次こそは、合格点に達して見せる。どうか許してもらえないだろうか?」
「……ちっ、腰抜けが。行くぞ」
去っていくマブロ達。
彼らが通り過ぎると、俺は頭を上げる。
すると正面には、別の人物が立っていた。
「ねえ、あんなに言われて悔しくないの?」
「アンドレア様……」
銀色の髪を持つ美しい女性、アンドレア・カーニバル。
カーニバル公爵家の息女で、いずれ身内になる女性でもある。
「様はいらないわ。それより、どうして頭を下げたの? あんなの言い掛かりだって分かってたでしょう?」
「言い掛かり?」
「……分かってなかったのね。まったく、しっかりしなさい。そんなんじゃベルモット様に迷惑が掛かるわ」
「申し訳ない」
ベルモットは、俺の兄である。
ストロング伯爵家の嫡男であり、いずれストロング伯爵家を継ぐ人だ。とても優秀で見目も良く、かなり人気だとリーナから聞いた覚えがある。
「そんなんじゃ、ベルモット様の補佐官は務まりませんよ」
「精進します」
再び頭を下げる。
俺の目標は、今アンドレア様が述べた通りだ。
文官として経験を積み、兄の補佐官になる。
それを知って、将来義姉になるアンドレア様は叱咤激励をしてくれている。
アンドレアから離れて席に着くと、隣の友人から話し掛けられた。
「見てたよ、大変だったね」
緑色の髪で人懐っこい笑みを浮かべている彼はジールと言い、身分は平民である。優秀な成績を収めており、特待生として受け入れられている。
「そうでもない、どちらも俺を思っての言葉だろう」
「えー……そっ、そうだね。ルークって変わってるって言われない?」
「よく言われるな、昨日もマグニル先生に言われたよ」
「そうだったんだ……。勉強、教えようか?」
「いや大丈夫だ、リーナが手伝ってくれると言っていたからな」
「リーナさんって、ルークの妹だよね? 凄い人気だよね」
「そうなのか?」
「うん、魔術科始まって以来の天才だって言われているし、あの美貌でしょ? 滅茶苦茶人気あるんだよ」
「美貌……」
魔術は分かるが、美貌と言われてもピンと来なかった。
午後の講義が始まり、一日が過ぎて行く。
必死にノートを取り、頭の中に叩き込んで行く。少なくとも今は理解しているし、問題も解けている。この調子で勉強をすれば、赤点を取ることはないだろう。
学園の授業が終わると、借りている部屋に戻る。学園には寮が存在しているが、金に余裕の無い家や平民が入っている為、俺は入寮出来なかった。
外に借りた部屋は、残念ながら良い環境とは言えない。
隙間風は入って来るし、熱い季節になると虫が湧いて来る。修繕すればいいのだが、別に必要ないと放置している。
俺はタンスの奥から、黒い腕輪を取り出すと右腕に装着、そして魔力を流す。すると、黒い液体が流れ出し俺を飲み込んでしまう。
液体は纏わりつくと、形を整えていき俺の姿を完全に隠す。
黒一色の姿。
顔を隠し、体を隠し、足を隠す。
ルーク・ストロングという存在そ覆い隠した姿は、まるで忍者のように見えるだろう。
忍者。師匠が教えてくれた最高の存在。
「さて、行くか」
俺は使命を真っ当する為、姿を消した。




