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学園で、魔王が復活したという噂が広まるようになった。
出所はもちろんジールである。
「何を言いふらしている」
「いいじゃない、ただの噂話なんだからさ。いくら何でも、信じる人なんていないって」
俺は指を刺して、廊下で騒ぐ連中を見せる。
「うおーっ⁉︎ 世界の終わりだー‼︎」
「魔王だ‼︎ 魔王が全てを破壊するんだ⁉︎」
「もう終わりよ⁉︎ 幸せになりたかった。ジール殿下と結婚して臣下を侍らせたかった」
「俺だ! 俺が勇者になるんだ‼︎」
ああいうのが、学園のそこかしこに存在している。
「あれを見て、信じてないと思うのか?」
「あはは……、楽しそうだよね。この陽気のせいかなぁー……なんかごめん」
まさかここまで取り乱すとは思っていなかったのだろう。
俺も思わなかったし、魔王如きで狼狽えるなんて想像もしていなかった。寧ろ、この状況に悪ノリして、楽しんでいるようにも見える。
「いや……悪ノリしているだけだな」
娯楽の少ない学園では、魔王という存在も、一つのイベントでしかないのかもしれない。
とはいえ、魔王の復活は事実。
一体、どのタイミングで公表するのだろうか? そもそも公表するのだろうか? する必要も感じないし、速やかに討伐出来るのなら、事後報告で十分だろう。
「ん? あれってミレイさん?」
「なに?」
ジールの言葉で教室の扉の方を見ると、ミレイが立っていた。
それも肩で息をしており、よほど急いで来たのだろう。
そんなミレイと目が合う。
「ルーク・ストロング! これは一体どういうことだ⁉︎」
ミレイは怒りの形相を浮かべて、詰め寄って来る。
その手には一枚の紙が握られており、これが怒りの原因だと察せられる。
「お前は知っていて、私を揶揄いに来たのか⁉︎ 私の目標を知っていて、邪魔しようというのか‼︎」
押し付けられた手紙は、リンレイ子爵家からの物で、どうやら婚約者変更を告げる内容のようだ。
それをジールが覗き込んで、内容を口にする。
「なになに、えーと……婚約者変更を知らせる? サモント侯爵嫡男、アスト・サモントとの婚約を破棄し、新たにルーク・ストロングとの婚約を結ぶぅ⁉︎⁉︎ えっ⁉︎ 何これ⁉︎ 本物なの⁉︎⁉︎」
ジールが読み上げると、クラスメイトは一斉にどよめき始める。
「ルークが婚約⁉︎ あの脳筋ルークが⁉︎」
「万年ドベのルークが⁉︎」
「量産型赤点と呼ばれるルークが婚約だとぉ⁉︎」
他にもいろんなことを言われているが、量産型赤点とはどういう意味だろうか? 赤点を量産している自覚はあるが、まるで赤点が俺のような呼び方は疑問に思う。
「好き放題言われているけどいいの?」
「よくはないが、反論する余地が見つからない」
言われている内容の全てに心当たりがあり、否定出来ない。
みんな、よく見ているものだ。俺も周囲を気に掛けるべきなのだろう。
そう感心していると、ミレイが俺の胸ぐらを掴む。
「どうしてお前が婚約者になるんだ⁉︎ 何をした‼︎ 私の家に何をした⁉︎」
「待て、待て、待ってくれ、俺も今知った所なんだ」
「……嘘を、嘘を吐くなーーーっ‼︎‼︎‼︎‼︎ ここに、ストロング伯爵家からの申し出がありって書いているだろうがーーーっ‼︎‼︎」
ぐわんぐわん揺さぶられるが、本当に心当たりが無い。
「悪いが本当に知らない。家の方針は、父上と兄上が決めているだろうから、そっちに聞いてもらった方が確かだ」
「……くっ⁉︎ ルークからも婚約を取り止めるように言ってくれ。私の目標は知っているだろう? 家庭を作っている場合じゃないんだ」
「ロイヤルガードになることだったか? 俺は、邪魔する気は無いぞ。目指したかったら、思う存分目指したらいい。誰が何と言おうと、諦める気はないのだろう?」
「……ああそうだ、その通りだ! 私は諦めるつもりはない。必ずロイヤルガードになる! その為に、私は生きている!」
ギラついた目。
その目がとても美しく見えるから不思議だ。
「流石だ。君のその姿は、とても美しく輝いて見える。俺も出来る限りのことはしよう。父上に婚約の件、解消してもらうよう掛け合ってみる」
「あっ、ああ、そっ、そうだな、そうしてもらえると、助かる……」
声が小さくなるミレイ。
先ほどと比べて様子がおかしいが、恐らく安堵したからだろう。
そんなミレイに、ジールが接近して耳打ちする。
「あのミレイさん、やっぱ無しにしたいなら、今しかないですよ」
「なっ⁉︎ 何を言っている⁉︎ たっ頼むぞルーク!」
「ああ、任せろ」
「……うん、頼むな」
そう告げると、ミレイは去って行った。
しかし、どうしてミレイと婚約したのだろうか?
他に婚約者がおり、貴族としての地位もストロング伯爵家よりも上。そのような貴族家との縁談を破棄する理由は何だろうか?
表面上、俺という存在に価値は無い。
一度でも力を使えば、国を支配する自信はあるが、それは師匠が定めたルールに抵触する。
それは許されない。師匠を裏切るような真似は、絶対に出来ない。そもそも、そんなことをしても面白くない。やるだけ無駄だ。価値が無い。
つまり俺は、表面上通りの価値しかない男だ。
「とにかく、父上と話をしてからだな」
俺の婚約を決めた父上と話をしなくては、何も改善しない。
「ねえねえルーク」
「なんだジール?」
「ミレイさん、ロイヤルガードになりたいって言ってたけど、前の婚約者は許してたのかな?」
「それは、許していただろう。反対する理由が見当たらない」
「まあ、ルークならそう言うよね……」
残念そうな視線を俺に送るジール。
言いたいことがあるのなら、はっきりと言えばいいと思うのだが、残念ながらマグニル先生がやって来たので諦めるしかなかった。
◯
昼食後、廊下を歩いていると上級生が目の前に立ち塞がった。
彼は、俺と同じようにメガネを掛けており、とても賢く見える。
しかし、俺よりも身長が低く、こちらを見上げるようにして睨んで来る。
何か用なのだろうが、睨むだけで何も言って来ない。
横に避けてみると、俺の正面に立って再び睨んで来る。
一体、誰だろうか?
制服の色から三年生なのは分かるのだけれど、一向に名乗ってくれない。それに、何故か関わったらダメなような気がする。
周囲の生徒からも物珍しそうに見られており、無駄に注目を集めてしまっている。
「すまない、用が無いのなら通して欲しいのだが……」
それでも、通してもらわないと困るので告げるのだけれど、更に不機嫌そうな顔をする。
「ルーク・ストロングだな?」
「そうだ」
そう答えると、白い手袋を投げつけられた。
「拾え、このアスト・サモントと決闘しろ‼︎」
「断る」
断られると思っていなかったのか、アストという男は驚いた顔をする。
その横を通り過ぎて、俺は教室に戻った。




