9
夜が更け、闇が支配する時間が訪れる。
この時間は良い。身を隠すのが簡単になるし、何よりどうしようもない悪が動き出す時間だから。
でも、それが原因で嫌いにもなる。
夜が来なければ、悪は動かないのではないかと考えてしまうから。
そんな矛盾した思いを持ちながら、使命を真っ当する。
どこの街にも、他者から金品を奪おうと考える輩がいる。
一人で行動する奴から、徒党を組んで行動する奴。
前に始末した盗賊ほどではないが、それなりに荒事に慣れている。そのせいか、押し入った家主を殺す事例が頻発している。
この行為に、それだけの成果があるのかというと、残念ながら俺には分からない。
働けば得られる成果を、他の誰かから奪うという非生産性な行為が意味不明過ぎるから。
今もこうして、ある商店に押し入ろうとする輩がいるが、こいつらはどうしてこんなことをするのだろう。
「行くぞ」
男の合図で、覆面をした男達が動き出す。
手には武器を持っており、抵抗する人達は問答無用で殺すのだろう。
見るからに元冒険者。
装備の手入れがされていないのを見るに、冒険者として夢を見て敗れた者達だろう。
「扉を破壊しろ。……どうした、早くっ⁉︎」
強盗が振り返ると、驚いて狼狽している。
それも仕方ない。何せそこにあるのは、仲間達の遺体なのだから。
「なにがっ⁉︎」
最後に残った強盗を押さえて、地面に叩き付ける。
「端的に答えろ、貴様らはどうして奪おうとする?」
「あっがっ⁉︎ 何をっ⁉︎」
目の前にクナイを刺して、問い掛ける。
「働けば得られる物を、何故他者から奪おうとする?」
「やっ、やめっ⁉︎」
押さえ付ける手に力を込めて、片腕をへし折る。
「質問に答えろ」
「やめてくれ、殺さないでくれ、俺には家族がいて仕方なく……」
「この家には、幼い子を持つ一家が住んでいる。だというのにやるのか?」
「知らなかった。ただ、ここに金があると聞いたんだ」
「誰からの情報だ?」
「酒場にいる情報屋、そいつから買った」
「……そうか」
俺は強盗を解放すると、その場から離れる。
しばらく倒れていた強盗だが、辺りを警戒しながら立ち上がると、逃げるように走り出した。
きっと、助かったと思っていることだろう。だが、逃すつもりは最初から無い。
「……嘘なら、もっとマシな嘘を吐くんだな」
「あっ?」
こいつに家族は居ない。居ても関係ない。悪事を働いた奴を、生かしておくつもりは無いのだから。
一夜を使って国中の街を回り、強盗や盗賊、人攫いを始末して回る。
己を鍛え直すのも含めてやっているが、力を制御しなくて良い分、学園での手合わせよりも楽に感じる。
「それにしても、悪人は同じことしか言えないのか?」
同じように質問をすると、決まって『家族の為』『脅されて仕方なく』と答えて命乞いをする。
他者を殺そうとしておいて、いざ自分の番となると覚悟が無い。
ふと、あの森での出来事を思い出す。
龍なんとかと戦っている時、セガール様は俺に逃げろと言っていた。俺は邪魔だと一蹴したが、あれは他者の身を案じての言葉だった。セガール様にとっては、とても危険な状況だったというのにだ。
「流石は王族だ、人としてのランクが高い。そうは思わないか?」
俺を監視していたくノ一部隊の者に話し掛けてみる。
「何の話か分かりませんが、その通りかと」
くノ一部隊の者は、特に驚いた様子もなく姿を現して肯定する。
この女性は、よくリーナの隣に立っている人だ。普段はメイド服だが、今の格好は俺と同じ忍び装束で、とてもカッコ良い。
確か名前は……。
「クレアだったか?」
「はい、名前を覚えていただき感謝申し上げます。ただ、この姿の時は、オボロとお呼び下さい」
「そうか、ではオボロ、何故俺を監視する?」
別に悪いことはしていないはずだ。
「リーナ様からの指示に御座います。魔王軍四天王が一人、龍将のヴェルダンドンを討伐したことで、忍者を探る動きが活発化しております。王族との交渉は纏まり、探られる恐れはありませんが、他勢力は別です。公爵派、教会派が動いておりますので、油断なさらないようご注意下さい」
この忠告に頭を悩ませる。
「やはり、あそこで介入したのは不味かったか。全てが終わった後で始末すべきだった」
「いえ、あそこで介入しなければ、アンドレア様まで犠牲になっておりました。将来、リーナ様の姉君になられるお方です。失う訳には行きません」
確かにそうだ。アンドレア様がいなくなったら、兄上が悲しむかもしれない。そう考えると、あの時の行動は正しかったのだろう。
だが、今の言葉には少し引っ掛かる。
「そうか……。だが、セガール様はいいのか?」
「王族には代わりがいます。セガール殿下が消えても、他のご兄弟がおりますので」
「…………」
確かにそうだろう。
だけどそれは、何だか嫌だなと思ってしまった。
セガール様は善人であり、他者を思う心を持っている。彼のような人は、消えて欲しくない。
なので、考えを改めるよう注意しようとするが、オボロの言葉はまだ続いていた。
「それに、リーナ様を狙っているんですよあの野郎ぉ〜。何度も何度も婚約者になってくれって寄って来るんですよぉ〜。何回断ってんだっての! しつこいんだっての! テメーとリーナ様が吊り合う訳ないだろっての! 身の程を弁えろって思いません? マジで馬に蹴られて死んで欲しいわ、あの野郎」
「…………」
ただの私怨だった。
これは放置でよさそうだと、直感的にそう思った。
ギチギチと歯軋りをするオボロからの報告は続く。
「ちっ……うおっほん、では次の報告です」
「なんだ?」
「マンドラ伯爵領で領民による反乱の兆候が見られます」
「マンドラ……マグルの家か?」
「今はまだ兆候です。マンドラ伯爵領は魔物の発生が多い地域、ロイヤルガードの派遣、国からの補助金が行われているとはいえ、それにも限界があります。その上、今回の魔王の復活。魔物が活性化が本格化すれば、マンドラ伯爵は領民に討たれるでしょう」
そうか、反乱なら俺には関係無いな。それより気になるのが。
「……魔王の復活?」
「そっち⁉︎ そっちですか⁉︎ 学友の家が危険なんですよ⁉︎」
「反乱だろう? それは主義主張のぶつかり合いだ。そこに正義も悪も無い。それは俺が感知する所では無い。それよりも魔王というのを最近聞いた気がしてな、どこでだったか……」
「それこそさっき言ったではないですか。魔王軍四天王、龍将ヴェルダンドン。あの魔族は魔王の配下です」
「ああ、あいつ魔王の配下だったのか」
通りで偉そうだと思った。
「ところで、魔王とはどの魔王だ?」
「申し訳ありません、それは現在調査中です。判明し次第報告致します」
「分かった」
魔王は合計七体存在しており、それぞれ特徴があるそうだ。
俺とリーナが見たのは憤怒の魔王だったが、師匠に一撃で消滅させられていたので、その強さは分からない。というか、特徴も何も分かったものではなかった。
ただ師匠が言うには、
『気にすんなって。あんな害虫に襲われたって、ルークなら一撃だから』
ということなので、気にする必要も無いのだろう。
「……あのルーク様」
「この姿ではシノビと呼べ」
「はっ! シノビ様、ミレイさんとは最近どうでしょうか?」
「ミレイ? ……お互い約束を忘れてしまっていてな、今度埋め合わせをすると言われたな」
「埋め合わせですか? そっそれは、その、デートというやつですか?」
「……でーと? でーととはなんだ?」
そう質問すると、オボロはあちゃーと額に手を付いた。
「そこからかぁ⁉︎ 男女が二人で遊びに行くことです。もしや、そこまでの仲になっていたりしますか?」
「いや、そこまでにはなっていないな」
「そうですか……。シノビ様は、ミレイさんを好きだったりします?」
「好き? というのはよく分からんが、美しいとは思っている。あの目標に向かう姿勢は、とても眩しく見える」
目標への真っ直ぐな眼差し、弛まぬ努力の痕跡。そのどれもが美しい。
探せば同じような人はいるだろうが、ミレイさんは他とは違う引き付ける何かがある。
「そうですか⁉︎ ミレイさんに婚約者がいると言ったらどう思いますか?」
「ん? ……残念に思うな」
彼女はロイヤルガードになりたいと言っていた。
もし結婚してしまったら、その夢が叶わないかもしれない。せめて、目標を達成してからして欲しい。
「おお⁉︎ あとは私達にお任せ下さい‼︎ では、失礼致します‼︎」
何故か感激するオボロ。挨拶をすると一瞬で姿を消し、この場に静寂が訪れる。
「……何だったんだ?」
困惑しつつ景色を眺めると、空は白み出し、一日の始まりを告げていた。




