第4章『香山(かおりやま)の縁』
住職と布津太、芋爺の3人は、山に向かう。住職が手にした神石を置き、人と鬼との境界を引くために…
『第4章 香山の縁』
香山の麓。三人の姿が静かに山へ入っていく。
先を歩く住職は、袈裟の裾を軽くたくし上げながら、濃い霧に包まれた山道を黙々と登っていた。その背に続くのは、無言のまま念仏を唱えている布津太。そして最後尾には、杖をつきながらも不思議なほど軽やかな足取りの芋爺がいた。
「……ここは、香山でも"奥"に近い場所じゃ。昔は修験の者がここを通ったとも聞いた」
住職の独り言のような声が、霧に吸い込まれて消える。
三人は山頂を目前にしながらも、あえて脇の斜面を下り始めた。その場所は不自然に静かで、鳥の声も、風の音もなかった。
突如、住職が立ち止まる。
「……止まれ」
布津太と芋爺がその背に倣う。
「……気配がある。“鬼”の気配じゃ。強い……」
ゆっくりと右手を前にかざす住職。その指先が向く先、山の木々の間に何かがいる。
「……そこか」
芋爺は目を凝らす。そして、他の二人には見えない“何か”が、確かにそこにいた。
それは蒼白く、そしてどこか寂しげな存在。
「……作太……」
芋爺が呟いた瞬間、その“鬼”は一瞬だけ芋爺を見返し、霧とともに消えた。
「芋爺……いまの……?」
住職が問うも、芋爺は言葉を返さず、ただ前を見つめていた。
「……鬼には違いない。だが、芋爺には見えたのか?」
「……ああ。あれは……作太じゃよ。間違いねぇ」
住職は深く頷き、静かに足元の地面に目を落とす。
「この場所じゃ。……いま、我らが立っていたここを“境”とする」
布津太に向き直り、鋭い声で告げた。
「布津太、結界の用意を。地を清め、“気”を封じろ。境を保て」
「心得ました」
布津太が袋から麻縄と白札を取り出し、所定の位置に配置を始める。
芋爺は最後にもう一度、作太が立っていた方向へ頭を垂れた。
「……済まんの。けど、これが“人”としての……役目じゃ」
住職はその言葉に応えるように、手にした神石を境界の中心に置き、経を唱え始めた。
風が、少しだけ揺れた。
それは、“香風”──鬼が目覚めたときに吹く、この地にのみ流れる風だった。
住職が結界を張り終えるのに3日かかったが…その間、鬼の気配は無かった…
その間、芋爺もおり、布津太は何かしら事故が起きたときの為の用意をして住職を見守っていたが、2人とも住職の成功の祈願に不思議と集中出来ていた。
結界を張り終えた住職は、疲れた顔をしながらも芋爺をみて言った。
「結界を張り終えた…作太が手伝ってくれたようじゃ…己達の活動範囲を縮めるワシ等の行動を…」
芋爺は、結界内に目を配り…
「作太…すまんな…ワシ等人の勝手な理由で…」
芋爺は再び頭を下げていたのを見た、住職は続けた…
「作太は最後に、こう告げたぞ…
"この結界内には入るな…それは自然に反したことと同意、喰われても逆らうな"
と、そして、こうもな…
"集落の皆、ありがとう。自分が出来るのはここまでだ。父ちゃん、決して香山を恨むな。俺の意思でここに来たんだ。"
とな」
「ばかもんが…作太…お前の意思でも…親より先に逝くのは、親不孝者だ…」
芋爺の目には涙が溢れていたが、その目には感謝が溢れていた。
布津太は、芋爺に寄り添いながら、住職を見る。
住職は黙って頷き、香山を降りていった…結界内からは、作太をはじめ数体の鬼が住職達を見送っていた…
その日から、香山からの風は前とは違い、季節を知らせるだけではなくなった…
風の強さや微妙な感度が集落の皆は感じ取るようになり、香山は、いつしか香山と呼ばれ、伝承も…
"香風が強いときは、鬼が出る"
から
"香山には入ってはいけない。 香山の香は鬼の匂い。
その誘いに誘われた者は鬼となり、人を喰らう。"
と変わった。
鬼となった作太は、静かに住職の境界を引く行いを見守っていた。
そして、人への忠告を促し自然の猛威を忘れぬよう伝え、伝承、山の呼称が変わり、青鬼-開- へ続く。




