第6話 遠隔の夫婦
地鎮祭での豪雨と娘たちの卒倒からほどなくして、高時の妻しのぶは手回り品を鞄に詰め、市街地の実家・高木邸に移った。
甘やかされて育ったしのぶにとって、不都合な事態や不快な環境から逃れるため、実家に引き籠もることは珍しくなかった。だが、電話越しの彼女の声に、いつにも増して身勝手と家族に対する冷淡さに満ちていた。
「高時さん、私は家の中のお掃除が終わるまでは絶対に帰らないわよ」
受話器の向こうの声は、軽薄な甘えと高圧的な調子が入り混じっていた。
「しのぶ、掃除と言ってもね、二階の書斎と廊下が少々散らかっている程度で——」
「少々ですって? 冗談じゃないわ!」
しのぶは高時の言葉を遮るように声を荒げた。
「あの地鎮祭での美和と美代の不気味な様子を見たでしょう? 帰宅してからも二人とも能面みたいに黙りこくって、部屋からは泥臭い匂いが漂ってくるのよ。それにあの二人、夜中に何かブツブツと囁き合って……。気味が悪くてまともに眠れないわ」
「だからこそ、お前が母親として家にいてくれた方が……」
「あら、高時さん、自分で言ったことをもう忘れたの?」
しのぶは電話の向こうで鼻を鳴らした。
「あなた昨日の朝、私に言ってくれたでしょ? 『美和と美代が夜中に不吉な寝言を言っているし、家の空気もひどく荒れているから、お前はしばらく実家に避難していた方がいい』と勧めてくれたじゃない」
「それは……お前の身体を気遣ってのことであって……」
「だったら、その親切を最後まで全うしなさいよ。私はあんな不気味な家には耐えられないわ。今すぐに業者を手配して、あの汚らしい泥の匂いと散らかった部屋を綺麗に片付けさせてちょうだい。お掃除が終わって、あの子たちがまともな顔に戻るまで、私は実家から一歩も動かないわよ」
「しのぶ、家のことは業者に頼むとしても、美代と美和には母親のお前が側にいるべきだと思うのだが……」
「言い訳はいらないわ。私は忙しいのよ」
しのぶは高時の抗弁を雑音のように聞き流し、一方的に電話を切った。
無機質な終了音だけが残された受話器を手に、高時は溜息をついた。妻の徹底した無責任さと身勝手さ。しかし高時は、どこかで彼女のその冷淡さに安堵してもいた。
顔を上げ、気持ちを落ち着けてから、高時は考えを変えた。家の中に渦巻く正体不明の怪異と娘たちの異常に、妻という自己中心的でヒステリックな人物が関わらない方が、むしろ収拾しやすいのではないかと。
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