↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祓えぬ娘たち 〜祠の怨念が呼び覚ました、愛という名の執着〜  作者: G3M


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/25

第5話 条件付きの愛

 昨夜のポルターガイストと泥水の狂気が嘘であったかのように、翌朝の神谷家には爽やかな陽光が差し込んでいた。書斎の惨状をそのままに、高時は気力が尽きて床に就いたものの一睡もできなかった。階下へ下りてきた高時を待っていたのは、焼き魚の香りと、手際よく朝食の支度を進める次女・美代の姿であった。


 エプロン姿の美代はごく普通の、健康的な高校生の表情をしていた。昨夜の怪現象も頭からの泥水をかぶったことも、すべて高時の疲労が生み出した幻覚であったと錯覚させるほど、正気そのものだった。


「あ、お父さん、おはよう。今、お味噌汁を温めるね」


 美代は明るく声をかけ、おたまを動かしながら、ふと思い立ったように高時に向き直った。


「ねえ、お父さん。お父さんってお母さんのことが好きなの?」


 唐突ではあるが、無邪気さを装った問いに、高時は新聞に目を落としたまま咳払いをした。


「……もちろんだ。急にどうした」


「じゃあ、私とお母さんと、どっちが好き?」


「比べることはできないよ。お前もお母さんも、同じように愛している」


「そう。……ねえ、お父さん、愛って何?」


 美代がおたまを置いて、首を傾げて尋ねた。


 普段、構造計算と都市設計のことばかり考えている高時は、その抽象的な問いに一瞬詰まった。CADの図面のように明確な答えを出すことができない概念だ。高時が戸惑っていると、美代は小さく微笑んで言葉を継いだ。


「愛って、何より大事なものよね」


「……ああ、そうだね。人間にとって最も大切なものだ」


「じゃあ、私のことを愛してるって言って」


 美代は少し冗談めかした、可憐な甘え声で言った。高時は娘の他愛のない戯れに安堵し、強張っていた表情をわずかに緩めた。


「ああ、美代のことを愛しているよ」


「ならいいわ」


 美代は満足そうに頷き、高時は密かに胸を撫で下ろした。だが、次の瞬間、美代が放った静かな一言によってぎくりとした。


「愛って、立場も年齢も関係ないわよね?」


「……え?」


 高時が息を呑むと、美代は鍋の火を消し、静かに高時の正面へと歩み寄ってきた。その瞳は完全に正気でありながら、人間の内面を解剖するような冷たい観察眼を湛えていた。


「ところで、お父さんはどうしてお母さんと結婚したの?」


「……好きだからだ」


「今でも?」


「もちろんだ」


「もし、お母さんがお父さんのことを好きじゃなかったらどうするの?」


 美代の問いは的を射ていた。妻のしのぶは実家に帰ってしまっている。高時は眉をひそめ、父親としての権威を保ちながら答えた。


「どうもしないよ。長く一緒にいれば、仲がいいときばかりではなく、喧嘩することもある」


「なぜ一緒にいるの?」


「お父さんとお母さんは、結婚しているんだ。家族なのだからそれが普通なんだよ」


 美代は高時の目をじっと見つめ、唇の端に笑みを浮かべた。


「お父さんは『結婚しているから』愛しているって言いたいの?」


 高時は再び答えに詰まった。婚姻という社会的な制度や契約が存在するから愛するのか、あるいは愛があるから婚姻が維持されるのか。


「何か条件付きの愛情なんて、嘘っぱちだと思うわ」


 美代はごく普通の口調でそう言い捨てると、何事もなかったかのように朝食の皿をテーブルへ並べ始めた。

読んでくださりありがとうございます。よろしければリアクションをクリックしていただけないでしょうか? たった一つの反応でも作者にとっては心の支えになります。


「おもしろい」とか「よかった」という一言でも感想を残していただけると嬉しいです。コメントは今後の創作にフィードバックさせていただきます。さらに☆のクリックをご検討いただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。