第4話 憑依
高時が美和の両肩をつかんで揺すったその時、背後の薄暗い廊下からひたひたと足音が近づいてきた。
「美和姉さん、ずるいわ」
暗闇から姿を現したのは次女の美代だった。裸で、手に漆黒に濁った液体の入ったグラスを握っている。どこの蛇口から汲んだものか。家の水道からそのような泥水が出るはずはない。
「お父さん、私のお部屋に来て。天井からね、誰かがずっと私の名前を呼ぶの……『みよ、みよ』って、お父さんの声で……」
美代は焦点を欠いた瞳で高時を見つめ、一歩一歩近づいてきた。
「ねえ、お父さん。愛って何? 身分や生まれなんて、本当の愛には何の関係もないはずでしょ? 愛する人から無理やり引き離されるなんて……そんなの私、絶対に耐えられないわ」
江戸の昔、身分違いの恋ゆえに引き裂かれ、泥にまみれて命を絶った物語——美代の唇から洩れる言葉は、その心中した娘の怨念が彼女の肉体を借りて語っているかのようだった。
美代は高時を見つめたまま、黒い泥水を頭からかぶり始めた。濡れそそぐ黒髪から濁水が書斎の絨毯に滴り落ち、腐った臭気が部屋に充満する。
「やめなさい! 美代、一体何をしている!」
高時は立ち尽くした。
ガタガタガタガタッ!
その瞬間、壁一面の本棚が激しく揺れ、建築関係の専門書や図面ファイルが床へ飛散した。突然、高時は冷気を感じ、吐く息が白くなった。
天井の照明器具が激しく揺れながら不連続に点滅し、パキン、パキンと甲高いラップ音が鳴り響いた。と同時に、並んだ本が次々と棚から投げ出されるように空中を移動した。
止むことのないポルターガイスト現象の嵐の中、二人の娘は泥と黒い水に濡れそぼりながら、じっと高時を見つめ、能面のごとく優雅に笑っていた。
高時はただ身を震わせる他なかった。
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