第3話 ポルターガイスト
あの地鎮祭の豪雨から三日が過ぎても、神谷家に落ちた影は晴れなかった。底の浅い沼のように、暗く澱んでいた。
地鎮祭の最中に倒れた美和と美代は、病院で「熱中症に伴う一時的な脱水症状と錯乱」と診断された。医学的には正確だが、何の納得も与えない言葉であった。帰宅した二人に何かが狂い始めていることを、高時だけが肌感覚で察していた。
深夜二時。高時は二階の書斎でパソコンの設計図面に向かっていた。ふと、マウスを握る手を止める。
……ト、ト、ト……
どこからか規則正しい音が響く。壁の奥、あるいは木造の隙間から、硬い物体が木部を叩く音である。一箇所に留まらない。意思を持った小動物のように壁の内部を移動し、やがて高時の頭上の天井の一点に集束した。
タタ、タ、タ、タ、タタタタタタタタタッ!
頭上から連打音が降ってきた。何十本もの指先が天井裏から石膏ボードを押し破ろうとするような音であった。高時が天井を見上げると、ピシッと甲高い音とともにLED照明が明滅を始めた。
チカチカと激しく点滅する明かりの中で、書斎のドアがゆっくりと開いた。ギギギと蝶番が乾いた音を立てる。
「……誰だ?」
廊下の暗闇に、白いワンピース姿の影が立っていた。長女の美和である。
濡れた長い黒髪を前に垂らし、乱れた灯りに顔面の半分以上が影に沈んでいる。
「美和……? こんな夜更けに、どうしたんだ?」
高時が尋ねると、美和は答えず、静かな摺り足で部屋に入ってきた。目元は暗がりで見えないが、唇の端だけが不自然な曲線を描いて結ばれている。
「ねえ、お父さん」
美和の声は澄んでいた。地鎮祭の異声とは異なり、いつもの甘やいだ声である。ただし、生身の体温を感じさせない冷淡な響きが混じっていた。
「あのね、部屋がすごく寒いの。クーラーもつけていないのに、壁から冷たい水が滴ってきて……」
「冷たい水……? 結露ではないのかな。明日、専門の業者に見てもらうことにしよう——」
「ううん、違うの」
美和は距離を詰め、高時のデスクに両手を突いた。身を乗り出した拍子に、娘の髪から腐敗した泥と湿ったカビの混じった異臭が漂った。あの土地の臭いを思い出した。
「お父さん、知ってる? あの祠の下にはね、お互いを愛していたのに、許されなくて絶望して死んでいった男と女が眠っていたんですって」
「な……何を言っているんだ、美和……」
「ずるい大人たちに騙されて、引き裂かれて、最後には泥の中で抱きしめ合ったまま心中したのよ」
明滅する光の下で美和の顔が露わになる。瞳は完全に開かれ、黒目がちの眼球は一度も瞬きをしない。
美和は冷たく言葉を吐くと、高時の手に自らの手を重ねた。氷のように凍てついた指先が、皮膚に絡みつく。
「あの祠の二人は周りの大人たちに捨てられたの……お父さんは、私を捨てないわよね?」
「美和、何を言っている!」
高時は美和の肩をつかんで揺すった。
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