第24話 伝承
美和と美代に対する悪魔払いの儀式が執り行われて以降、神谷家のポルターガイスト現象は、すっかり鳴りを潜めていた。家中を満たしていた泥とカビの匂いも消え去り、高時の自宅には平穏が訪れていた。
しかし、怪異が消滅したわけではなかった。
高時の義父母である高木辰夫と美江子の老夫婦が住む邸宅では、依然としてラップ音や物体移動などの怪現象がおさまらなかった。老夫婦は日増しに精神を削り取られ、ノイローゼ状態に陥っていた。強欲に土地開発を主導した老人にこそ、異界の存在は怒りの矛先を向けていたのだった。
一方、混乱を極めていた山裾の開発現場では、打算的で現実的な妥協が成立しつつあった。大手の不動産会社は相次ぐ原因不明の事故に根負けし、マンションの敷地の端に二つの石祠を祀るスペースを配置するよう、設計計画を大幅に修正した。さらに、山裾の森でブルドーザーによって破壊された小さな神社の社殿を、自社の資金で全面的に再建することを決定した。神職による入魂の儀を経て神社が新築されると、立て続けの事故で停滞していた再開発計画は、何事もなかったかのようにスムーズに再開された。
後日、高時はこの地域を専門に研究している高名な郷土史家から、あの二つの石祠と森の神社に纏わる、思いもよらぬ真実の伝承を聞く機会があった。
これまで土建会社の老社長らが「悲恋の心中劇」として語り継いできたものは、村人たちが凄惨な事実を覆い隠すために都合よく捏造した俗説に過ぎなかった。
歴史家の研究によれば、真相は江戸時代の初期に遡る。当時、この付近の村は激しい水害に度々苦しめられており、強固な堤防の建設に伴って「人柱」を立てることが決定された。その際、名目の上では厳正なくじ引きが行われたが、選ばれたのは庄屋の娘と相思相愛の仲にあり、庄屋から激しく嫌われていた貧しい小作人の青年・万作であった。くじに意図的な細工が施されていたことは明白であり、万作は村人と庄屋に対する深い怨嗟を抱いたまま、生贄として土中に埋め殺されたのである。
事件はそれだけで終わらなかった。激しい大雨の日、万作と祝言を約束していた庄屋の娘・お清が、怒りと絶望のあまり濁流渦巻く堤防から身を投げた。彼女のお腹には、万作との間の子を宿していたという。
その後、村には恐ろしい疫病と大飢饉が立て続けに襲いかかった。村人たちは万作とお清、そして無念のまま潰えた子の祟りだと怯え、二人を慰霊するために二つの石祠を建てて祀った。それでも災厄は収まらず、通りかかった旅の僧侶の教示に従って山裾の森に「吉川神社」を創建したところ、ようやく疫病は途絶え、村は再び繁栄を取り戻したのだという。以来、神社は村人たちから「不触の神」として長年大切に祀られ続けてきたのであった。
高時は都市計画が踏みにじったものの深さに、ただ背筋の凍るような戦慄を覚えた。




