第18話 夜の告白
深夜、伸し掛かるような重苦しい静寂の中で高時は目を覚ました。
家中を覆い尽くす冷気、腐敗した泥と焦げた枯草の臭気は、以前にも増して深まっているようだった。しかし明日にはミカエル神父が来てくださる。それまでの辛抱だと、高時は夏布団の中で自分に言い聞かせ続けた。
ようやく微睡みかけた頃、体を強い力で揺すられた。
「お父さん、お父さん」
耳元で美和の声がする。暗闇の中で、娘の輪郭がぐにゃりと不自然に揺らめき、歪んでいるように見えた。
「何だ……もう朝なのか?」
「お父さん、話があるの」
「明日ではダメなのか?」
「大事な話なの」
「病院での約束のことなら、心配しなくていいと言っただろう」
「違うわ。わたし、気が変わったの」
「どういうことだ?」
「わたし、お父さんの女にしてもらうことにしたわ」
美和はそう言い放つと、すうっと滑らかな蛇のように高時の寝具の中へともぐりこんできた。氷のごとき冷涼な皮膚の触感が、布地越しに高時の体にまとわりつく。
「冗談でもそんなことを言うものではない!」
「冗談でこんなこと言わないわ!」
美和は暗闇の中で高時の目をじっと見つめた。その瞳には一切の光がなく、あたかも底なし沼を凝視しているかのようであった。
「わたし、このままでは捨てられるって気がついたの。そう思ったら、いてもたってもいられなくなったのよ」
「大切な娘を捨てる父親がどこにいる」
「どうかしら。わたしには分からないわ」
「なぜそんな心配をするんだ? 道義的にも法律的にもあり得ないことだ」
「私はお父さんの娘じゃないわ」
美和は高時の目をじっと見た。
「お母さんから聞いたわ。できちゃった婚なんて嘘だって。お父さんもそのことを知っていてお母さんと結婚したんだって」
「どこでそんな話を聞いたんだ……」
「だからお母さんから聞いたって言ってるでしょ。脅して問い詰めたの。前から怪しいと思ってたから」
「何が怪しいんだ!」
「お父さんは不自然に優しいの。お母さんはわたしに少しだけよそよそしいのよ、美代と比べてね」
美和は冷たい手で高時の手を握った。
「だから聞いたの。どんな理由があるのかって」
「だからといって、しのぶがそのような話をするはずがない……」
「隠せないわ。いつかはばれることだから」
「それは馬鹿げた思い込みだ……」
「わたし、浮気の現場を偶然押さえたのよ」
美和は寂しげな笑みを浮かべた。
「何年か前に体調が悪くなって学校を早退したの。帰ってきたら、お母さん、ここでやってたわ。その後問い詰めたら、ペラペラしゃべったわ。お母さんはお尻だけじゃなくて、口も軽いのよ。知ってるでしょ」
「……そうだったな」
「本当の父親の名前も聞いたわ。山村浩一っていう人だって。この間の事故でお母さんを車に乗せていた男よ」
高時は言葉に詰まった。
「あんな男が私の父親だなんて、不愉快だわ……」
「誰が何と言おうと、お前の父親はこの私だ」
「だけど、これからもずっとそうだという保証がない」
美和の細い指先が、布団の中で高時の腕にゆっくりと巻きついてくる。グワーン、グワーンという耳鳴りと共に、高時の体はゆっくりと締め付けられていった。
これは夢なのか? いや、夢であるはずだと高時は思い込もうとした。美和の冷たい指がゆっくりと高時の顔を撫でていく。




