第16話 老夫婦
高時がミカエル神父と除霊の約束を取り付ける数日前、高木家の老夫婦は、精神的にも肉体的にも追い詰められていた。
娘しのぶの不貞と謎めいた事故、そして自らが強行した土地開発の直後から高木邸の周囲で怪異が続いた。かつて名家の格式を鼻にかけていた辰夫と美江子の二人は、連日のラップ音や幻聴幻覚への恐怖から、睡眠不足が続き、ノイローゼ気味になった。
特に辰夫の衰弱ぶりは著しかった。気力を失い、書斎で「……泥が……あいつらが家に入ってくる」と呟いて怯える日々を送っていた。
そんな老夫婦の邸宅を訪れたのは、孫娘である美和と美代の二人であった。
「おじいさん、おばあさん。大丈夫ですか?」
美和はいつになく淑やかで優しい、可憐な孫娘を演じた。笑みを湛えながら、震える美江子の肩をそっと抱きしめた。美代もまた、手際よく淹れた温かいハーブティーを辰夫の前に静かに差し出す。
「お母さんがあんなことになって、どれほど心を痛められたか……。でも、もう安心してください。私たちがそばにいますから」
美和は透き通るような甘い声でささやきながら、指先で美江子の背中を優しく撫でさする。不眠と絶望に苛まれていた美江子は、まるで救世主に巡り会ったかのように涙を溢れさせ、孫娘の胸に縋りついた。
美和と美代は、そのまま夜まで祖父と祖母の家に滞在した。その間、不思議と怪現象は起こらなかった。
「ああ……美和、美代……お前たちだけが私の救いよ……。あの不甲斐ない高時さんでは、この家を守ることなんて無理だわ……」
「ええ、そうですね。お父さんは頼りになりませんもの」
美代が可愛らしく首を傾げて同意する。
「だからね、おじいさん、おばあさん。これからは私たちにすべてを任せてください。あの土地のことも、神谷家のことも、全部私たちが守りますから」
美代は辰夫の手を両手で包み込んだ。その氷のように冷たい体温は、精神を苛まれていた辰夫にとって、恐怖を麻痺させる甘美な麻薬のように作用した。
「おお……美代……任せていいのだな……。あんな土地の利権も、マンションも、お前たちにすべて譲る……だから私を……あの泥の怪異から助けてくれ……」
「私たちがいれば大丈夫です。怪異は出ませんから」
美代が怯えた老夫婦を慰めるように言い聞かせた。実際にこの二人の滞在中には、ピタリと怪現象が止んでいる。
「おじいさん、おばあさん、今日は私がこの家に泊まります。だから安心してください」
美和が猫なで声で申し出ると、老夫婦は涙を浮かべて美和の手を取った。可憐な笑みの下に底知れぬ狂気を隠した二人の孫娘に、すっかり骨抜きにされた。
美和と美代は顔を見合わせ、老夫婦の頭越しに、無邪気だが冷たい薄笑いを交わし合った。




