第14話 御祈祷
翌朝、高時はリビングルームのソファーで目が覚めた。昨夜、何かがこの部屋の宙を舞い、高時に迫った。その後の記憶がない。身支度もそこそこに、娘たちが目を覚ます前にこっそりと家を飛び出した。
日本の伝統的な神仏の加護に救いを求めようと決め、高時は車のエンジンをかけた。
最初に訪れたのは、市内にある延喜式内社の由緒ある神社だった。石造りの鳥居をくぐり、社務所の受付で高時は高額な初穂料を差し出した。対応した神職が、高時が申し込み用紙に書き込んだ願意を見た。口頭で詳しい経緯を聞くと、神職はあからさまに眉をひそめた。
「あの森の神社や古い祠を取り壊した工事の関係者ですか……。あそこは昔から不触の地として扱われてきた場所です。あのような粗暴な開発を行っておいて、不都合が起きれば神頼みとは、呆れますね」
「この土地の出身ではないので、よく事情を知りませんでした」と高時が言い訳をした。
「そもそも建築家の方が解体清祓いを知らないとは驚きですよ。よほど神縁に恵まれない環境なのでしょうな。普通は気味が悪いと思うものですが」
神職は不満と不快を隠そうともしなかったが、祈祷には応じた。拝殿において太鼓が打ち鳴らされ、大幣がバサリバサリと振られたものの、神職たちの態度はどこか冷ややかだった。高時はすがるような思いで目を閉じた。
高時はお札の入った白い紙袋を下げて社務所を後にした。鳥居をくぐり、外へ出た瞬間に黴と泥の匂いが彼の胸を襲った。以前より一層重苦しく濃厚になったように思われる。何ひとつとして、好転した手応えはなかった。
焦燥に駆られた高時は、次に古刹として知られる真言宗の寺院へ駆け込んだ。
玄関で若い僧侶に要件を述べると本堂に通された。しばらく待たされた後、背の低い老僧が高時の前に置かれた座布団にふわりと座った。薄暗がりの中で経緯を打ち明けると、老僧は深々と溜息をつき、自業自得と言わんばかりの厳しい視線を高時に向けた。
「長年祀られてきた祠を打ち壊しておいて、祟られたから払い落とせとおっしゃる。しかし、霊が祟るのは当然のことだとは思いませぬか。彼らは長年の住処を追われたのですからな」
高時はしばらくうつむいて考え、顔を上げて神妙に答えた。
「その通りだと思います」
「因果応報でございますよ。ははは」
僧侶は破顔した。
辛辣に諭された後、お祓いと護摩焚きが執り行われた。激しい炎を前に加持祈祷がなされ、高時は供養のお札を授かった。
「このお札を玄関と居室に貼るとよいでしょう。札の効果に関わらず、自らの不徳を深く省みることが解決への一番の近道でしょうな」
僧侶はあからさまに他人事として告げながらも、寺の門前まで見送りに来た。
「せめて取り壊す前に一声かけてくださればよかったものを……」
僧侶はぽつりとつぶやき、まるで手遅れと言わんばかりに哀れんだ目を高時に向けた。
その夜、高時が帰宅するとすぐに玄関ドアの脇にお札を貼り、続いてリビングルームの壁にも貼った。
美和と美代の二人は、高時が持ち帰ったお札を破るでもなく、ただ薄笑いを浮かべながら眺めていた。
「お父さん、こんな紙切れ、何の役にも立たないよ」
美和が軽やかな口調で言った。美代も部屋着の袖を弄りながら、くすくすと可愛らしく笑う。
「神社の神主さんやお寺のお坊さんがいくら拝んでも無駄よ。私たちがお父さんを愛している気持ちのほうが、ずっと強いから」
授かったお札の表面は、高時が目を離した隙に黒い泥で汚れ、文字が滲んで潰れた。神職の不満げな祈祷も、僧侶の説教混じりのお祓いも、この家に渦巻く「怪異」の前には、何の効力も持たなかった。
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