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祓えぬ娘たち 〜祠の怨念が呼び覚ました、愛という名の執着〜  作者: G3M


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第13話 言い伝え

 神谷高時は建築現場でしばしば囁かれるオカルト話を、真に受けたことはない。


 大学では建築学科で学び、大学院では建築学を専攻した一級建築士である。心霊現象に直面したのは、人生で初めてだった。


 思えばあの山裾の土地開発そのものが、強欲な資本主義と打算的な行政の怪しげな野合の産物であった。


 数年前から、都心に本社を置く大手の不動産会社が開発推進のためと称して、この地域での説明に多くの費用を投じていた。大規模な根回しが行われ、役人や議員などの関係者には立場に応じて相応の便宜が図られたと噂された。


 つい数ヶ月前、市は「周辺地域の活性化と高度な土地利用」という題目を掲げ、都市計画を唐突に変更した。市役所の役人たちが描く机上の図面の上で、長年「開発不能な不触の緑地」として扱われてきた山裾の斜面は、一瞬にして膨大な富を生み出す一等地へと書き換えられた。


 この決定により、かねてより下準備をしてきた不動産デベロッパーが素早く動いた。彼らは駅の近くで利便性の高い場所でありながら、手つかずの広大な山裾の森に、商業複合型マンションの建設事業を打ち出した。


 そして、高時の義父であり、地元の有力者としてその土地の大きな部分の所有権を握っていた高木辰夫は、持ち前の野心を発揮してこの利権の波に乗り、一獲千金を目論んだ。高時に対して図面を引けと高圧的に命じたのも、この巨大な富の分け前を家族内で独占するためであった。


 地鎮祭を数日後に控えたある日、工事の一次下請けを引き受けた地元の土建会社「大河原組」のオフィスで、高時は老社長の大河原と向かい合っていた。


 年季の入った黒い革のソファに深く腰掛けた大河原は、高時が差し出した設計図面を一通り眺めると、重々しい溜息とともに図面をテーブルへ押し戻した。


「神谷先生、あんたは設計のプロだ。だがな、あの土地の本当の『中身』を知らんのだよ」


 老社長は皺の刻まれた手指で煙草に火をつけると、紫煙の向こうから渋い顔で高時を見つめた。


「あそこの土地の隅にある、二つの小さな石祠(いしほこら)のことだ。あれには絶対に触らんほうがいい。重機を入れて壊すなど、もってのほかだ」


「石祠ですか?」


 高時は幾分か冷ややかな調子で応じた。


「しかし大河原社長、あの祠は敷地の南西部分、ちょうど避難通路と駐車場が交差する計画線上に位置しています。撤去しなければマンションの建築確認が下りませんし、義父の辰夫も解体を強く指示しておりますが」


「高木の大旦那が何を言おうと知ったことか!」


 老社長は灰皿に煙草の灰を強く叩き落とし、声を荒げた。


「あの祠にはな、江戸の昔から伝わる因縁があるんだよ。昔、あの村の庄屋の娘と、貧しい小作農の息子が許されぬ恋に落ちたそうだ。身分違いの若い男女は周囲から引き裂かれ、追い詰められた二人は、あの山裾付近で首を括って心中した。二人を不憫に思った村人が怨念を鎮めるために並べて祀ったのが、あの二つの石祠の始まりだと言われている」


「心中……ですか」


 高時は戸惑いを隠しながらも、どこか鼻で笑うような気配を漂わせた。


「ですが、それはあくまで昔の民話か、土地の俗信の類でしょう。都市計画において、そのような歴史的根拠に乏しい伝承のために事業を停滞させるわけには——」


 学生への講義のような口調で高時が述べると、大河原は激高した。


「バカを言うな、神谷先生!」


 老社長は立ち上がり、窓の外の山裾を指差した。


「大手の不動産屋や市役所の若造どもは『都市計画の変更だ』『土地の有効利用だ』と口当たりのいい言葉を並べ立てるがな、長年積み重なった情念を無視してブルドーザーで踏み荒らすなど、けしからん話だ。あの祠のある雑木林はな、一度入れば生きて帰れんと言われてきたんだ。人間の都合で壊していい代物じゃない」


 老社長はそう吐き捨てると、深い溜息をついた。そして内輪の話をポロリと漏らした。


「あんたは知らんだろうが、高木家の先々代の家長は戦時中はな、この土地では有名な愛国者だったんだ。名士ぶって国のプロパガンダに乗っかって、戦意高揚に励んでいたそうだよ。おかげで終戦後にはひどく肩身の狭い思いをしたそうだ」


 老社長は疲れた顔で新しい煙草に火をつけた。


「その後、改心して民主主義だの共産主義だのと叫ぶようになった。農地改革の際には取られた田畑の代わりに、あの曰く付きの土地を自分が引き取ると名乗り出たんだ。いわば罪滅ぼしのつもりだったんだよ、この町で生きていくためのな。高木の爺(じじい)は知ってるはずだろうに。それなのにあれを取り壊すなんて、何を血迷ってるんだか……」


 老人は煙をぷわっと吐いて、話を切り上げた。


 当時の高時は、都市計画と構造計算の合理性を信じて疑わない現代の設計者であった。老社長の切実な警告を「老人の時代錯誤な感傷と土地の迷信」として聞き流し、何の対策も講じぬまま地鎮祭の日を迎えてしまったのである。


 自宅のリビングで、冷たい手をした娘たちに挟まれ、二階から響く足音に恐怖する今になって——老社長のあのしわがれ声と、紫煙の向こうの苦々しい顔が、泥のような重みと絶望的な悔恨を伴って、高時の脳裏に鮮明に蘇っていたのだった。


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