第12話 アルバム
高時は美代のハンカチをこっそり拾い上げて回収し、工事現場に残された悪戯の片づけをした。自分の娘たちの仕業であったことを隠したまま、現場に入りたがらない作業員の説得をした。
ようやく作業が開始され、現場監督の男からひどく感謝された。高時は今後の対策を協議してから、現場を後にした。さらに情報を集めるために役所や土建業者の事務所を回ると、すでに夕闇が迫る時刻だった。高時は自宅へと車を急がせた。
車内のラジオからは、地元のFM局のニュースが流れていた。郊外で発生した原因不明の不審火や奇怪な交通事故のニュースが、淡々としたアナウンサーの声で続く。しかし高時の思考を埋め尽くしていたのは、現場の泥の上に残されていた美代のハンカチと、電話の向こうで美和がごく自然な口調で囁いた「愛してあげる」という言葉だった。
ガレージに車を滑り込ませ、重い足取りで玄関のドアを開ける。
「……ただいま」
何も返事がない。ただ、家中を重苦しく包み込む湿った土の匂いと、艾とも線香ともつかぬ微かな植物性の臭気が鼻をついた。
リビングに入ると照明は点けられておらず、室内は薄暗かった。ソファーでは二つの人影が並んで座っていた。美和と美代である。二人は寄り添うようにして、膝の上に置かれた家族のアルバムを静かにめくっている。
高時は撮りためた家族写真を毎年のように製本し、リビングルームの棚に並べていた。二人の娘の成長を記録し、保管しておきたかったからだ。美和と美代が見ているのは、そのうちの一冊であろう。
「美和、美代……なぜ明かりを点けないんだ?」
高時が壁のスイッチを押すと、パッとLEDの光が室内を照らし出した。
二人はゆっくりと高時の方を向いた。その顔には一切の表情がなかった。
「おかえりなさい、お父さん」
血の気のない顔で美和が言った。
その手元にあるアルバムに目をやると、高時は息を呑んだ。しのぶの顔の部分が、爪で引っ掻かれたように削り取られていたからである。
「お前たち……一体、何をしている!」
「だって、要らないでしょ?」
美代が制服のスカートを揺らしながら、ゆらりと立ち上がった。
「お母さんはもう帰ってこないよ。お父さんも、あの病室にはもう行かなくていい。私達三人で、ここで新しく生活を始めるの」
「ふざけるな! お母さんはまだ病院で……」
「寝たふりをしてるだけでしょ?」
美和も立ち上がり、高時の方へと静かに歩み寄ってくる。そのパタパタというスリッパの足音が、二重、三重の重低音となって響く。あたかも二人の少女の背後に、目に見えぬ何者かが二人羽織のように潜んでいるかのようだった。
「お父さん、病院で約束したよね? 私たちのこと、絶対に捨てないって」
「手を離さないでねって言ったよね?」
二人は高時を挟み込むように立ち、氷のように冷たい手で高時の両腕をしっかりと掴んだ。
高時は振り払おうとしたが、腕が微動だにしない。まるで二人の娘の華奢な肉体の中に、巨大な「何か」がのしかかっているかのような、異様な膂力であった。
その時、二階から——トントン、トントンと、何かが階段を下りてくる足音が響いてきた。
美和でも美代でもない。もっと小さな、裸足の足音。
「誰だ……」
高時が喉をカラカラに干上がらせて呟くと、美和と美代は冷たく歪んだ笑みを浮かべた。
「森の神様だよ。お父さんがお家を壊しちゃったから、住むところがないんだって。だから遊びに来てくれたの」
階段の踊り場からじわじわと漂ってくる、泥と線香の混ざり合った臭気。高時は息を吸うことすらできず、二人のかたわらで身も心も凍りつかせた。
リビングルームのドアがゆっくりと開いていき、ふわりと「何か」が姿を現した。それは部屋の中を飛び回り、高時は叫び声を上げた。その後のことは、何も思い出せない。
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