第11話 工事現場
翌朝、高時は逃げるように自宅を後にし、自身が設計責任者を務める開発事業の現場へと車を走らせた。
山裾を切り開いたその広大な土地では、古い神社を取り壊し、新たな商業施設を建設する大型プロジェクトが進んでいた。しかし、重機の稼働音が響く現場の空気は重たく澱んでいた。
「神谷さん、困っています……。作業員たちが気味悪がって、現場に入りたがらないんです」
現場監督の男が、額の汗を作業服の袖で拭いながら、あからさまな困惑を顔に浮かべて歩み寄ってきた。
「どういうことですか。スケジュールに余裕はないはずでしょう?」
「解体した神社の跡地ですよ。今朝来たら……社殿の柱跡に、泥で大きな模様が描かれていました。まるで何かのおまじないみたいに……」
高時が現場監督に導かれて跡地へ向かい、そこで目にした光景に思わず絶句した。
昨夜は雨など降っていない。それにもかかわらず、切り開かれた赤土の地表の一部だけが妙に湿り、そこには象形文字とも記号ともつかぬ模様が同心円状に描かれていた。中心にはまっすぐな生木が垂直に立てられており、その周辺に黒い髪の毛が散乱している。
粘りつく泥の上には、明瞭な靴の跡が残されていた。複数の人間がつけたものとみられる。子供か女性と思われるサイズの、スニーカーの足跡。それが円の周りを何度もぐるぐると徘徊したかのように残されていた。
「警察に連絡しますか? 近所の子供の悪戯にしては悪質ですが……」
現場監督の声を、高時はどこか遠くの出来事のように聞いていた。足跡の付近に白いハンカチが落ちていたのを見つけたからだ。サクランボがあしらわれている。高時には見覚えがあった。
(美代のハンカチ……?)
高時が嫌な汗を首筋から拭ったその時、上着の胸ポケットの中でスマートフォンが振動した。
画面には「美和」の二文字が表示されていた。
「……美和か? 一体どうしたんだ」
『お父さん?』
美和の声は、通信状態の悪い雑音混じりの通話の向こうで、拍子抜けするほど明瞭に響いた。
『今、現場にいるんでしょ? ……ハンカチ、見つかっちゃった?』
「……お前たち、何をやってるんだ! 工事現場に忍び込んだのか?」
『美代がね、「お父さんのお仕事のお手伝いをしたい」って聞かないのよ。だからお父さんが困らないように、森の神様にお願いしてきたわ』
「どういう意味だ……?」
美和は高時の激しい動揺を気にする様子もなく、いつもの口調で言葉を続ける。その背後から、クスクスと小さな笑い声が聞こえた。美代の声だ。
『ねえ、お父さん。さっき私たち、お母さんのお見舞いに、病院に寄ってきたのよ』
「……何?」
『お母さん、相変わらず目を閉じたままよ。私たちが「お父さんはもうお母さんのところには戻らないよ。これからは、私たちがお父さんを愛してあげるから」って耳元で教えてあげたら、涙を流してたの。……寝てるはずなのにね』
「美和! 余計なことを言うな! 病室で何をしているんだ!」
『お父さん、早く帰ってきてよ』
美和の声がふっと低くなった。
『お家で、待ってるから。ずっと一緒にいようね』
ブツリと音を立てて通話が切れた。
冷や汗が高時の頬を伝い落ちる。目の前の古い社の跡地に、ひんやりとした山裾の風が吹き抜け、病院の薬品と湿った泥の臭気がした。
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